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人が健康に生きるために、薬よりも大切なものがある――映画『下街ろまん』公開記念対談 - 孫大輔×松本由布子

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2019年2月7日より公開が始まる映画『下街ろまん』。

東京の下町、谷中・根津・千駄木(谷根千)地域でさまざまな活動を展開する「谷根千まちばの健康プロジェクト」が企画制作、地元の人びとを巻き込みながら、プロジェクトの代表であり『対話する医療』の著者でもある家庭医、孫大輔氏がメガホンを取ったという異色作である。変わりゆく時代の中で変わらないもの、人の生きる力を支える、人と人とのつながりとは。

孫監督と、本作撮影協力の「いってんきもの想庵」着付師、松本由布子氏が、「まち」の魅力を語り合う。(聴き手・構成 / 宮原契子)

作品紹介

毎日、夜遅くまで研究を続ける大学院生の民生。彼は博士論文の提出期限が迫っており、追い詰められていた。翌朝、民生は起きることができない。体が重く、いつもの自分ではない。風邪かなと思い、クリニックを受診する民生。しかし、医師に告げられた病名は「うつ病」だった。しばらく仕事もできないことに絶望する民生。

孤独の中でもがく若者が、「まち」での出会いを通して癒され、恋をし、そして成長していく姿を通し、デジタルの時代に忘れられがちな、人と人の関係のあたたかさと力強さを、美しい谷根千の風景と共に描く。

医者が、聴診器の代わりにメガホンを持つまで

――孫先生は家庭医でいらっしゃいますが、なぜ映画、それも「まち」をテーマにした映画を作られたのですか?

 僕はもう20年近く診療に携わってきて、今は学生教育もやっています。

もともと腎臓内科医だったので、慢性腎臓病の患者さんや血液透析を受ける患者さんを診療していたんです。腎臓病の患者さんというのは、さまざまな苦痛、身体の苦痛だけでなく、心の苦しさや不安を抱えているんですね。そういう患者さんたちに毎日向き合っていく中で、ずっともやもやしていました。

で、思ったんですね。薬や透析でバイオデータをコントロールするだけの医療では、その苦しさを和らげることにならないんじゃないか、と。身体のことだけでなく、もっと人間全体を診る必要があるんじゃないかと。そこで行きついたひとつの答えが、家庭医療です。それで、医学部を卒業して9年目だったのですが、もう一度研修から始めて、家庭医になったんです。

――9年目から! すごいエネルギーですね。それだけ思いが強かったのですね。

 だけど、また壁にぶつかって。それが、診察室で患者さんに向き合っているだけでは、一人ひとりの患者さんの話を十分に聴くことはできない、ということです。

もっと自由なかたちで、患者さんと対等な関係でコミュニケーションすることはできないのかな、と考えて2010年に始めたのが、地域での対話活動、「みんくるカフェ」という活動です。それをきっかけに、医療コミュニケーション研究のひとつとして街の研究をするようになって、2016年から「まちけん」(「谷根千※まちばの健康プロジェクト」)という活動をやってます。

(※筆者注:谷根千=谷中、根津、千駄木を中心とする、東京の古い町並みの残る地域)

そんな思いに共感してくれた仲間が集まって、「まちけん」では演劇やダンスや“まちの保健室”など、今までの「医療」や「保健活動」の枠を超えて、地域に根ざしたさまざまな活動をやっています。

そんな活動を通して、人が身体も心も、そして社会的にもトータルに健康でいるためには、やっぱりコミュニティ、つまり「まち」とのつながりが大切なんだなっていうことを、実感するというか、ますます確信していきました。


――そこから、どうして映画に?

