- 2019年01月25日 22:02
介護現場の賃上げは当たり前。一番重要なのは現場レベルからトップへの風通しの良さですよ - 「賢人論。」第80回童門冬二氏(中編)
1/2
前編では90年を超える人生を通して形成された価値観を中心に、超高齢社会を生きるための”訓示”をいただいた童門冬二氏の賢人論。中編では介護現場の実情を端緒として、今、労働の現場に積もる”鬱屈の正体”を説明していただいた。
取材・文/青山敬子 撮影/公家勇人
介護現場が鬱屈するのは”言いたいこと”が”言えないから”ですよね
みんなの介護 90歳を迎えた今も、現役でご活躍されています。現在のような超高齢社会で働くために歴史から学べることはありますか?
童門 私は、学校の先生や福祉のスタッフ、僧侶や医者は聖職であってほしいと思っているんです。
上杉鷹山(1751年―1822年)は倹約家で米沢藩(現在の山形県米沢市)の財政を立て直したリーダーシップで有名ですが、妻を思う気持ちも評価されています。
鷹山は米沢藩という15万石の名門の当主・上杉重定の養子として迎えられますが、このときに重定の娘の幸姫(よしひめ)と結婚しています。
この幸姫は心身が未成育なために30歳で亡くなりますが、鷹山は慈(いつく)しんで人形遊びや折り紙などで一緒に遊んだと言われています。
みんなの介護 鷹山の優しさや誠実さがわかるエピソードですね。
童門 ひるがえって、今はどうでしょうか。介護や福祉の現場で不幸な事件が起こっていますね。原因は一つではないでしょうが、まずは職場の改善として賃金を上げるなど待遇の向上が望まれます。もちろん待遇だけではなくて、意思の疎通ができるようにすることも重要です。
また、これらのことを経営幹部だけで決めるのではなく、それぞれの現場ごとに意見を集約して問題解決を図るべきです。
みんなの介護 職場環境の改善は、簡単ではないですね。
童門 それでも、歴史からは学べることもあります。
「現場」で活躍したといえば、吉田松陰(1830年―1859年)ですね。松陰は25歳のとき同志であった金子重之助とともに浦賀に再度来航したアメリカ軍艦に乗り込もうとしますが、失敗して江戸・伝馬町の獄につながれ、後に長州の野山獄へ収監されます。
この野山獄は武家の男女のみを収容しており、生活は比較的恵まれていました。武士ではない金子は同じ長州の岩倉獄で病死してしまいます。岩倉獄はかなり劣悪な環境でした。
みんなの介護 岩倉獄…恐ろしいです。
童門 とはいえ野山獄も監獄ですから、ラクではありません。松陰は、獄にありながらも「今いる場所で全力を尽くす」という態度を貫きました。
「地獄のような牢を福堂、つまり“幸福な場所”に変えよう」と思ったのです。入牢者たちから得意分野を聞き出し、俳句や和歌、書道などの講義をさせ、自身は孟子の教えを講義しました。
獄中で「民を以(もっ)て貴しとなす」「他人の苦難には見るを忍びざるの心を持って接せよ」などと説いたのです。「忍びざるの心」とは、本来、人はみんな他人の不幸を見逃せない気持ちを持っているということです。
みんなの介護 現代でも十分に通用しますね。
童門 そうですね。また孟子は、「恒産なければ恒心なし」とも言っています。「恒」とは安定、「産」は財産、「心」は良心を指し、ある程度の財産や仕事がなければ道徳心や良心を持つことはできないというのです。3,000年前だけど、良いことを言っていますよね(笑)。
松陰は、獄中で孟子の「人間だけが持っている優しさ」を重視した学問を解説したのですが、これを感心して聞いたのは囚人だけではありませんでした。
住み込みの司獄(看守長)の福川犀之助(さいのすけ)は、松陰の才能に驚き、弟子になってしまいます。松陰の講義を廊下で聞き、夜間の点灯や筆写も認めました。
そして、「こうした講義をもっと広めるべきだ」と考えて松陰を「病気」として、自宅療養させることにして釈放します。
釈放された松陰は、叔父の玉木文之進が八畳一間で開いていた私塾「松下村塾」の講師となり、のちに主宰者となります。
みんなの介護 松陰には人間的な魅力があったのですね。
童門 そう、松陰のなによりの魅力は、「無私無欲」で「この世の人を喜ばせたい」というヒューマニズムです。
そして、トップダウンではなく、今いる場所から変えていきました。それには松陰が楽天的だったこともあると思います。
今の現場では言いたいことが言えないから鬱屈しているのでしょう。最近は離職率の高さが問題になっていますが、職場の良好な環境づくりは、給料の引き上げなどで待遇を良くするとともに、意見が言えることも求められます。経営の面から考えても、誇りと生きがいをもって働けるようにすべきです。
あとは、小さな積み重ねも。二宮金次郎は、農業と学問を通じて自然の恵みや人の素晴らしさを知り、「小さな日々の努力の積み重ねが大切」であるとしました。これは「積小為大」と言われています。



