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元横綱・武蔵丸「一番強かったのは貴乃花」 白鵬との違いは

【1997年3月場所の武蔵丸-曙戦(共同通信社)】

 平成前期の各界は優勝決定戦が頻発、語り継がれる名勝負も多い。元横綱・武蔵丸、武蔵川光偉親方が当時のライバルを語った。

 * * *

 私は平成元年(1989年)初土俵。当時、平成前期の力士たちはそれぞれが自分の型を持っていましたね。長い腕や重い体重を利用して、とにかく自分が有利になるような相撲に持ち込んでいた。この形になれば横綱にも負けないと、みんなが自信を持って戦っていました。

 力が拮抗していたので、序盤から星の潰し合いがあって、千秋楽の最後の一番まで誰が優勝するかわかりませんでした。千秋楽の勝ち負けで星が並び、優勝決定戦になるのはザラ。なんでも平成5~10年(1993~1997年)には優勝決定戦が11回もあったとか。私も生涯7回の決定戦を戦いました。

 ただ実は、私は決定戦で負けた記憶しかないんですよね(苦笑)。戦績は1勝6敗。勝ったのは平成8年(1996年)11月場所、結び前と結びの一番で3敗力士が負けて11勝4敗で並んだ、史上初の「5人での優勝決定戦」でした。若者頭から「決定戦をやる」と言われて土俵に行くと、「(戦う力士が)結構いるじゃないか」と驚いたのを覚えています。もうとにかく開き直るしかなくて、何も考えずに持てる力を出し切ろうと土俵に上り、優勝できました。

 それぞれがまともにぶつかり合うので、立ち遅れたり躊躇したりしたら相手のペースになって負ける。琴錦や安芸乃島のように土俵から簡単に出ない力士も多く、相撲を取っていて面白かった。

 中でも一番強かったのは貴乃花ですね。決定戦ではよく負けてしまいましたが、とにかく、こちらの得意な相撲をさせてもらえないんです。白鵬のように引いたり叩いたりしない、正面から受け止めて勝つ真の横綱相撲でした。支度部屋で自分の取組に合わせて気持ちを高めていくのがうまいし、その実力は彼の尋常ではない稽古量から生まれていたと思います。

 当時はどの部屋も稽古をガンガンやっていました。武蔵川部屋には関取も多く、1日50番というのも珍しくありませんでした。今のお相撲さんの5倍はやっていましたよ。お陰でスタミナには自信があったので、決定戦は苦になりませんでしたがね。

 今のお相撲さんは押し相撲や引き相撲が多く、見ていて面白くない。昭和で育った平成の前半と平成育ちの後半では、相撲は大きく変わってしまいました。

※週刊ポスト2019年2月1日号

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