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ブータン留学生の「自殺」が暴いた「深く暗い闇」(上) - 出井康博

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自殺したブータン留学生ソナム君(筆者提供、以下同)

 2019年1月5日午前7時―——。福岡の日の出は東京より30分ほど遅い。曇天も影響し、周囲はまだ薄暗かった。

 JR博多駅から駅1つ隔てた場所にある福岡東公園。目の前が福岡県庁という広い公園だが、土曜の朝とあって、人気はなく静まり返っていた。

 この公園で、ちょうど1カ月前の12月5日朝、ブータン人青年の遺体が見つかった。福岡市内の日本語学校に在籍していたソナム・トブゲイ君(享年24)である。警察は死因を「自殺」と判断した。

 ソナム君は、ブータン労働人材省が中心となって2017年4月から推し進めた日本への留学制度「学び・稼ぐプログラム」(The Learn and Earn Program)で来日していた。日本に留学すれば、アルバイトで学費と生活費がまかなえ、大学院への進学や就職も簡単にできると喧伝された制度である。それを信じ、人口約80万の小国から700人以上もの若者が日本へとやってきた。日本円で100万円以上にも上る留学費用を借り入れてのことだ。

 同プログラムの実態は、2018年8月の本連載で6回にわたって詳しく書いた(本文末尾に一覧リンク)。留学生たちは日本で借金返済に追われ、アルバイト漬けの生活を強いられている。彼らを甘い言葉で日本へと導いたブータン労働人材省と留学斡旋ブローカーのやり方、そのブローカーを紙面で礼賛した『朝日新聞』の罪、プログラムにお墨付きを与え、留学ビザを発給した日本政府の責任などにも言及した。

 当時、ブータンでは、留学生たちの苦境は全く報じられていなかった。それから5カ月を経た現在、留学生問題は連日のように現地メディアを賑わせている。日本で夢破れ母国へ帰国した留学生と親たちは、団体を結成して声を上げ始めた。2018年11月に就任したロテ・ツェリン首相も、留学生たちの救済に乗り出すことを表明した。そして政府の反汚職委員会からは、労働人材省やブローカーの問題を指摘する調査報告書が出された。こうして事態が急展開したきっかけが、ソナム君の「自殺」なのである。

 ブータン人留学生たちの身に、そして彼らの母国ブータンで何が起きているのか。拙稿が発表された以降の流れから振り返ってみよう。

英訳され拡散した連載記事

 8月の連載は、日本でブータン人留学生を支援する関係者が英訳し、9月7日にネット上で公開された。ブータンの母国語はゾンカ語だが、英語は広く普及している。大学や行政機関などでも英語が共通語だ。

 英訳はフェイスブックなどを通じ、ブータン国内でかなり拡散したようだ。2日後の9月9日夜には、ブータンの有力紙『クエンセル』から筆者にメールが届いた。拙稿を「参考に記事を発表したい」という申し出だった。

 参考にする程度なら、出典さえ明示すれば済む。わざわざ執筆者の許可など得る必要はないはずだ。違和感を覚えながらも快諾のメールを送ると、「編集部で記事の方向を検討する」との返事があったきり、同紙からの連絡は途絶えた。結局、留学生問題に関する記事も発表されなかった。

 違和感が確信に変わったのは、約2週間後の9月25日、同紙電子版に載った1本の記事を見たときだった。〈ブータン人留学生が日本で入院〉と題された記事には、私が連載で批判した留学斡旋ブローカー「ブータン・エンプロイメント・オーバーシーズ」(BEO)や労働人材省の幹部が“善玉”として取り上げられていた。

 その記事は、結核性髄膜炎を発症し、9月中旬から福岡市内の病院に入院していた女子留学生(26歳)に関するものだ。記事が出た頃、すでに彼女は昏睡状態に陥っていた。

「学び・稼ぐプログラム」の留学生たちには、政府系金融機関から70万ニュルタム(約112万円)の借り入れがある。若者の失業が社会問題となっていて、うまく仕事が見つかっても大卒の月収が3万円程度というブータンでは大変な負担だ。その返済に加え、留学生たちは翌年分の学費も貯めなければならず、アルバイト漬けの生活となる。仕事は決まって肉体労働で、徹夜で働くケースも多い。女子留学生も「弁当やパンの工場などで3つの仕事をかけ持ちして働いていた」(同じ日本語学校に通うブータン人留学生)という。そうした過酷な生活が、病を発症する原因となった可能性もある。

労働人材省を擁護する地元紙

 しかし、記事は彼女が日本で強いられた生活には全く触れていない。それどころか、悲劇が「美談」に仕立てられていた。まず、BEO経営者のジュルミ・ツェワン氏が女子留学生の弟と一緒にブータンから病院に駆けつけたことを紹介し、彼のこんなコメントを載せている。

「できる限りの治療が患者(女子留学生)になされています。病院はとりわけ結核治療で福岡市内でも権威があるんです」

 記事は、日本にいるブータン人留学生たちから14万1000ニュルタム(約22万円)の募金があったことを報じている。そしてBEOが女子留学生のため多額の支援をしたと強調し、同社が弟を連れて来日する際に旅費や滞在費などで負担した「38万4000ニュルタム(約61万円)」という具体的な金額まで記している。また、労働人材省で「学び・稼ぐプログラム」を統括したシェラブ・テンジン雇用人材部長が登場し、こう述べる。

「労働人材省は彼女の兄も日本へ送るよう計画している。入院を知った途端、われわれは彼女を助けるために精いっぱい動きました」

 さらには、同部長の言葉で、プログラムの弁護まで展開する。

〈彼(テンジン部長)は、プログラムが詐欺だというのは全くの誤解だと述べる。留学生たちが日本で直面する困難は語学(日本語)のせいであって、「その他の点では、オーストラリアを始め他国で働き、勉強している(ブータン人)留学生たちと何ら変わらない」と言う〉

 ならばなぜ、プログラムは短期間で中止に追い込まれたのか。その理由は8月の拙稿で書いた通り、労働人材省に対する汚職疑惑が影響してのことなのだ。

 そもそも、プログラムのスキーム自体からして無理がある。留学生に認められた「週28時間以内」のアルバイトで借金を返済し、翌年分の学費も貯め、しかも進学や就職に十分な日本語を身につけることなど実質的に不可能だ。そうした現実をよくよく承知の上で、BEOと労働人材省は自国の若者を日本へと送り続けた。その結果、留学生たちは大きな苦しみを味わうことになったのだ。

 テンジン部長には筆者も取材していた(2018年8月28日「『幸せの国』ブータン留学生の『不幸せ』な実態(5)ブータン『汚職問題』とのつながり」)。地元紙『クエンセル』の取材でわざわざ「詐欺」を否定したのは、拙稿を意識してのことかもしれない。

 ブータン国内では、同紙は政府べったりの報道で知られる。元国営の新聞社で、現在も政府との関係が極めて強いため、批判的な記事が載りにくい。だから留学生の悲劇までも「美談」として取り上げ、労働人材省を擁護しようとした。筆者への連絡にしろ、単に私という存在を確認したかっただけで、当初から拙稿を参考に記事をつくる気などなかったのだろう。

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