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2008年のリーマン・ショック後の日銀の対応

日銀は1月29日に2008年7~12月の金融政策決定会合の議事録を公表した。特にリーマン・ショックを受けて、どのような議論が決定会合でなされ、どのような対策が講じられていったのか興味深い内容となっていた。

 サブプライムローン問題を契機に始まった金融混乱は、2008年秋以降、未曾有の世界的な金融経済危機へと発展していった。2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、カウンターパーティ・リスクに対する市場参加者の警戒感が高まった。

 9月16、17日に開催された日銀の金融政策決定会合の議事録によると、中曽金融市場局長(当時)から、「全くフェーズが変わってしまったので」との発言があり、情勢が大きく変わったことで資料が差し替えられた様子が窺える。議事録では当時の差し迫った状況が見て取れるが、一部、固有名詞が空白となっている部分があり、国内銀行あたりの固有名詞はさすがに議事録でも伏せられていたようである。

 かなり危機的状況となっているなか、議事録を読むとなかなか踏み込んだ議論が行われていたことがわかる。決定会合がたまたまリーマン破綻直後ということで、その影響が大きなものであるのは理解されていても、その影響がどの程度あるのかが、まだ読み切れない段階での議論だけに、ある意味興味深い。

 16日にはFOMCも開催されており、全員一致で政策金利を2%に据え置く事を決定している。リーマン破綻による金融市場の混乱などから、利下げを期待する声もあったが、FRBは今回の金融市場の混乱に対しては大規模な資金供給で対処した。

 17日の日銀金融政策決定会合でも全員一致での現状維持が決定されていた。しかし、その後、事態はさらに悪化することになる。金融と実体経済間の負の相乗作用が強まり、景況感は急激に悪化。先進国経済だけでなく、これまで比較的堅調に推移してきた新興国経済にも影響が及び、その影響は世界各国に同時にかつ急速に広がるという異常事態となり、日本経済も大きな打撃を受けた。

 10月8日に欧米の中央銀行に加え一部新興国も含め、10の中央銀行が同時に0.5%の緊急利下げを実施したが、この利下げには日銀は加わっていなかった。

 実は10月6、7日に日銀の金融政策決定会合が開催されていた。この議事録を読む限りにおいて、8日の世界同時利下げを示唆するようなコメントはなかった。日銀は0.5%下げるとゼロ金利に戻ることになり、利下げをためらったとの見方もある。10月14日の臨時に開催された金融政策決定会合では利下げではなく新たな市場安定化策を決定した。しかし、10月31日の金融政策決定会合では、0.2%の利下げが提案され、4対4の可否同数となったため議長が決するという事態となったのである。

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