 今言ったようないろんな活動の中に、「まちけんシネマ」という、健康や障害をテーマとした映画を上映して、それについて対話する会というのがあります。月に1回くらいのペースでやってたんです。

その中で、2017年の夏ごろかなあ、人が作った映画を観るだけじゃなく、自分たちでも作れたらいいねえって話が出たんです。話が出たというか、僕が言ってみたら、いいねえってなった。

だけど、映画は好きだけど、実際に作るとなるとどうすればいいのか分からない。シロウトに作れるものなのか? とか。そこで調べてみたら、映画学校というものがある。東京にもいくつも見つかった。それで僕自身、通ってみようと思い立って、その一つに入ってみたんです。

脚本の書き方から撮影、編集まで半年学んで。周りは若い人たちばっかり。それで、夏にはなんとか、自分で一から作った初めてのショートムービーができました。会心の出来、というわけにはいかなかったけど、とにかく、こうやって作ればいいのか、というのは分かった。

じゃあ、さっそく作ってみようよって「まちけん」のメンバーに声をかけたら、面白そうって思った人たちが集まってくれて、プロジェクトが始まりました。最初はみんなで企画のアイデアを持ち寄って、投票して、そこで決まったのが、谷根千を舞台にした「まちが人を健康にする」というテーマの企画でした。

――なるほど。それで、聴診器がメガホンになったんですね! 意外なようで、全部つながっているんですね。

谷根千との出会いから 人との出会いへ

――でも、「まち」にはいろいろあるのに、なぜこの地域、谷根千だったんですか。

 10年くらい前から、さっき言った「みんくるカフェ」(谷根千地域での対話活動)を始めるより前から、このあたりが好きだったんです。職場にも近いから、仕事帰りや休日によくぶらぶら歩いていたんです。お店とかカフェとか、すごく好きで。こんな不思議な場所があったんだ、みたいな。

谷根千には昔から『谷中・根津・千駄木』※という、有名な地域雑誌があったんです。それがすごく良かったんですよ。この雑誌を作っていた3人の女性のひとりが山﨑範子さんという方で、4年くらい前かなあ、その方に紹介してもらったんです。それで、最初は根津しか知らなかったんだけど、谷根千という、その雑誌が扱っていた地域全体に興味が広がっていった。そのきっかけは、山﨑範子さんとの出会いですね。

(※筆者注:地域雑誌『谷中・根津・千駄木』 ミニコミ誌の金字塔として名高い地域雑誌。1984年、東京の下町に住む主婦たち3人で創刊し、2009年に惜しまれながら終刊。バックナンバーなどの情報は下記「谷根千ねっと」で見ることができる。谷根千ねっと http://www.yanesen.net/

それで、僕の中で、「まち」と人との理想のかたちはこの地域にあるんじゃないかと思うようになって、地域と健康の関わりというテーマでの研究として入ったんです。それが「まちけんプロジェクト」の始まりでした。

――谷根千は今や、若い人から外国人旅行者にまで人気ですよね。おしゃれと言っても代官山とも違うし、古き良きと言っても鎌倉とも違う。もちろん大都会とも違う、独特の空気がありますね。

松本さんは今、「いってんきもの想庵」※というお店でお仕事をされていますが、どうして谷根千で働かれるようになったんですか?

(※筆者注:「いってんきもの想庵」 根津に残る古民家の2階にある、着物のレンタルとオリジナル和小物を販売する店。その名前の通り、「いってんだけのもの」にこだわりながら、和の小物やアクセサリーなどを丁寧に手作りしており、着物も珍しい逸品から手頃な小紋まで幅広く取り揃える。https://original-so-an.com/)

松本 うちのオーナーが着物が好きで、趣味で着物を集めていたんですね。その趣味がだんだん夢になり、いつか店を出したいと。オーナーはこの近くの、日暮里の出身なんです。それで夢を地元で叶えたい、ということで今の場所で始めたんです。古民家の2階。1階がバーになっていて、ヒダマリさんというんですけど、マスターが女装される方ですごい人気なんです。

――では、松本さんがそのお店で働かれるようになったのは。

松本 私はもともとは原宿の、外国人とか若い人を対象にした着物レンタル店で働いていたんです。安くて、着やすくて、洗濯しやすくて、というものが多いんですけど、着物を学んできた者にとっては、ちょっと抵抗のある素材のものだったりしたんですね。

そんなところに、今の店の求人広告を見ました。本物だったり、古くて良いものだったり、というがオーナーのこだわりだと聞いて、いいなと。なかなかないんですよ、今、そういう店って。

根津っていう街も良かった。原宿や浅草みたいなガチャガチャした観光地でないところも良かったんです。お金さえ儲かればいい、という街ではないところが。

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