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観客席の悲劇、日大アメフト事件の本質をえぐる 他人事なのに一般市民はなぜ熱くなるのか? - 立花 聡 (エリス・コンサルティング代表・法学博士)

日大アメフトの悪質タックル事件は大変な局面を迎えた。警視庁が第三者委員会の報告書に相反する捜査結果を発表した。内田前監督と井上元コーチについては、試合映像の解析や関係者への聴取結果などから選手への悪質タックル指示は認められなかったと判断し、シロとした。他方では、タックルをしたA選手を傷害の疑いで書類送検するとした。

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期待を裏切られたどんでん返し

大方の日本人の予測に反する、いや、正確に言うと期待を裏切った結果になり、世論が騒然としている。

正義の実現を期待し、法律や警察・司法がそのための装置であることを確信する一般の人々にとってはショックだった。いくら警察が丁寧に捜査したからといって、やはり受け入れ難い結果である。捜査が丁寧であればあるほど、ショックが大きい。私のフェイスブック上では「警察の捜査が不十分だ」と抗議する人もいる。完全に感情的になっている。

こういった一般の人々だが、A選手や事件の被害者となった選手の家族でも関係者でもない。ただの第三者なのに、かくも熱くなって当事者たちよりも憤慨し、抗議し、あるいは警察を非難し、監督らの刑事責任の追及を求めようとする。それは、なぜであろう。

まず、第三者委員会の関与の影響が大きかったことが原因の1つとして考えられる。仮に第三者委員会を設けず、最初から案件を警察に丸投げした場合、捜査結果に納得できなくても、ここまで怒りを爆発させることはなかっただろう。

ある事物に対して人間は自分の判断に基づいて、「こうなるだろう」あるいは「こうなるべきだろう」と一定の期待をもつ。その期待は必ずしも確信の持てる期待ではない。ある意味で潜在的期待と言ってもよかろう。それが権威(一次権威)によって追認されると、確信の持てる期待に変わる。

ところが後日、別の権威、しかも上位にあたる二次権威が正反対の結論を出す。するとすでに一次権威によって確信を得た期待がどん底に突き落とされる。このギャップは大きければ大きいほど、落ち込みと反発が強くなるわけだ。希望が失望、絶望、怒りへと変わっていく。

「不当判決」の旗は何を意味するか?

なぜ、第三者委員会の調査が必要だったのか。

第三者委員会とは、その名称で分かるように、直接の利害をもたない中立的な第三者によって構成される委員会のことである。では、「直接の利害をもたない中立的な第三者」たるものは存在し得るのか?神が存在すれば別だが、生身の人間では無理だ。

第三者委員会の中立性に影響する要素は、設置元との利害関係や世論などいろいろある。たとえば、日大アメフト事件の場合、世論が強い影響を及ぼしていた。A選手が直接加害者だったにもかかわらず、あたかも被害者のように同情され、教唆事実の証明はそっちのけで、監督やコーチは最初から悪者の烙印を押されていた。

結果的に事件調査を担当した第三者委員会は、当時の世論に流され、有罪バイアスがかかり、結論ありきの報告書を作成したところで、最終的にこのたび発表された警察の捜査結論によって覆された。報告書の中身も証拠より合理性偏重の推論が多く、推定無罪の原則に反していた。結局のところ、第三者委員会は中立的な第三者ではなくなり、第一者側、あるいは第二者側に立った市民裁判の装置になり下がったわけだ。

裁判といえば、テレビのニュースにもよく見られる、判決が出た時に当事者(代理人)がダッシュしながら見せにくるあの定番の旗を想起する。正式には「判決等速報用手持幡」というものだ。勝訴の場合は「勝訴」あるいは「全面勝訴」となっているが、敗訴の場合は「敗訴」ではなく、「不当判決」と書かれた旗を見せるのだ。

司法判決の結果に納得せず、我が方の正義たる主張を裁判所が無視したうえで出した判決は当然「不当判決」になる。ずいぶん昔のことだが、この光景を不思議に思った知り合いの欧米系外国人に聞かれたことがある。「日本人はとても法律やルールを守りますが、なぜ司法(判決)をリスペクトしないのか」

