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親の葬式にも出れなかった!骨髄ドナーのリスクと恵み

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これは本当に緊張することで、私の場合「インフルエンザにならないように」「事故っちゃいけない」と普段どちらかと言えばめちゃくちゃな生活習慣なので、この間は実に気をつけて過ごすこととなった。

ところが!である。人生というのはままならぬもので、ここで我が家に緊急事態が発生した。なんと私の入院前日に義父が亡くなったのである。これにはさすがに茫然とした。

ただでさえ私は評判の悪い嫁である。ギャンブル依存症で夫婦が揉めていた時は、義父母の前で大喧嘩をし、挙げ句私は夫のことをひっぱたいてしまった。さらに、その後ギャンブル依存症の自助グループや回復施設の活動で、ものすごく忙しくなり、夫の実家のイベントごとなど殆ど顔を出せなくなっていた。それでも義父というのは寡黙な、優しい下町の職人として生涯を全うした人で、嫁の私に文句は死ぬほどあっただろうが、特に何か言われたことも、嫌味も、まして怒られたことなど一度もなく、いつも黙ってニコニコ笑っているような人だった。今思いだしても感謝しかない。それなのに私は義父の葬儀にも行かれないという事態になってしまったのである。

入院の前日、自宅に寝かされ義母や夫の姉兄ら親類一同そして我が家の子供達が集まって義父の亡骸にお別れをしていた。特に感受性豊かな当時小学校5年生だった息子が、階段の隅っこに座り、ショックのあまり一人涙をホロホロと流しながら、声を出さずに泣いている姿をみて「子供達が生まれて初めて身内の死に触れショックを受けているのに、母親の私は一緒にいてやれない。」そしてこれだけ心配をかけたにも関わらず、優しく見守ってくれた義父の葬儀にも立ち会わない嫁、この罪悪感で心が潰れてしまいそうであった。

そう、私が考える骨髄ドナーのリスクは、絶対に外せない自分以外に代わりが効かない1日が存在すること。この一言に尽きると思う。正確には前後合わせたら最低でも3日間は絶対に外せないのだ。

私の場合は義父であったが、万が一自分の子供に何かあったら?大切な人が亡くなったら?例え配偶者が事故にあっても、自分は駆けつけられないのである。こんなリスクがあることを、引き受けた時は想像もしなかったが、まさに身をもって体験することとなった。

それでも腹をくくり勇気を出して義姉と義母に「ごめん、私骨髄バンクのドナーになってて、明日から入院なんだわ。だからお葬式行かれない。」と伝えると義姉も義母もこころよく「のりちゃん、もちろんそっちを優先して。生きてる人の方を大事にして。」と言ってくれた。私がもし嫁にこう言われたら、絶対に嫌味の一つも返すはずで、義姉と義母の優しい気遣いにも心から感謝している。

さて、ではドナーの手術によるリスクである。

手術自体は全身麻酔なので、何も分からないまま終わってしまう。この全身麻酔の影響や手術後の経過は人それぞれなので、何とも言えないが、私は1日だけ若干発熱し、頭痛がした以外は、翌日からは全くなんの悪影響もなかった。しかしこれは骨髄バンクのコーディネーターの方によれば比較的珍しいそうで、皆さんなんらかの不定愁訴は多少なりともあるそうである。

しかし大変だったのは退院後からの1週間である。とにかく針をいっぱい刺した腰が鈍痛に見舞われ、階段が登れなくなっていた。歩くことはそれほど大変でもなかったが、階段がゆっくりゆっくりそろそろとしか登れないほど痛かった。あんまり痛いので、腰を鏡で見てみたら、腰一面内出血していてそのグロテスクな様子に我ながら驚いた。面白いことにこの内出血が段々小さくなって下がっていって、見えなくなったころにはすっかり痛みもひいてしまった。その後何の後遺症も感じられない。

このように確かに骨髄バンクのドナーにはリスクが伴う。けれどもやはり私は「やらせてもらってよかった!」という思いしかない。ドナーというのはどう考えても患者さんのためだけではなく、ドナー自身のためにあると思っている。

もしドナーにならなければ、夫の家族に感謝する謙虚な自分がいただろうか?息子の涙をこれほど鮮明に覚えていただろうか?そしてもちろん白血病という病気について考える日が来ただろうか?

でも何よりも一番大きかったのは、一生出会うこともない、どこの誰かも知らない人を助けねば!という思いに駆られ、うだうだと心配する母を説得し、仕事の日程を調整し、苦手な「血を見ること」にも挑戦し、そして義父の葬式に出ないことを決意し、家族に許しを得る・・・そんな困難に挑戦する自分を「案外いい奴じゃん!」と好きになることができた。こっそりと自分で自尊心を溜めこむことができたのである。

「骨髄バンクのドナーになった」と言うことは実にはばかられることである。「いかにも良いことやってます!」とアピールしているようで気恥かしい。理解されず「自業自得だ!」と罵倒されながら「依存症の偏見を解消するぞ!」と闘志を燃やしている方が、よほど私らしい気がする。

けれども2016年に中日新聞さんが私のドナー体験を取り上げて下さり、国会でもその記事を「日比プラン」を推進されている大西健介先生が取り上げて下さった。その時に、「なるほど、私の骨髄バンクのドナーとなった体験談もまた誰かの役に立つのかもしれないな」と思った。

骨髄バンクのドナーを経験した私が、ドナーを考えている方に何かお伝えすることがあるとしたら、「ドナーは患者さんのためだけでなく、むしろ自分のためにある。」ということである。その経験は、おそらく思っていた以上に面倒くさいし、大変だし、私のようなアクシデントに見舞われるかもしれないし、もしかしたら身体的な障害を被る可能性だってゼロではないのである。でもそういう感情的な恐れや、周囲の環境調整をしていく自分をきっと愛することができると思う。

私は、骨髄バンクを通じ一度提供者のご家族から感謝のお手紙を頂いた。嬉しいことではあったが、私はお返事を出さなかった。それは私に感謝して貰うことは筋違いだと思ったし、ドナーのことなど気にせず生きて!という私なりのエールで、おそらくお相手には全く通じていないと思う。

でも、感謝すべきは闘病生活に身をもって投じ、私たちに勇気を与えた、夏目雅子さんや本田美奈子さんら患者さんご自身の姿であり、骨髄バンクの運営に尽力された方々だと思っている。

それでもこうしてあざといと思われるかもしれないとびくびくしながら、体験を書かせて頂いたのは、ドナーというのはそれだけの価値が私にあったからであり、もちろんドナーが増えて助かる人が増えたらいいなという思いがあるからである。

骨髄バンクのドナーには55歳までしかなれない。今年の9月で私もこのお役目をおりることになる。若い世代に何かの参考になれば有難いと思う。

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