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世界が注目「1住宅=1家族」に代わる「地域社会圏」という共同体 - 長井美暁

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コミュニティの中にあるもの

 「地域社会圏」というのは、仲氏が師事した建築家で、現在は名古屋造形大学の学長も務める山本理顕氏(73)が、かねてより提唱する概念だ。山本氏は住宅を「大きな共同体の中の小さな共同体」と位置付け、自前の社会インフラや経済活動とともにあるコミュニティと、住人が互いに助け合う生活を、住宅の設計を工夫することで実現できないか、と考えている。

 この概念は現代の一般的な「住宅」への疑問から生まれた。山本氏は次のように話す。

 「今の日本の住宅は、戦後に定着した『1住宅=1家族』という住み方を前提につくられ、社会構造もこれを前提に組み立てられています。『1住宅=1家族』はヨーロッパで産業革命を機に発明された賃金労働者のための住宅をモデルにしています。その住宅ではプライバシーが充分に守られていて、人々は喜んでこれを受け入れました。『1住宅=1家族』は資本家や国家にとっても好都合でした。同じような家族が再生産され、労働力を継続的に確保でき、経済成長を促進すると同時に、国民を管理しやすいからです。

 『1住宅=1家族』の浸透により住宅は働く場所から切り離され、私生活のためだけの場所になりました。そして住宅の中にこそ幸せがあると誰もが信じ込むようになり、住宅の外側との関係よりも、内側の快適さを求めるようになりました。実は住宅の中に閉じ込められてしまったようなものなのに、建築家をはじめ住宅を設計する側も、その点には無自覚だったと思います。

 結果として大きな共同体、すなわち地域のコミュニティは失われ、核家族という小さな単位が国家を構成する核となり、育児も介護もすべて住宅の内側で家族が解決しなければならなくなりました。しかし今、それが破綻を来していることは明らかでしょう。『1住宅=1家族』に代わる新しい住み方が求められています」

 山本氏は1973年から建築家としての活動を始め、「埼玉県立大学」「公立はこだて未来大学」「北京建外SOHO」「横須賀美術館」など、これまでに国内外で多くの建物を設計している。一方で、住宅やコミュニティについての考えを頻繁に発表し、著書も多い。学生時代から住宅や住み方といったものに関心を持ち、世界各地の集落調査にも赴き、住宅を単体ではなく、コミュニティの中にあるものとして見る視点を学んだことが、住宅に対する考え方のベースにあるという。

山本理顕氏が設計した「熊本県営保田窪第一団地」。住人の自治により中庭がコミュニティ空間となることを目指したが……  撮影:山本理顕設計工場

 設計活動を通しても、山本氏は住宅に対する考え方を明らかにしてきた。その一例が、1990~91年に完成した「熊本県営保田窪第一団地」だ。この公営集合住宅は、住戸の内側の幸福だけを追求するような集合住宅でいいのか、という疑問が設計の出発点となっている。

 「それまでの集合住宅の設計理論は、日照とプライバシーの確保、そして平等であることを重視していて、実は今も変わりません。そうではなく、住人が相互に関わり合うことができる集合住宅、もっと言えば、住人がお互いに助け合って住むのが当然であるというような集合住宅を考えたいと思ったのです」

玄関ホールはガラス張り

 完成した建物は中庭を囲んで、3つの住棟をコの字型に配置。その中庭には各住戸を通過しないと入ることができない。つまり中庭は住人の占有スペースだ。そのために道路側と中庭側にそれぞれ階段を設けている。

 各住戸の間取りは、中庭に面してガラス張りで開放的なLDKがあり、道路側にある寝室とは渡り廊下のようなブリッジで結ばれている。向かい合う住棟では、中庭を挟んで反対側の住戸のLDKの様子が窺えるが、昼間は外に比べて中が暗いから見えないし、夜もカーテンを閉めるから見えることはない。

 「ガラス張りのLDKが中庭を囲んでいるのが重要。それがこの中庭の共同性をつくると考えました」

 このような計画によって、中庭が住人のコミュニティを育む空間になり、同時に、住人の意志によって使われ、管理される空間になることを目指した。

 しかし、住人占有の中庭がそのままコミュニティを育む空間になるかというと、「そう単純ではなかった」と山本氏は話す。

 「中庭がコミュニティ空間となるためには住人による自治が必要なのですが、公営住宅では、住戸を一歩外に出れば、“官”が管理する空間となり、官が決めたルールに住人は従わなくてはなりません。また、『1住宅=1家族』の密室性の高い間取りのままでは、彼らの意識が住戸の外側に向かないのです」

 この後も山本氏の試行は続いた。そのなかで、韓国で設計した2つの集合住宅では、「住人による共有スペースの自治」が実現されている。

山本氏が設計した「板橋(パンギョ)ハウジング」の共用広場。住人による自由な使い方が見られる 撮影:山本理顕設計工場

 1つは、ソウル市から車で1時間ほど離れたソンナム市に建てられた「板橋(パンギョ)ハウジング」。クライアントは韓国土地住宅公社だ。この公営集合住宅は比較的裕福な人々に対してつくられた分譲住宅で、山本氏は全100戸を9つの集合体に分け、1つの集合体が小さな広場を共有し、かつ、各住戸の玄関ホールがすべて、その小広場に面するように設計した。各住戸は駐車場を含めると基本は4層の構成で、地下の駐車場からのエレベーターは小広場に着く。グループ内の11〜12戸の住人たちが小広場を中心に生活するような配置だ。