一般市民が考えているいわゆる正義は道徳的なものであれ、あるいは経験や常識に基づく合理的な推論・判断であれ、いざ司法の場に持ち込まれるとそれが司法の正義に転換されない限り、期待されていた正義の実現はできない。したがって、「不当判決」の旗は期待された正義が司法に裏切られたという意思表示なのであろう。

日大アメフト事件の場合、法的には、監督とコーチの2名を刑事事件に巻き込むには、関門が高すぎる。たとえ第三者委員会の報告に合わせて警察から捜査報告を出され、それで送検立件したとしても、難題を検察や裁判所に投げるだけで、司法資源の無駄遣いにほかならない。これをめぐる法律や司法実務の蘊蓄を語るには紙幅が足りず、ここでは割愛する。結果的に警察は監督とコーチをシロとし、容疑をA選手にかけたのであった。

この事実を受け、内田氏らが第三者委員会や日大、マスコミを名誉毀損として提訴する可能性も出てくる。とにかく一言でいえば、第三者委員会のやり方は拙かった。世論に流されて良い結果にはならなかった。

他人事なのに、一般市民はなぜ熱くなるのか?

事実は1つしかない。正確にいうと、真の事実は1つしかない。法律上の事実とは別物で、分かりやすくいえば、法律のルールに基づいて、裁判官が認める客観的証拠によって証明された事実である。要するに証拠がすべてだ。どんなに合理的な推論であっても、客観的証拠には勝てない。

言いかえれば、クロを証明する証拠がなければ、すなわちシロである。この冷徹なルールは世間一般になかなか理解されない。というのは、一般の人々はその人生体験や固定概念、善悪を判断する普遍的倫理観・価値観を持ちあわせているからである。これらの要素はしばしば熱血的で、冷徹なルールを排斥するものである。

一般の人々は熱血的なものをもっていると、中立的な第三者になり得ず、英語で「Pick a side」というが、第一者側か第二者側か、どちら側に付くかを選択することになる。とはいっても、本件は他人事であることに変わりない。こうした「疑似第三者」は、なぜ、無関係の他人であるはずのA選手を擁護し、監督らを非難することで興奮し、熱くなるのか。この問題に触れておきたい。

「感情移入」と「自己投影」の結果ではないかと私は思う。

仮説として、もし、私、あるいは、あなたが日大のアメフト部員の1人だったら、監督から仮に反則のタックル行為を指示・命令された場合、きっぱりとそれを拒否できるのか、と主体を置き換えて自問したい。

上司や会社の指示、その内容の如何を問わず、部下として忠実に行動に移し遂行する。これを美徳とする一方、指示された内容の不正義で服従の美徳を捨てられるかという問いである。

2018年5月29日、日大アメフト部の部員たちは声明文を発表した。そのなかに、こんな一節がある。

「これまで、私たちは、監督やコーチに頼りきりになり、その指示に盲目的に従ってきてしまいました。それがチームの勝利のために必要なことと深く考えることもなく信じきっていました」

ここ数年、日本企業の不祥事が続出している。その多くは、思考停止、権威に盲従することに起因している。本質的には日大アメフト事件と病巣を共有している。指示命令への絶対服従、ないし上意への忖度は、組織の構成員の存続条件や個人利益と化している。日大アメフト部員だけでなく、多くの一般会社員も同じ組織構造のなかに置かれている。

自らの倫理観や価値観に照らして、これらに反する行動を不本意ながらもやってしまっている人、あるいは深く考えず本能的にやってしまっている人、このような人々はこの事件から、無意識的に、我が身と我が身を取り巻く組織環境を想起し、事件の当事者に自己投影し、感情移入してしまうのである。三人称(他称)の一人称(自称)化現象と言っても差支えない。

しかしながら一方、このような組織や共同体を作り上げたのもまた日本人自身である。組織に守られるというもう1つの側面からいえば、構成員はその受益者でもある。二項対立の下で苦悩と葛藤を抱えながら、積み上げる欝憤を晴らすには、ソーシャルメディアほど都合のよい捌け口はほかにない。

組織が抱える構造的諸問題は、個別構成員の力によっては到底解決できない。そこで、法や正義に希望を託す。しかし、最終的に期待を裏切られ、悲劇的な結末を見せつけられた。

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