- 2019年02月13日 16:44
麻生失言から振り返るロスジェネ論壇、そして現在。の巻 - 雨宮処凛
2/2「これまで、フリーター問題は、当事者以外から『個人の心の問題』として分析され、批評されてきた。『やる気がない』『自由でいたい若者』といった一方的なイメージと、『夢追い系』『モラトリアム系』などという分類。しかし、当事者によるフリーター論壇の大きな特徴は、この問題を『心の問題』に矮小化せず、『労働の問題』『雇用の変化の問題』『産業構造の問題』『経済のグローバル化の名のもとに進められる新自由主義の問題』、そして『生存』そのものを巡る問題としてとらえ返されていることだ」
「私たちは知っている。夜勤明けのボロ雑巾のような身体を引きずる帰り道。しょぼしょぽする目に差し込んでくる眩しすぎる朝日の恨めしさ。『労働』の後なのに充実感などはなく、強烈に湧き上がる『フリーターをしている』ことへの『罪悪感』。働いても働いても一向に生活は楽にならず安定せず、職場の同僚はアジアや貧しい国の人々で、自分が『国際競争の最底辺』で捨て駒にされていることを身を持って感じる日々。
それなのに世間からは『やる気がない』『働く気がない』とバッシングされる。では正社員が楽をしているのかと問えば、どうやらそうではない。連日18時間労働を続けて痩せこけていく友人。過重なノルマに押しつぶされるように心を病んでいく過去の同級生たち。
どうしてこんなに苦しいんだ? どうしてこんなに生きることが大変なんだ? どうして『普通に働いて生きていく』ことがこんなにも難しいんだ? 私たちは果てしない徒労感の末に、この状況が作られた原因を知ることを渇望した。そして探った。何よりも、自分自身のために。そうして文字通り血の滲む思いで、自らの『尊厳』をかけて作られてきたのが『フリーター論壇』だ」
ここには、まっすぐな怒りがある。他の原稿やインタビューを読んでも、怒りとともに、眩しいくらいの「希望」がある。今、なんとかすればまだ間に合う。私たちは「人並み」になれる。そんな思いがあって、私たちは多くの「可能性」を手にしていた。今、職業訓練をすれば、正社員として活躍できる人がたくさんいる。結婚、出産を望んでいる人たちができるようになる。私を含め、10年前、論客の多くは「政治」を信じていた気がする。少なくとも、高度経済成長時代に子ども時代を過ごした私は、「まさか自分たちを見捨てることはないだろう」くらいの、この国に対する信頼を持っていた。
しかし、この原稿を書いてから今に至るまでの12年で、その信頼は粉々に打ち砕かれた。みんなは12年分、年をとった。そうしてきっと、いろんなことがもう「手遅れ」となり、手にしていたはずの可能性は、気がつけば多くが消えていた。政治は遅々として変わらないどころか、入管法を改正して外国人労働者を受け入れることが昨年末の国会で決まり、今年4月から施行される。
まともな賃金を払って人々の生活を底上げするより、海外から労働力を受け入れる。この国のワーキングプアのみならず、外国人研修生の人権侵害がまかり通る働き方がこれほど問題になっているというのに、「働く者を保護し、権利を拡大する」方向ではなく、賃金も待遇も地盤沈下に向かうような政策が大手を振って国会で通ってしまう。
「いちばん働きたかったとき、働くことから遠ざけられた」世代。
「いちばん結婚したかったとき、異性とつがうことに向けて一歩を踏み出すにはあまりにも傷つき疲れていた」私たち。
「いちばん子どもを産むことに適していたとき、妊娠したら生活が破綻すると怯えた」ロスジェネ女性たち。
そんな気持ちは、絶対に麻生氏にはわからないだろう。
そうして今、悔やむのは、私たちはなぜこの12年間騒ぎ続けなかったのだろうということだ。ロスジェネの多くが30代後半となり、「若者じゃなくなった」頃、明らかに運動はトーンダウンした。すでに「若者」にくくられる年齢でもないのに…と言われることもあったし、そんな反応に、どこか「萎縮」してしまう自分もいた。
今、私はそのことを猛烈に悔いている。若くないから助けられる価値・資格がないなんて、そんなこと、絶対にあってはならないからだ。年齢によって人間の価値が目減りしたり増えたりするなんて、おかしいからだ。だけど私は、どこか「空気」を読んだのだと思う。自分たちを堂々と「若者」と言えなくなった時こそ、「ロスジェネ」という言葉をもっと使えばよかったのに。
さて、「取り返しのつかなさ」を抱えたまま、ロスジェネの人生は続く。この世代の一人として、様々な反省も含め、私はずっと、このことを書き続けていくつもりだ。