 玄関ホールはかなり広く、様々な用途に使える。このホールは四方がガラス張りで、外から中が丸見えになるので、写真が趣味の人は写真ギャラリーにしたり、ミニバーを設けて応接室として使ったり、あるいはカフェのような場所にしたりする人もいる。さらに、共有スペースである住戸前の小広場を、木デッキと可動式のテントを設置して快適なテラスにしていたり、プランターを置いて樹木を生い茂らせたり、住戸と住戸の間に椅子とテーブルを置いていたりする人もいるという。

 「住人同士が話し合って合意すれば、共有スペースも自由に使えるそうです。日本の公営住宅に比べるとずいぶん自由で、私が当初思っていたよりも遥かに快適な使い方を、暮らしている人自身が見つけて実現しています」

共同庭にキムチの壺

山本氏の設計による「ソウル江南(カンナム)ハウジング」でも、住民によって共同庭が生き生きと使われている 撮影:Sun Namgoong

 もう1つは、ソウル市内に建てられた低所得者層向けの賃貸集合住宅「ソウル江南(カンナム)ハウジング」だ。1000戸以上と大規模だが、各住戸は小さい。敷地内には住棟が8列配置され、2列ごとに向かい合う。2棟の間は共同の庭で、各住戸の玄関はその庭に面し、ドアは透明なガラスだ。そのため最小の住戸でも、内部をダイニングルームと寝室に分け、ダイニングが庭側にくるように設計した。

 「玄関の前は共同の庭で、庭にいるのは同じ集合住宅内の知っている人たち。不特定多数が行き交うわけではありません。高齢者の単身住まいが多いこの集合住宅では、共同の庭を積極的に使ってもらうためにも、ダイニングが外に向かって開いているほうがいいと思ったのです」

 玄関ドアを透明にすることは、クライアントの韓国土地住宅公社も当初は難色を示し、目隠しシートを貼るべきだという方向になった。しかし、工事が終わっていた住戸で実際に試してみたところ、目隠しシートを貼った玄関ドアは住戸内から見るとかなり閉塞感があった。そのため公社の担当者は、「確かに透明なほうがいい。ブラインドを内側に設置することにして、開けるか閉めるかはそれぞれに決めてもらおう」と考え方を変えたという。

 また、各住棟は14階建ての高層部分と4階建ての低層部分からなる。低層部分の屋上には菜園を設けた。山本氏は「この菜園が大人気で、住人の多くが自由に野菜をつくっています」と話す。韓国の公社は日本と違い、菜園の運営は自分たちで考え、自主的に管理してくれればいい、という考えで、今や屋上だけではなく、向かい合う住棟の間の共同庭も菜園のようになりつつあり、キムチを漬ける壺を置いておく人もいるなど、生活のなかで生き生きと使われている。住人の生活が住宅の内側だけに留まっていないのだ。

マイノリティのために公共の土地を

チューリッヒの集合住宅。黄色の庇のあるところがカフェ 撮影:仲俊治

 冒頭で紹介した「食堂付きアパート」は、2017年にドイツで開かれた「Together! The New Architecture of the Collective」という、これからを示唆する集合住宅を集めた展覧会にも招かれた。仲氏は「核家族向けにつくられた居住専用住宅を変えていこうという動きは、世界的なものだと感じます」と語る。

 「ドイツの展覧会に出展したときに、世界の先端的な集合住宅を見たり、話を聞いたりしました。見学した中で印象に残っているのが、スイス・チューリッヒの集合住宅です。中庭に面して、外部の人も自由に利用できるカフェがあり、それは同時にシェアハウスのキッチンでもある。このキッチンは言ってみれば、半開きのシェアスペースのような位置付けなんです。

バーゼルにある音楽家の卵のための集合住宅。1900年代初頭にできた建物をリノベーションしている  撮影:仲俊治

 もう1つは、スイス・バーゼルにある音楽家の卵のための集合住宅。ヨーロッパではマイノリティのためにこそ、公共の土地を使おうという考えが広く浸透しています。大きな音を出して練習しなければならない“音楽家の卵”も、いわばマイノリティ。彼らが気兼ねなく練習できるようにと、リノベーションにより練習場付きの集合住宅がつくられました。練習場は地域の人にも開放しているので、そこで楽器の演奏を教わったり、定期的に開かれるミニコンサートを楽しんだりできる。ある特技を持つ人たちが集まって住んでいることを利用して、地域の人との関わりやコミュニケーションが生まれていました。これも、生業や交流の場所を住宅の中に取り込んだから実現されたことです」

 働き方改革などが叫ばれる昨今、自分の生活や、その基盤である住宅、住み方も見直してみるのはどうだろう。

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