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最先端「エストニア電子政府」に日本ベンチャーが技術供与――注目すべきソフトインフラ輸出

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「DX (デジタル・トランスフォーメーション)」が企業、社会、人々の生活を大きく変えつつある。

 当初、DXは、鉄道(SUICA等)、銀行(コンビニATM、ネットバンキング)など大手企業の業務効率化から始まった。やがて主役は新規企業(Uber, Airbnb, Amazonなど)に移りつつある。彼らはデジタル技術を使って顧客に新しい価値を提供した。こうした動きは、「デジタル・サービス・リ・デザイン」というべきもので、私は「DX2.0」ととらえる。

〇民も官も「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」から「DX.2.0(デジタル・サービス・リデザイン)」へ

 政府はどうか。国も自治体も電子政府(デジタル・ガバメント)化を掲げるが、国民(住民)目線にたった「デジタル・サービス・リ・デザイン(DX2.0)」の発想は薄い。例えば、その気になれば運転免許証、健康保険証、住基カードは一体化できるはずだ。しかし、議論すら始まらない。そして国民もマイナンバーカードの取得の必要性を感じない。

 だが、政府がDX2を目指す国がある。エストニアの電子政府である。エストニアは、IT化をテコに政府業務を再構築した(DX)。また電子政府は行政サービスのみならず医療、金融、教育までカバーし、企業経営や社会のあり方を変えつつある(DX2.0)。

〇わが国の行政サービスはDX以前

 わが国の行政サービスは本質的に昔と変わらない。もちろん、コンビニで住民票がもらえ、ネットで税金が払える時代だ。入国審査も指紋や画像の認識で機械化された。しかし、これらは役所の合理化の末のDXである。市民の暮らしに身近な市町村の行政サービス、特に子育て、医療・介護、教育などのDXは遅れている。たとえば今どきはホテル、映画館、アパートの空き状況までスマホで見られ、予約もできる。ところが多くの公立保育園の空き具合は電話で問い合わせるしかない。申し込みには書類が必要だし、通園が始まると毎日、出退記録にサインや押印が必要だ。学校給食も前近代的で現金払いが多い。医者に行くには保険証が要るし、予防接種の記録も政府のデータベースで一元化されない。かくして家の引き出しには健康保険証、年金手帳、運転免許証、母子手帳など、行政の縦割り組織別に各種証明書が入っている。

〇金融、医療、教育に及ぶエストニアの電子政府化

 エストニアは日本の12%の面積、1%の人口の小さな国だが世界中が注目する。15歳以上の全国民にマイナンバーにあたる国民ID番号が与えられ、IDカード(eIDカード)の所有が義務付けられる。国民ID番号は「デジタルネーム」とも言われ、政府11省の行政サービスのうちの約1500で使われる。近年、携帯電話SIMとも共有されるようになったeIDは、MobileIDやIDカードとして健康保険証や免許証にもなり、民間取引の電子署名や電子認証でも使える。その結果、エストニアでは官民合わせて3000ものサービスがネット上で利用できる。

 デジタル化によるサービスのリデザインが著しいのは医療サービスだろう。個人の医療情報(過去の病歴、電子カルテ、処方箋記録、医療保険情報、受診情報など)が政府運営のクラウドに載っている。旅先で病気になっても現地医師がこれを見て対応する。電子画像もデータベースに保存され数年間の健康状態の変化が監視できる。eIDでは専門医の予約ができ、薬局でもeIDの提示で処方箋が示せて薬がもらえる。また政府は非居住者向けに「eレジデンシーカード」を発行する。法人登記等の電子政府サービスの利用や銀行取引などができる。

〇デジタル化を機にソ連時代から訣別

 エストニアがソ連から独立したのは1991年である。新政府は独立当初からソ連政府の旧弊を排し、民主主義と国民主権に沿った国づくりを始めた。その際にこだわったのがデジタル化、情報公開、そして徹底した情報管理体制である。例えば、エストニアでは全公務員の給与がネット上で公開される。また公的機関がアクセス権限を使って医療記録など個人情報を閲覧した場合、そのアクセス記録がすべて本人に開示される。こうして政府の透明性を確保し、国民の信頼を獲得し、その上で国民にeIDカードの所持を求める。エストニアの電子政府はこの意味でe-デモクラシーと連動する。

〇エストニアが誇る2つの技術

 政府の業務の「サービス・リ・デザイン」は、実はとても難しい。まず提供するサービスの範囲が広いうえに多種多彩である。しかも確実性やセキュリティの要求レベルが極めて高い。民間サービスなら料金を払ったお客だけにサービス提供し、そこから順次、拡大すればいい。ところが行政サービスの場合、全国民向けに同一レベルのサービスを同時かつ確実に提供しなければならない。誤りや不正は許されず、セキュリティも企業以上に高度なものが要求される。

 エストニアの電子政府は、高度な個人認証セキュリティ技術とデータ共有技術の2つに支えられる。

 第1のセキュリティ技術だが、エストニアではサービスのプロバイダー(行政・企業)とクライアント(国民)のそれぞれが政府が管理する個人情報データにアクセスする。そこに高度なセキュリティ認証技術を導入している。そのもとで国民は、国民IDを使って行政サービスはもとより、医療、金融など生活に密着したサービスにもアクセスできる。どういう経緯でこれができたかというと政府はまず国民IDでログインするクラウドインフラ「X-Road」を整備して行政サービスに使った。さらにそのインフラを民間開放し、高い個人認証技術が必要な医療や金融サービスの取り込みに成功した。

 第2のデータ共有技術は、「Data Exchange Layer X-tee (データ・エクスチェンジ・レイヤー エックス・ティー)」といわれる。これはネット上で安全にデータ交換をする技術的、組織的な環境を意味する。これで何が便利になるのか。例えば日本では引越すと自治体への転出入届け、ガス、水道、電気、電話等の引越し手続きは、それぞれ新旧両住所でやらなければならない。だがエストニアでは、国民IDの情報さえ変更すればすべてが同時に変更される。

 「Data Exchange Layer X-tee」上でのデータ交換とはどういうものか。X-Roadのクラウド上で、あるサービスプロバイダー(「X-teeメンバー」)が共有データを記述の上、利用許諾をする。すると「Data Exchange Layer X-tee」に参加する他の全てのメンバーもそれを利用できる。逆もそうだから全メンバーが他のメンバーのサービスとデータを利用できる。

 このようにエストニアでは個人認証とデータ共有の2つの技術をテコに国、自治体、民間企業の壁を超えて金融、教育、医療など国民の暮らしに必要なサービスがシームレスに提供される。つまり、電子政府化が公務のDXにとどまらず、国民の暮らしを支える仕組み全体のサービス・デザイン(SD)、つまりDX2につながりつつある。eIDカードの普及率98%という高い数値の裏にはこれがある。

 エストニアの取組みはソ連崩壊後の混乱の中で始まった。限られた財源の中で都市部だけでなく地方の国民に均質の行政サービスを届ける工夫の一つが電子政府化だった。エストニアの電子政府は国家戦略そのものなのである。

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