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歴史学なんていらない?――学問の実社会へのかかわり方について

 生徒を受験勉強に集中させるため、不要な世界史を履修させない――数年前、こんな事件がありました。


 「学習指導要領を無視するとは何てケシカラン」建前としてはそう思いつつも、本音を言えば高校側の気持ちも分らなくもない……当時、多くの人はニュースを聞いて、そのように感じたのではないでしょうか。確かに、いくら歴史に詳しくても職場ですぐ活用できたり、女の子(男の子)にモテたりすることはなさそう。どうやら歴史学とその成果は、実社会で役に立つことはないようです。


 とはいえ史学史をふり返ると、かつて歴史家が積極的に社会の役に立とうとした時代がありました。戦前、わが国における民族統合の根拠を万世一系の皇室に求めた「皇国史観」がそうです。この潮流には、東京帝大の国史学科を首席で卒業し、リッケルトやクローチェの下で最新の研究成果を学んだ平泉澄のような、優秀な歴史家も参加します。かくして皇国史観は、国民の心を一つにまとめ、わが国の偉大さを内外に示すことで、(まがりなりにも)社会の役に立つことに成功しました。無論、その結果が悲惨なものに終わったことは言うまでもありません*1


 戦争が終わると、歴史学をめぐる状況は180度変わります。皇国史観は見向きもされなくなり、代わって、マルクスとウェーバーの理論に依拠した大塚久雄を中心とする進歩的な戦後歴史学が主流となります。しかし、歴史学にとって一つだけ変わらないものがありました。それが「社会の役に立とう」とする姿勢です。


 戦後活躍した、マルクス主義歴史学の流れをくむ日本中世史家の石母田正は、学徒出陣による出征の前日、『中世的世界の形成』と題する労作を遺書にする覚悟で書き上げたといいます*2。のちにベストセラーとなった著作『歴史と民族の発見』に収録された「マルク・ブロックの死」と題する小文において、石母田は次のようにも述べています*3

…どのような感動も言葉にしてしまえば、みんな軽くなってしまうほど、人間の行動というものは動かしがたい力と真実をもっている。……マルク・ブロックは立派な、しかし私にとってはおそろしい行動をしてくれたのである。歴史家が死ななければならなかった不幸な時代、歴史家が死ぬことのできた幸福な時代、このような時代にわれわれも生きているのだということ以外に、何を語り得ようか。マルク・ブロックにしてもそうであったと信じている。

 ―石母田正『歴史と民族の発見』100-101ページ

 「歴史家が死ぬことのできた幸福な時代」すなわち歴史学が社会の役に立ち、社会のために行動することができた時代を生きているという自覚のあった石母田は、50年代に入ると「歴史学を国民のものに」というスローガンを掲げ、国民的歴史学運動とよばれる運動を展開します。アカデミズムに閉じこもった歴史学を批判し、若い歴史家が村や工場で働く人々に交じって、彼ら自身の歴史(村の歴史・工場の歴史)を記述していくことを提唱したのです。ここには、積極的に社会とかかわりを持とうとする石母田の姿勢を見ることができます。



 結果から見ると、国民的歴史学運動は失敗に終わりました。現状認識の未熟さなどもあり、運動は最終的に瓦解してしまったのです。石母田の思いは国民に届かなかったのでしょうか? 歴史学が実社会に関わることなど、どだい無理な話だったのでしょうか?


 ここで少し個人的な体験を話させて下さい。2011年3月11日、ぼくは私的な集まりのため浅草にいました。遠方から来た参加者のために、一刻も早く避難場所を探さなければいけない…そんなとき、自分は何もできませんでした。「歴史学は社会の役に立たなければならない」普段そう考えていただけに、てきぱきと動く周囲を見るにつけとても情けなく思ったことを覚えています。


 そうした体験もあり、ぼくは「歴史学が社会の役に立つ」とはどういうことか、考え直さないわけにはいきませんでした。なお、1000年前に起こった貞観地震を持ちだして「災害予知のために歴史学が利用できるじゃないか」という向きもありましたが、それはちょっと違うのではないかと個人的には思いました。歴史学に将来を予測する側面が全くないわけではありませんが、学問分野の本質からは外れていると思います。


 こうしたことから考えるに、歴史学が役に立つような社会の状態は二種類に分類できます。一つは「非日常」であり、もう一つは「日常」です。「非日常」とは、戦争や大事件などのような、石母田の言葉を借りれば「歴史家が死ぬことのできた幸福な時代」。このような時代には、歴史家は行動を起こし、実際の歴史に参与することを求められます。マルク・ブロックや平泉澄は、方向は違えど、いずれもそのような時代を生きた歴史家でした。一方で、ぼくたちの生きる「日常」は、言うならば「歴史家が死ななくてもよい幸福な時代」です。別に社会と無理にかかわりを持たなくても、命や仕事を失うことはまずありません。そのような「日常」にあって、歴史学はどのようにして実社会とかかわりを持つことができるのでしょうか。


 「大学院に進学しても、社会に出た友だちとの付き合いは続けるように」何とか社会との接点を持ちつづけることができないものかと考えあぐねていたぼくに、そうアドバイスしてくれた人がいました。確かに、実社会からの音沙汰がなくなると、問題意識は内にこもり、実社会に響くものでなくなるでしょう。ここから示唆されるのは、歴史学が「日常」において役に立つとすれば、実証性に依拠しながらも、心を揺さぶる歴史像を提示することだということです。社会の中から問題の着想を得、社会とのかかわりが強いほど、社会に与えるインパクトは大きくなるでしょう。じっさい、石母田の弟子として国民的歴史学運動に参加した網野善彦は、運動のなかで唱えられたテーマを発展させることで、その後、現在まで読み継がれるような名著を次々に生み出していきます。もちろん、社会とかかわりを持つことは、社会に迎合することを意味しません。社会の中で過ごしつつも、社会を一歩引いた目で見るということです。それは社会と積極的にかかわりを持って、初めて成せることでしょう。日常を生きているのなら、石母田がしたように、無理に社会に参与する必要はないのです。



 ぼくは高校生の頃、ウォーラーステインに感銘を受けて歴史家をめざすようになりました。現代世界を悩ませる諸問題を、感傷的な言葉ではなく「世界システム」という学問理論で説明する彼の姿に、実社会の役に立つ歴史家の理想形を見た気がしたのです。いつの日か世界システム論のように壮大な歴史像を提示し、多くの人の心を動かしてみたい、そうすることで歴史学が実社会の役に立つことを示したい、そのように考えています。


*1:現在、一部の歴史家に「役に立つ」ことへの懐疑の姿勢が見られるのは、このことが一つの原因ではないかと考えられます。
*2:石母田正については、小熊英二『「民主」と「愛国」』(新曜社、2002年)第8章を主に参照しました。
*3:マルク・ブロックは20世紀前半フランスの歴史家。第二次大戦が始まると対独レジスタンスに参加し、最期はゲシュタポにより銃殺されました。

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