- 2019年02月07日 09:15
「9歳での結婚」はすぐやめさせるべきか
2/2児童婚を「文化的な違い」で済ませていいのか
――イスラーム圏の児童婚の問題は、性行為による女性の身体への悪影響などを踏まえると、「文化的な違い」では済まないようにも思えます。それに対してはどう向き合ったらよいのでしょうか。
その説明で全然問題ないと思いますが、身体的な問題や自己決定権、女性の権利を無視しているといった非難が、西洋的な基準にもとづいていることも確かです。「私たちは西洋的な基準で動く文化のなかにいるので、そのなかで考える。それもひとつの考えにすぎない」ということを前提にしたうえで、違う考え方の人たちと付き合っていくのが重要だと思います。「お前は間違っている」と言ったとたんに、相手とのコミュニケーションは不可能になるでしょうから。
アメリカの哲学者のリチャード・ローティが言うように、自文化中心主義をなくすことはできません。西洋人が「自分たちが正しい」と思うようになったのも、それはそれで自文化中心主義の一つのあり方だし、国家や文化のレベルでも、その人たちにとっては自分たちのほうが正しいとそれぞれが思っている。自文化中心主義から出発するほかないんです。
自文化中心主義を乗り超えるとか、自文化中心主義に陥らないようにというのはありえず、自文化主義を前提としたうえでお互いに付き合おうねというのが、20世紀の成果でした。
「おかしい」と思う人がいることを自覚する
イギリスの哲学者のカール・ポパーは『フレームワークの神話』という本で先ほどのヘロドトスの話をとりあげ、重要なのはお互いに「相手はおかしい」と考えているということではないと言うんですね。ポパーは、2つの部族の間に通訳がいることに着目します。通訳を交えて、相手側がどのような反応をしたのかということを、もう一方の部族に教えるわけです。そうすると自分たちの考え方もまたひとつの考えにすぎないということを、彼ら自身が自覚する。
どちらが正しいかとか、2つの習慣があっておかしいという話ではなく、自分たちの習慣を「あいつらはなんて変なことをやっているんだ」というふうに見る人が外にいるといことを自覚する、そこが非常に重要です。そうすることによってコミュニケーションが可能になる。
互いにコミュニケーションをとりながら落としどころを考えていくということしかないと思うんです。そうでないと、相手が間違っているという決めつけになる。それはあまり生産的ではないでしょう。
“ツイッター世代”なマルクス・ガブリエル
――『なぜ世界は存在しないのか』が日本でもベストセラーになったドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルは、道徳的相対主義を捨てるべきだと主張しています(『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』)。これについてはどう考えますか。
彼はNHKで放送された石黒浩さんとの対談の中で、非常に強いかたちでロボットや人工知能に批判的な立場を表明していますよね。その際に石黒さんが面白いことを言っていました。「ヨーロッパでロボットを紹介すると、ドイツ人だけは反応がまったく異なる。ドイツ人の半数はヒューマノイド(人間型のロボット)を頑なに認めようとしない」と。
私はそれを観たときに、ああ、ガブリエルもそうなのかと思ってびっくりしたんです。ドイツ人の発想、つまりナチス・ドイツの優生政策という苦い経験にもとづく、科学技術に対する保守的な反応。彼自身、そうした自分の考え方をあまり相対化しないところがあります。「あれは間違いだ」と非常にはっきり言う。ツイッター世代だなと思うんですけど(笑)、「ハイデガーは間違っている」とか、普通はなかなか言わないことを「こうだ」と断言する点が、今風でうけているのでしょう。
「別の可能性」を想定して考え続けるしかない
彼の試みはポストモダン批判ですから、その意味で彼が相対主義を批判するのは、それなりに筋のとおった立場だと思います。だけれども、彼の議論として、いったいどういう道徳が出てくるのか、そこがはっきりしない。
彼は『私は脳ではない――二十一世紀のための精神哲学』という本で自由の話をするときも、カント以後の自由の考え方にのっとった形で、自我を脳のひとつの過程のような形でとらえる自然主義はまちがっていると言う。それはひとつの立場ではありますが、では道徳をどういうものとして考えたらいいのか、という点については明らかに語っていません。
相対主義をとなえる必要はないのだけれど、自分の立場自体が実は相対的なのだ、ということを自覚の上でやることは必要だろうと思いますね。自分の立場の中から考えるということは、当然、自らの基準にそったかたちで物事を考えるということです。
なおかつそれがすべてではない、という点が重要で、結局この2つの緊張関係の中でしか動けない。私たちは常に別の可能性も想定したうえで考え続けるしかない、ということだと思います。

岡本裕一朗『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)
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岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
玉川大学文学部教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。
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(玉川大学文学部 教授 岡本 裕一朗 構成=早川書房編集部、撮影=プレジデントオンライン編集部)
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