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【番外編】NHK『まんぷく』チキンラーメンは本当に「発明」なのか(下)- 野嶋剛

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安藤氏に特許を譲渡した張さん

 清川さんは、自分の机から分厚い書類の束を取り出した。

 そこには、多くの権利関係の書類が挟まれていた。「自分でも整理しようと思うのですが、ちょっと面倒で……」と、苦笑いする清川さん。私は、書類の束を1枚ずつ仕分けしながら、内容を精査していった。書類は、即席麺の特許に関するもので、張さんが取得した特許を日清食品に譲渡する内容であった。

 何種類かある譲渡契約のうち、もっとも重要なものが1961年8月16日に結ばれている。書類の最後に安藤氏と張さんの署名押印がある。

看板にも「歴史」が感じられる

 書類によれば、張さんの特許は「味付乾麺の製法」というタイトルで、その譲渡に際して、安藤氏が張さんに2300万円を支払うことになっている。いまの価値に換算すれば数億円ぐらいになるとみられ、かなり大きな額のようだ。

 すでに東明商行はエース食品など10社の在関西食品会社に即席麺を販売委託していたが、これら食品会社への製造に関わる「実施権」も日清側に継承すると定めている。

 なぜ張さんは、特許を安藤氏に譲渡したのだろうか。

 安藤氏の著書にはこの点について「類似品が乱立した」とだけ触れられている。清川さんもこう振り返る。「類似品がいろいろ出回って争いにもなり、父親も嫌気がさしたのでしょう。だから権利を安藤氏に譲渡したのだと思います」

「南極越冬隊御採用」と書かれた「長寿麺」の広告

 すでに日本に帰化している清川さんら家族はこうした契約書の存在はまったく知らされておらず、張さんの死後、遺品の整理で金庫から出てきたのだ。

「おやじは小さいときは『おれが最初に作ったんだ』と自慢していましたが、だんだん話をしなくなりました。どんどん成長していく日清食品をみて口には出さないけれど悔しさがあったんでしょうね。ドラマでみんな安藤さんの『発明』を信じてしまうのが残念です」

 安藤氏と張さんによる発売と特許申請のタイミングを整理してみよう。

 安藤氏が「チキンラーメン」を売り出したのは58年の後半。これに対して、張さんが「長寿麺」を売り出したのは58年の前半からそれより前と見られる。特許出願も張さんが58年12月(味付乾麺の製法)で、安藤氏側の59年1月(即席ラーメンの製造法)より少し早い。実はほかにも、(上)で取り上げた「鶏糸麺」の名前で特許を同時期に出願した台湾人もいた。

 つまり、この時期は、即席麺の市場は特許紛争も絡んだであろう「戦国時代」で、そのなかで最終的に勝ち残って特許も買い取ったのが安藤氏率いる日清食品のチキンラーメンだったのである。

びっしり書かれた製造法

 清川さんの手元にあったもう1つの貴重な文書は、「即席ラーメン製造に関する注意事項」という長文の資料で、かつて張さんの部下だった黄天恩さんという台湾人が、1961年3月1日に書いたものだ。大学で化学を学んだ黄さんはラーメン製造の現場を担っていた人物で、最も「長寿麺」のことを知っていた。

 手書きでびっしりと即席麺の製法が書かれており、これだけでラーメン史を振り返ることができる貴重な第1次資料である。

 即席麺技術のもっともコアの部分にあたる「油熱処理工程」について、黄さんは麺の水分量を10%以下にすべきで、6%以下だと乾麺が割れやすくなると指摘。油の温度は130~135度、油揚時間は2分~2分30秒などと細かく描写している。

 さらに、「この工程は麺の水分蒸発、麺に吸着させたスープの濃縮脱水、麺に油脂を添加して栄養を高める、という3つの工程を合わせもつ新しい味付け乾麺の製法である」と、即席麺の優れたポイントを誇らしげに堂々と述べている。

 この文書を読めば、少なくとも東明商行なりに、自ら考え抜いた技術で即席麺を製造していたことが伝わってくる。

客観的な業績の紹介が必要

 どちらが先か、という問題はそこまで重要ではないだろう。(上)でも書いた通り、油揚げ麺は、戦前戦後を通して、台湾で広く食べられていた。そして、58年前後の日本で、日清食品や東明商行など複数の台湾出身者が、ほぼ同時期に即席麺を売り出した。これは偶然とは思えない。

 考えられる経緯は、即席麺の黎明期において、台湾出身者が故郷ですでに普及していた油揚げ乾燥麺の技法を日本に持ちこみ、事業として成功させるべくしのぎを削ったなかに、安藤氏も張さんもいた、という仮説がかなりの確率で成り立つと私は思う。

 何をもって発明かという議論はあろうが、常識的には「いままでになかったものを作り出すこと」と理解されている。台湾南部や大阪での取材を通し、チキンラーメンについて安藤氏の「発明」という表現がしっくりこないことは、上下2回にわたった本稿を読んだ読者に伝わったのではないだろうか。

 日清食品や安藤氏サイドも「発明」へのこだわりは置いておき、あくまで即席麺産業の発展への貢献を強調してはどうだろうか。即席麺は日本から世界に広がり、災害食や宇宙食としても人類に大きな貢献を果たしている。これだけ重要な食文化に成長したからこそ、国民的人気のあるドラマの主題となり、誰もがその成り立ちには関心を持っている。後世の人々の歴史的な検証作業に耐えうる客観的な業績の紹介が必要だ。

 安藤氏は「人類は麺類」という言葉を残している。その見識の広さを「発明」問題でも見られることを願ってやまない。

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