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第414回(2019年1月25日)

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3.回避すべき展開

外交交渉において「交渉当時国のいずれかにとってボロ勝ち、ボロ負け」というワンサイドゲームはあり得ません。

表面上はドロー(引き分け)。しかし、それぞれの当事国が内心「実利は得た」と思う我田引水の結論と国内世論を導くのが外交手腕です。

安倍・プーチン会談では、4島共同経済活動や人的交流の促進、元島民による3度目の航空機による墓参実施等で一致。安倍首相は6月G20(大阪)時の会談で大筋合意するシナリオと報道されていますが、事実であるとすれば「回避すべき展開」に陥りつつあります。

安倍・プーチン会談に先立つ14日、河野・ラブロフ外相会談で先手を打たれました。ラブロフ外相は「まず日本が4島は第2次大戦の結果としてロシアが正当に獲得した領土であるという歴史認識を認めよ」「北方領土という用語を使用するな」等の強い要求を提示。

しかも、歴史認識に関する日本の考えを、プーチン大統領訪日の6月までに表明するように求めました。

日本は北方領土を「固有の領土」として返還を求めており、ロシアの要求を受け入れることは不可能。両国の主張は同時には成り立たない「二律背反」です。

ロシアが想定しているのは「領土返還なき平和条約」。日本が想定しているのは「領土返還つきの平和条約」。プーチン大統領は歯舞・色丹2島の返還も考えていないでしょう。

安倍首相は「首脳同士の信頼関係があれば、歯舞・色丹2島返還は確実。あとは、国後・択捉2島で何らかのプラスアルファを得る」との楽観的認識を流布していますが、本当にそう思っているとすれば驚きです。

外相会談終了後、ロシア政府は対外説明を行った一方、日本政府は説明を拒否。「日本側の考えを先方に伝えた」とのコメントのみ。

通常行われる外相会談後の共同記者会見も日本側の意向で取り止め。日本政府はロシア側の強い態度に打ち手を失っている状況のようです。

驚いたことに安倍首相は外相会談について「順調な滑り出し」と発言。詳細は話せないにしても、状況の深刻度を国民に正直に伝えるべきです。不正直な姿勢は、嘘を本当にするために不利益な譲歩や展開を甘受する危険性につながります。

両国が「二律背反」の状況にある中、交渉打ち切りを回避するために「今後も前向きに交渉していくことを確認」という程度の合意が予想可能です。ロシア側も「日ソ共同宣言を基礎として平和条約締結を目指す」こと自体は合意しているので、許容範囲内。

こうした状況下、安倍首相が平和条約に固執するならば、できることは「領土問題を曖昧にしたまま締結する」という選択肢しかありません。4島がロシア領だと認めないものの、日本領だとも主張しないという展開です。

安倍首相は「領土問題に触れない平和条約」を国民に「領土問題は一時棚上げ」と説明する一方、プーチン大統領は内外に向けて「領土問題は存在しないことを日本が追認した」と喧伝するでしょう。

このようなリスクを負って締結する平和条約は日本にとってどのようなプラスがあるのでしょうか。安倍首相は「条約締結により2島返還交渉が可能になった」と自画自賛するでしょうが、ロシア側が実際に2島を返還することはないでしょう。プーチン大統領はその布石を既に打っています。

たしかに、日ソ共同宣言は「平和条約締結後、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す」と明記しています。しかし、過去のプーチン発言等を調べたところ、日ソ共同宣言はあくまで「基礎とする」だけのことであり、「そのとおりに実行する」とは一度も言及していません。

むしろ「主権については書かれていない」「引き渡し期限が書かれていない」「どういった条件で引き渡すか書かれていない」等の発言を繰り返し、2島返還条項の死文化を企図。

さらに今回の外相会談後の記者会見で、ラブロフ外相が共同宣言当時(1956年)と日米安保条約改定(1960年)後の「状況の根本的変化」に言及。つまり、現在は1956年当時と状況が異なり、日ソ共同宣言の内容どおりには進められないことを強調。

日ソ共同宣言を基礎とする合意がある以上、明確に返還条項無効を主張することはないと思いますが、条件が整っていないことを理由に返還は延々と先延ばしされるでしょう。

これに対し日本は「北方領土の非軍事化」を訴え、在日米軍や自衛隊の基地が設置されることはないと説明するでしょうが、逆にロシアは、日本が絶対に認められないような内容の「明文化」を要求することが予測できます。

北方領土問題は形骸化していく可能性が高く、「回避すべき展開」に持ち込まれつつあります。それでもなお安倍首相は平和条約に固執し、締結するかもしれません。

それはロシア側に大きな利益をもたらすと同時に、日本側にもある程度は利益になるかもしれません。しかし、トータルで日本にとってプラスでしょうか、マイナスでしょうか。

「領土問題に触れない平和条約」締結によって事実上北方領土に対する主権を放棄し、2島すら返還されない展開を甘受した場合の歴史的失敗に思いを致すべきです。

安倍首相はそれを外交上の失敗と認めず、延々と「2島引き渡し交渉は継続中」「両国首脳の信頼関係があれば、平和条約締結後にいずれ2島は返還され、うまくいけばさらにプラスアルファを得られる」との根拠のない楽観論を国民に流布し続け、日本側の若干の利益を針小棒大に国内的にアピールしていくことでしょう。

平和条約とは戦争状態を終結させるための条約です。講和条約、和約とも言います。但し、平和条約締結が困難である場合には、別の方法や条約等で戦争終結が事実上表明されることもあります。日ソ共同宣言はその典型例。

日ソ共同宣言があるにもかかわらず、「領土問題に触れない平和条約」を締結することで主権を失うリスクは回避すべきでしょう。

最古の平和条約は古代エジプトとヒッタイト間で「カデシュの戦い(BC1285年頃)」終結に伴うもの。両言語(エジプト文字ヒエログリフとヒッタイト楔形文字)のバージョンが作られ、両者とも現存。ヒエログリフでは「ヒッタイトが請うて講和に至った」と書かれ、楔形文字では「エジプトが請うて講和に至った」と記されているそうです。

最も著名な平和条約は、第1次大戦終結に伴うヴェルサイユ条約(1919年)。しかし、この条約は敗戦国ドイツに巨額の賠償金を課したため、ナチス台頭と第2次大戦を誘発。悪名高き平和条約と言われています。

欧州30年戦争終結に伴うウェストファリア条約(1648年)も重要です。近代外交、近代国際法のルーツとなり、同条約を契機に国民国家システムが確立。その後の戦争は宗教戦争から国家間戦争に転化し、欧州再編につながりました。

隣国との外交は難しいものです。しかし、それでも隣国として関係し続けなくてはならないのが隣国の宿命。孫子の兵法に曰く「諸侯の謀(はかりごと)を知らざれば、予め交わるを能(あた)わず」(九地篇八)。すなわち、相手の状況や考え方をどう推察するかということがポイントです。

相手の考え方を誤認したり、国民に状況を正直に説明しないまま、不適切な条約を締結すると、結果的に新たな対立や紛争の種となることは歴史が教えています。

(了)

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