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被災地のコミュニケーターを目指す / AFW代表理事・吉川彰浩さんインタビュー / 福島レポート編集部

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一般社団法人AFWの代表理事の吉川彰浩さんは、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の被災地の「今」と廃炉の現状を伝える活動を続ける。かつて東京電力の社員だった吉川さんは、原発事故後東電を辞め、被災地の住民とともに地域創生の道を歩む。吉川さんは「科学と暮らし、人と人、組織と組織をつなぎたい」と語る。被災地に向き合う想いを聞いた。

自分たちが運転してきた原発は、自分たちでどうにかするしかない

――2011年に東日本大震災が起きたときには、東電社員として福島第二原発で働いていらっしゃったそうですね。福島第一原発事故が起きたときの状況を教えてください。

あの日は金曜日で、いつも通りに業務をしていました。地震が起きて、社員や作業員に対して「現場から退避するように」との指示が出ました。停止できる設備は止めて、全員、高台にあるグラウンドへ向かいました。人数が多く、退避が完了するまで数十分かかったと記憶しています。

高台からは建屋が見えず、音しか聞こえません。それで、はじめは地崩れかなと思いました。でも、ラジオのニュースを聞いていたら、「双葉郡にも津波が来ている」と伝えていました。「津波」の言葉は聞こえているのに頭が受けつけず、まったく信じられませんでした。やがて、ちらちら雪が降ってきたのを覚えています。防寒もせずに出てきていましたので、とても寒かったです。

――「地震で原発が壊れたのではないか」という不安はありませんでしたか。

2007年の新潟県中越沖地震の際、柏崎刈羽原発で火災が起きました。その教訓を踏まえて、原発の耐震性強化が進みました。強化対策がおおむね完了したのがちょうど2011年3月の原発事故の直前。ですから、「地震で壊れることはないだろう」と考えていました。

普段から、大きな地震があると、深夜までパトロールに追われます。このときも、普段と同じ地震対応が始まったという気持ちでした。週末を控えた金曜日午後のことですから、周りにいた人たちと、「まもなく休みに入れると思っていたのに」と話していたくらいでした。

――原発が津波に襲われたことは、どのように知りましたか?

福島第二原発には4基の原子炉がありますが、すべて運転停止できました。そうは言っても、地震の揺れで、事務所の中はめちゃくちゃになっていると思いました。片づけをしなければいけないので、まず第1陣がバスで高台から事務所につながる坂道を下っていきました。

ところが、そのバスが津波に襲われたのです。運転手が咄嗟にバスをバックさせて高台に戻ってきました。バスはずぶ濡れでした。予想外でしたから、バスに乗っていた人たちに聞くと、「津波だ」と叫んでいました。中には泣いている人もいました。下の様子が見えるところまで行ってみると、水を張った田んぼのようになっていました。フェンスも外れて、ぐちゃぐちゃに壊れていました。

原発で働いていた人たちは、みんな原発の近くに住んでいました。町に戻ろうとする人もいたし、泣き崩れて動けなくなってしまった女性もいました。富岡町の海沿いは津波にのまれて、楢葉町も一部ごっそりとなくなっているように見えました。

そんな状況の中、私はある瞬間にカチッとスイッチが入ったような感覚を覚えました。「現場に行くぞ」と思ったのです。自分たちが運転してきた原発ですから、「どんなに酷い状況になったとしても、自分たちがなんとかするしかない」と思いました。

運転中の原子炉はつねに冷やし続けなければなりません。その冷却水を確保する必要があります。普段は原発2基を冷やすための水がありますが、緊急時には近くの川から水を引きます。そういうことを考えながら、その後はもう、とにかく無我夢中で動きまくったという記憶しかありません。

原子力発電は「未来のエネルギー」だった

――そもそも、どのような経緯で東京電力に就職されたのでしょうか。

茨城県常総市に生まれ、中学卒業後に東電学園高等部という、東電が運営している学校に入学しました。月3万円ほどの生活費をいただき、普通の高校の必須科目も学びながら、電気関連の授業を受けました。正社員になると、大抵自分の出身地に配属されます。

