- 2019年02月15日 09:15
コンビニコーヒーが100円でもうまい理由
2/3■煎り・挽き・淹れの「3たて」にこだわった
――コーヒー豆はどんなものを使っていますか。
コーヒー豆の品種は、生産量全体の約6割を占める「アラビカ種」と、約4割の「ロブスタ種」に分れます。アラビカ種は、全般的に香りや酸味やコクに優れています。ロブスタ種は苦味が強くて独特の香りですが、カフェインの含有率はアラビカ種の2倍あります。セブンのブレンドコーヒーはアラビカ種100%ですが、高級豆ではなくスタンダードクラス(1キロ当たり400~500円)ではないでしょうか。
――高い豆を使っていないのに「おいしい」という人が多いのは、なぜですか。
コーヒーのおいしさの基本である、煎りたて・挽きたて・淹れたてにこだわったからです。専用マシンがそれを可能にしました。焙煎豆については販売量の多さから回転が早いため、常に高い鮮度が維持できます。一般的に外食チェーンでは、ドリップコーヒーは抽出後30分経過したら廃棄します。コーヒーは抽出時点から、酸化・劣化が進むからですが、抽出仕立てのコーヒーを提供されるか、廃棄寸前のものを提供されるかは、お客さんには選択できません。
■コーヒーマシンの改良も進む
ただし、コンビニコーヒーも次のステージに来ています。たとえば「ローソン」のマチカフェは、2014年5月から数量限定で「シングルオリジンコーヒー」の販売を開始し、高価格帯の先鞭を切りました。さらに2018年からは「パナマ ベイビーゲイシャ」、「ハワイコナアイスコーヒー」、「ブルーマウンテンNo.1」と500円コーヒーのシリーズを展開。今年1月11日から販売した「ティピカ スペシャルリザーブ パナマ・ベルリナ農園」は、仕入れ価格がキロ当たり1万円近くもする超高額品。それが500円で飲めるのです。
一方各社は、コーヒーマシンの抽出時間の短縮化に取り組んでいます。朝の出勤前、オフィスに持ち込むコーヒーの購入先が、職場近くのセルフカフェからコンビニが中心となり、クイック提供を求められるからです。
■「スターバックス」が変えたもの
――31年の平成年間には、「スターバックス コーヒー」の上陸と浸透もありました。
日本第1号店が開業したのは1996(平成8)年8月2日です。銀座の老舗百貨店・松屋の裏にできた「銀座松屋通り店」で、私も取材に行きました。
開店前夜の東京は、台風の猛烈な風雨で「明日はどうなるのだろう」と案じていたら、当日は台風一過の猛暑日で、不快指数の高い日でした。米国本社からはハワード・シュルツCEOと海外事業担当のハワード・ビーハーの両氏が立ち会いました。北米以外で初の海外出店。黒のタキシードで正装した2メートル近い長身のシュルツ氏が汗だくで動きまわっていたことを覚えています。
「米国流のコーヒーショップが、日本でどうなるのか」と思っていたら、第3号店(東京駅八重洲地下街)の出店あたりから客数が増加し、「これは新たなブームになりそうだな」「10年前のチボーとは違うな」と思いました。ドイツ最大のコーヒーチェーン・チボーは、大手流通資本と合弁会社を設立、1987(昭和62)年10月に吉祥寺へ第1号店を開業しました。1杯120円と、当時快進撃中の「ドトールコーヒーショップ」より低価格で挑みました。しかし出店数は3~4店舗止まりで数年後に撤退しました。
スターバックスも日本進出に際し、大手流通や金融資本から合弁設立の勧誘を受けましたが、最終的にはサザビーリーグの角田雄二さんを選びました。同じ目線で顧客と向き合う姿勢、身の丈に合った提携先の選択がその後の隆盛となったのです。米スターバックスの原型となった米ピーツコーヒーは、聘珍樓(本社横浜市)と合弁会社を設立、2002年に南青山へ日本進出1号店を開業しましたが、こちらも3店舗止まりで撤退の憂き目にあいました。提携先の選択肢がどれだけ重要であるかを物語っています。
■平成の「カフェ」を支えたのは女性
それにしても、スターバックスがたった10年であそこまで勢力を広げるとは想像できませんでした。2006年に、長年カフェ業界をリードしてきたドトールの売上高を、スタバが上回ったことは当時、業界で話題となりました。それもFC展開に頼らず直営一筋で運営してきたことはさらに驚きでした。
――現在は国内に1400店近くあります。なぜ、これほど拡大できたのでしょうか。
「コーヒーを飲む楽しさ」をファッショナブルに伝えたこと。日本の「おもてなし」文化に合ったことが大きいと思います。第1号店の記者会見でシュルツ氏がこう話したのが印象に残っています。「日本の喫茶文化の土壌は、我々をも受け止めてくれるだろう」。お店のスタッフは「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」と出迎えてくれます。それまでは国内のフードサービスで、こんなフレンドリーな声がけをするお店はありませんでした。同社が掲げる「サードプレイス(第3の場所)は、自宅でも職場や学校でもない場所という意味ですが、その居心地の良さをうまく演出しました。
昭和の喫茶店ブームは団塊の世代が支え、スターバックスを中心とする平成のカフェブームは団塊ジュニア、特に若い女性たちが支持したのです。
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