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少年事件を裁判員裁判の対象とすべきなのか

 日弁連意見書は、少年法の理念に則って、「改善」案「少年逆送事件の裁判員裁判に関する意見(PDF)」(2012年1月19日)を示しました。
 その趣旨(骨子)は、
(1) 少年のプライバシー保護の観点から、弁護人の請求により非公開とするべきこと。
(2) 少年の退廷を認めること。
(3) 少年の処遇等については専門家を活用せよ。
(4) 家裁で取り調べられた証拠は、可能な限り調べよ。
(5) 裁判員に少年法の理念を十分に説示すること。


 日弁連意見書では、以上によってもなお改善が見られない場合には、端的に裁判員裁判の対象から外すということも考えなければならないとしています。
 しかし、主文ではなく、理由中で「考えなければならない。」などと回りくどい表現をしているのですが、端的に少年に対する逆送事件は、裁判員裁判では無理、とはっきりと言えないのは、何故でしょうか。
 これまで、少年法事件における弊害は、この日弁連意見書の中でも具体的に指摘されています。
(1) 少年法の理念が裁判員になかなか伝わらない。
 「抽象的な理念の理解だけだとすると,説得力はないし,いきおい,裁判員自身の体験に基づいた独自の「子ども像」から判断をしがちで,それがときに少年法の趣旨にそぐわない見方を導きかねない。」
(2) 少年の生い立ちや家族の生育歴などを記載した社会記録(家裁で作成)は、極めて重要であるにもかかわらず、
 「裁判員裁判になってから,裁判所が社会記録をなかなか取り寄せようとしない例が出ている。中には,「証拠請求をせず,記載内容を参考程度にするにとどめるということを弁護人が約束しないと,取り寄せはしない」と言われたという例」
 「鑑別所の処遇意見と調査官の処遇意見の一部を利用するという事態を生んでいる。例えば,仙台地裁の事例では,検察官が調査官意見(少年調査票の結論部分。「刑事処分相当」というもの)を,弁護人が鑑別所の処遇意見(「矯正可能性あり」というもの)をそれぞれ請求し,採用された」

という由々しき状況が示されています。

 しかし、この社会記録を取り調べるとなると、裁判員裁判では極めて困難を伴います。
 見て、聞いてわかる。」ということを至上命題とする裁判員裁判では、この社会記録を、裁判員に読めとは言えないからです
 日弁連意見書では、
 「少年や関係者のプライバシーの保護・少年の情操の保護という観点からは,証拠調べの方法を要旨の告知とし,全体は黙読してもらうことが考えられる。」
と言いながら、それでは不十分とし、非公開による証拠調べを求めています。
 もちろん、意見書起案者や少年事件に携わってきた弁護士であれば、このような裁判員による「黙読」が非現実的であることは、十分に経験済みでしょう。
 非公開にして口頭で説明することで、裁判員の理解が得られることが可能になるかといえば、それを可能とも考えていないでしょう。
 もとはといえば、裁判員が少年法の理念を全く認識していないからです。
 そのような裁判員に対して、生育歴などを事細かに伝え、そこから導かれる必要な処遇等について語ったとしても、最初から裁判員の理解を得るなど、無理を承知でやっているだけなのです。

 では、何故、日弁連の意見書がこの程度のものしかできないのか。
 それは、端的に少年逆送事件を裁判員裁判の対象から外せ、ということになると、裁判員制度そのものを否定しかねないことになるからです。
 日弁連の基本姿勢が裁判員制度を死守せよということにあるのですから、最初から限界を抱えた意見書ということになるのです。

 日弁連意見書は、裁判員にきちんと少年法の理念を説示せよと言いますが、それは、そもそもの「市民感覚」と相反することになります。
 少々、古くなりますが、NHK2008年4月22日付時論公論「少年事件と死刑の判断基準」の中に以下の少年であることが量刑にどように影響するのかというアンケート結果を掲載しています。
 裁判官 軽くする要素になる  90.7%
      重くする要素になる  なし
 国民  軽くする要素になる  24.7%
      重くする要素になる  25.4%
 少年法は、2000年、2007年と重罰化の方向で「改正」されましたが、それは少年による重大事件が引き起こされている、少年を甘やかすな、というマスコミのキャンペーンとそれに流された「市民感覚」の支持のもとで成り立っていたものです。
 それにも関わらず、日弁連意見書は、
 「裁判員制度の創設過程において,立法者は,裁判員制度の実施が少年法の理念に変容をもたらしたり,少年法の適用に変化をもたらしたりすることは予定していなかった。したがって,裁判員制度の開始によって,少年法の理念及びそれに基づく個別の条文についての解釈適用の変更やそれに伴う少年法の空文化・死文化はあってはならないはずであった。」
と述べているのは、脳天気としか言いようがありません。少年法自体が「改悪」されており、現状の「市民感覚」は少年に対する重罰化であり、それを前提にした裁判員制度だからです。
 石巻事件(死刑判決)に関与した裁判員の感想では、「被告が少年だったことには「個人的には14歳、15歳であろうと重いことをしたら大人と同じ刑で判断すべきだ。そう心掛けて参加した」と明らかにした。」(時事通信2010年11月25日配信、既に配信停止)というのがありました(日弁連意見書で紹介されている下記感想も、この事件のものと思われます。)。
 日弁連意見書では、これについて
 「報道に表れている裁判員の発言(「少年だということは重視しなかった。命を奪った罪に対して同等の罰を受けるべきだと思った」2010年12月15日読売新聞朝刊)から推測するに,裁判官の裁判員に対する少年法の説明が誤っているということもあるのではないかと懸念される。」
と述べているのは、的外れそのものなのです。これが現時点での「市民感覚」一般といえます。
 日弁連意見書が、端的に裁判員裁判の対象から少年逆送事件を外せと言えないのは、まさにこの「市民感覚」を否定することになるからです。
 他の成人の刑事裁判では、「市民感覚」は正しく、少年事件における「市民感覚」は間違っているとは、裁判員制度を推進する日弁連としては、どうしても言えない、ということです。
 それ故に説示の問題にすり替えているということです。
 裁判員に対する単なる説示で、どうにかなるものではないということは、別の箇所でも述べた通りです。

 本来、少年事件も含め、刑事裁判は、少数である被告人の人権(適正手続き)と多数者との対立場面です。それ故に、「市民感覚」がどうであろうと、日弁連は、被告人の人権を擁護する在野法曹としての存在意義があるにも関わらず、日弁連が正面からこの点を主張しないのは、裁判員制度を推進したいあまりに、その責務の放棄したものと言わざるを得ません。

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