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遠くなる「昭和の戦争」とマンガの力:おざわゆき『あとかたの街』 - 高井浩章

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綿密な調査と誠実な描写

 『あとかたの街』は著者の母親の体験をもとに描かれている。物語は、南方の要衝が次つぎに陥落し、戦況が敗色濃厚となっていた昭和19年春から始まる。

 序盤は戦中の食糧事情や暮らしぶりが優しく、柔らかなタッチで描かれる。貧しいながらも支えあう家族や近隣の人々の姿、主人公あいと友人たちの友情と確執など、息遣いが聞こえるような丁寧な描写が続く。

 そして同年12月、まずは東南海地震という天災が名古屋の街を襲う。その直後、追い打ちをかけるように、軍需工場である三菱重工業名古屋発動機を標的に米軍が空襲に踏み切る。「名古屋大空襲」の始まりである。

 その後、米軍の空襲のターゲットは軍需関連施設から一般家屋にまで広がる。南方の戦況も悪化の一途をたどる。著者はこの間も主人公の家族・木村家を中心に、人々の暮らしにクローズアップしたレンズを外さない。子供たちの疎開の様子もディテールが充実している。

 戦時下にあっても、我々と同じように様々な思いをもって日々を暮らした庶民がいた、というのは、当たり前の事実だ。だが、その姿を事実にもとづいて忠実に描くのは容易な作業ではない。自身の母親だけでなく、多くの生存者から聞き取った綿密な取材や徹底した資料調べ、何より作者の誠実な姿勢が、作品を支えている。

 シベリア抑留の帰還者である父親の体験をもとにした『凍りの掌』でも、この誠実さは徹底している。歴史を語るということは、妄想と付け焼刃のコピペで済ませられるような安易な作業ではないのだ。

 丁寧な筆致で生活が描かれているからこそ、昭和20年3月に名古屋を襲った大規模空襲の凄惨さ、非人道性が、胸が痛くなるほど、読み手に迫ってくる。

 私にとっては、なじみのある地名が業火の地獄と化していくクライマックスは、他人事でも「歴史」でもなく、同時代の出来事のように感じられた。人々が蒸し焼きにされた防空壕があったとみられる新堀川周辺や、逃げまどった主人公らが最後にたどり着く鶴舞公園は、自分が何度も訪れた場所だ。市民の心の支えだった名古屋城が焼け落ちる場面は、子供のころ、毎日のように窓から再建された名古屋城を見て育った私には、特に感慨深いシーンだった。

日本にとって大きな財産

 『はだしのゲン』(中沢啓治)や水木しげるの戦記物シリーズなどの古典から、こうの史代の『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』(ともに双葉社)、最近では『ヤングアニマル』(白泉社)で連載中の『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(武田一義、 平塚柾緒)など、戦争モノには名作・傑作が多い。

 それは、マンガ大国・日本にとって、大きな財産だと思う。

 再び卑近な例を挙げれば、我が家の娘たちは、まずは絵柄の可愛さにひかれて『ペリリュー』を手に取り、読み始めてしまえば内容に引っ張られ、既刊を一気読みしている。名古屋大空襲についても、『あとかたの街』というマンガの形に落とし込まれていなければ、彼女たちが詳しく知ることはおそらくなかっただろう。

 興味深いことに、『あとかたの街』最終巻の巻末に収録した著者との対談で、こうの史代は「戦争の伝承者として描いたわけではない」と自身の発言に言及し、著者・おざわもその言葉に「とても納得した」と同調している。自分たちは数あるテーマの中から戦争を選んだだけであり、「伝承者」といった特別な意識は持たず、他の作者にももっと幅広い、多様な視点と絵柄による戦争マンガを描いてほしい、というのが発言の趣旨だ。対談からは、表現者として、戦争マンガというある種の「伝統」に縛られたくないという思いもにじむ。

 この10年ほどで、日本社会は不可解なほど右傾化が進んだ。自虐史観の見直しという旗印は、歴史修正主義の域にまで達しつつある。そんな今だからこそ、「平成の次」にまで語り継がれる戦争マンガが担う役割は大きい。

 こうの・おざわ両氏の作品を含め、戦争という歴史的事実をテーマにしながら、マンガとして成立させるために物語性を持たせることは、並々ならぬ労力と手腕を必要とする。良心のある描き手であるほど、その作業は困難を極めるだろう。

 「継承者」や「伝統」といった枠組みにとらわれる必要はない。それでも、困難をこえて「戦争の記憶のアーカイブとしてのマンガ」に取り組む表現者が後に続くことを、読み手として願ってやまない。

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