- 2019年02月02日 07:05
「外交の弱さは軍事力の無さが原因」政治ジャーナリストの櫻井よしこ氏が憲法改正を訴え
3/3外交の弱さは軍事力の無さが原因 今こそ改憲を
櫻井氏は、日ロ間の平和条約締結に向けた河野太郎外相とラブロフ外相の会談に進展がみられないことに触れ、軍事力がないことが日本の外交力の弱さに影響していると説明。また、韓国の国防予算は日本(約5兆2千億円)を下回っているが、予算の増加率は日本を上回っていると分析し、朝鮮半島の今後の動向や、米中ロの動きの動きを例に挙げながら、持論の憲法改正が必要とする論拠を示した。
櫻井:ラブロフ外相は、日ソ・日露間の歴史や、言葉の解釈の問題などをあらゆる方面から攻めてきたそうです。「北方領土」という言葉自体が気にくわないとも言ってきたそうです。気の短い人であれば席を立って帰ってきてしまうと思いますが、我が国はそのようなことを言われてしまう。かつ、席を立つこともできない立場です。
こうした日ロ関係を見ると、なぜこういう風に扱わなければならないのかと思います。北朝鮮の拉致問題に韓国との竹島問題、徴用工問題、中国の尖閣諸島問題も同じです。
かつての日ソのことで例をとれば、日本はどうしてもソ連に譲らざるを得なかった。なぜならば日本はものすごく弱い国だった。シベリア抑留されていた幾万の日本軍の兵士をとにかく帰国させなければならず、その時に屈してしまいました。今でもロシア側に外交上はやられそうになっています。これは一にも二にも軍事力がないということがものすごく大きな要素になっているだろうと思います。軍事を使うこともできない、軍事力を認めない国が、どうやって諸外国とまともな交渉をすることが出来るのでしょうか。
日本がアメリカとも、中国とも異なる民主主義の良識ある自由の国として、できれば世界でその地位を固めていくための経済力はあるが、軍事力がない。そのような状況から抜け出すために、世界は厳しく、足元の朝鮮半島が全部北朝鮮の勢力に席巻されるかもしれず、その後ろに中国がつくかもしれない。大韓民国がなくなって、もろに社会主義、一党独裁体制の国に直面しなければならないということを認識すれば、もう少し準備を整えようという気になるのではないでしょうか。
韓国の国防費の方が日本をより大きくなる日は近いのです。韓国は憲法9条がありません。専守防衛もなく、まともな国として軍事力を行使できるのです。以上のことを考えると、朝鮮半島の有事に備える意味でも、アメリカ・中国の動向をみるとなおさらしっかりとした形で憲法改正をやって、日本自身の力を強めていくしかないです。
綺麗ごとばかりで終わる人生はない

櫻井:日本を取り巻く外交の課題と展望が扱われた講演の最後には、質疑応答が行われた。政治的・社会的に偏見や差別がなく、中立的な表現や用語を用いるポリティカルコレクトネス(政治的妥当性)が、日本社会が停滞する要因だとする参加者の質問に対し、櫻井氏は「新潮45事件」や働き方改革など社会の動きを交えて回答した。
「新潮45事件」をご存知かと思います。衆議院議員の杉田水脈氏がLGBTの人たちについて、「子どもを産まないから生産性がない」と記して、「生産性が低い」という言葉で大変な目に遭いました。これをきっかけに新潮45そのものが休刊、事実上の廃刊となりました。
たまたま、その時に新潮社のノンフィクションショー・ドキュメントショーの選考委員をしておりました。選考受賞のパーティーでおめでたい席だけども、新潮社へ何か申し上げたいと思い、杉田水脈さんの書いた言葉が適切か不適切かは置いておいて、この内容がバッシングを受けて彼女は表にも出られず、新潮45そのものが廃刊になったことは、日本の考える能力の土台が劣化している、なぜ廃刊にしたのかと、問題定義いたしました。
議論というものは、戦わせて初めて意味があるもので、異論を受け入れることが知的に成長するために必要なプロセスなのですが、それを全て否定してしまう。働き方改革にしても何しても、こういう形でなければならないという明らかな公式みたいなものをバーンと描いて、みんなが従わなければならないとなったら、世の中本当におかしくなると思います。
ポリティカルコレクトネスも行きすぎてしまうと、そこから考える能力や工夫する能力、臨機応変に対応する能力がどんどん落ちてしまう。臨機応変というのがどういったことか分かっている人が、そのルールが目の前にあるからこれを守ろうというのであればいいです。しかし、ルールしか知らない世代が生まれてしまうと、これはもう臨機応変に対応できなくなってしまう。無理も効かなくなってしまう。これは本当に怖いことです。
日本自身がもっと現実を見て、例えば働くということはどういうことなのか、国を守るということはどういうことなのか、人生を生きるということはどういうことなのか、ポリティカルコレクトのいうような綺麗事ばっかりで終わる人生なんてありえないということを認識しなければならないだろうと思っています。