卒業前に進路相談の機会があり、おおまかに希望の所属部署を訊かれます。私は、火力・原子力への配属を希望しました。出身の茨城県には鹿島火力発電所もありましたし、当時は「選べるのであればかっこいい仕事がしたい」という感覚だったのかもしれません。

当時、原子力発電は「クリーンな未来のエネルギー」として高い期待が寄せられていました。「そんなに凄い技術ならば、やってみたい」と思い、第1希望を「福島第一原発」、第2希望を「福島第二原発」、第3希望を「鹿島火力発電所」と書きました。福島第一原発には、3年次に見学もしました。

親や教師には反対されました。「普通は地元に戻るものだ」と諭されたり、「なんのために3年間勉強したんだ」と言われたりもしました。全部突っぱね続けて、福島第一原発で働くことになりました。

――原発の技術者としてのお仕事はどのようなものでしたか。

1999年4月に福島第一原発に配属されました。縦割りで、グループによって極端な分業化がされていました。私は廃棄物処理の担当でしたので、廃棄物処理建屋内の仕事しかしません。原子炉建屋に行く機会はありません。私は別の現場も知りたくて、業務ではなく、あちこちを見て回っていました。

どのグループにも同期入社の仲間がいたので、彼らに会いに行くようなかたちでした。ですから、事故が起きた福島第一原発1~4号機は、全基の格納容器に入ったことがあります。福島第一原発で10年ほど働いた後、異動で福島第二原発へ移りました。その後に、東日本大震災と原発事故が起きました。

東京電力を辞めてやりたかったこと

――東京電力をお辞めになったきっかけはありますか。

東京電力を辞めたのは2012年の6月でした。原発事故から1年余りが経っていましたが、事故を起こした東電に対するバッシングは非常に強くありました。現場で働いている人たちにも、非難の声がたくさん届いていました。

現場で働く人たちは、協力企業の社員も含め、多くは地元で採用された人たちです。つまり、自分が今まさに働いている場所が、自分の故郷を壊したということです。事故収束の作業中にけがをした人が、血だらけで運ばれていく場面に居合わせた人もいました。第二原発では、津波で亡くなった方のご遺体を預かったこともあります。

こうした現場の過酷さに加えて、どんなに命がけで頑張っても誰も褒めてくれないどころか、むしろつねに非難され続けて、みんな相当精神的に追い詰められていたと思います。休みの日には、避難生活を送る自分の家族の元に帰ります。家族が「お前の父親は東電社員か」「あんたは親族に東電の人いるよね」と責めるように言われていると、聞かされます。家族といても気を休めることができないのですね。次第にどこにも自分の居場所がないという感覚になっていきます。

そのうち、社員も協力企業の人たちも、どんどんやめていきました。日々、誰かがお別れの挨拶にきました。「吉川くん、ごめん、ごめん」って泣きながら謝るんです。ずっと「吉川さん」って呼んでいた人が、そのときは「吉川くん」って言うんですね。自分の親くらいの年齢の人が多かったです。もしかしたら、息子を置いていくような気持ちだったのかもしれません。そういう人たちが、謝りながら、どんどん去っていきました。

残った人たちがなんとか頑張っていましたが、故郷を壊してしまった罪悪感に苛まれながら、なんとかぎりぎり踏みとどまっているといえる状況でした。耐えきれずに辞めていく人の代わりに、ややモラルに欠ける人たちが加わることもあったのでしょう。働く人のモラルが低くなればトラブルが起こります。そしてトラブルが起これば、メディアが現場で働く人たちをバッシングする。そういう悪循環が起きていました。

一方で、偉い先生がテレビに出ていろいろ語ることがたくさんありました。現場に来ない先生たちが語る「現場」の話は、はっきりいって全部机上の空論だと感じました。本当に酷かった。それで、実際に現場で働いて、現場を知っている人間が、社会に向かってきちんと声を出さなければいけないと思いました。でも、東京電力の社員のままでは、守秘義務があって話せないことがたくさんありました。だから、「辞めよう」と思いました。「東電を辞めて、現場で起きていることをそのまま伝えよう」と思ったんです。

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