- 2019年01月18日 19:27
『もっと言ってはいけない』あとがき
2/2高度化した知識社会では、高いIQは社会的・経済的な成功をもたらす。だがもうひとつわかっているのは、知能とアスペルガーのリスクとのあいだに強い相関があることだ。IQ130を超えて10上がると、自閉症スペクトラム上に乗るリスクは倍になる(2)。
天才と統合失調症のあいだに遺伝的な相関があることも否定できなくなっている(3)。アインシュタインの次男は統合失調症に苦しんだし、同様の例はほかにいくらでもある。さらにいえば、アインシュタインの家系はきわめて高い知能が平均へと回帰することも示している。――長男は平凡な物理学者として生涯を終えた。
高い知能が幸福な人生に結びつくかどうかもわからない。
暑い夏の喉がからからに乾いたときに飲むビールの最初のひと口はものすごく美味しいが、ふた口め、三口めとなるうちにその美味しさはだんだんなくなっていき、大ジョッキをおかわりする頃には惰性で飲むようになる。このとき、ビールの美味しさを効用、ひと口めからふた口めへの効用の変化を限界効用という。経済学の「限界効用逓減の法則」とは、(ビールの美味しさだけでなく)ほとんどの効用に慣れてしまう人間の本性のことだ。
近年の心理学では、知能の効用も同様に逓減するのではないかといわれるようになった。知識社会においては、知能が高い方が有利であることは間違いない。IQ100とIQ120では、社会的・経済的な成功でかなりのちがいが生じることは、経験的にもデータからも明らかだ。
だがIQ120とIQ140のあいだでは、効用(幸福度)においてそれほど大きな差があるようには見えない。これは、極端に高い知能がなんらかの神経症や精神疾患と結びついているからかもしれないし、社会のなかでの少数派(マイノリティ)として陰に陽に差別されているからかもしれない。
IQ130以上は人口の2.3%、IQ145以上は0.13%しかいない。どのような社会も、多数派(マジョリティ)である平均的な知能のひとたちがもっとも楽しめるように最適化されている。なぜなら、彼ら/彼女たちこそが最大の消費者なのだから。
そう考えれば、高知能のマイノリティは、使いきれないほどの富(金融機関のサーバーに格納された電子データ)と引き換えに、マジョリティ(ふつうのひとたち)がより安楽に暮らし娯楽を楽しめるよう「奉仕」しているともいえるだろう。
シリコンバレーでもっとも大きな成功を成し遂げた一人が、人類を火星に移住させるためにロケットを打ち上げ、次世代の電気自動車テスラを開発し、ハリウッド映画『アイアンマン』のモデルになったベンチャー起業家イーロン・マスクであることはまちがいない。
1971年に南アフリカに生まれ、裕福だが偏屈な電気技師の父親のもとで育ったマスクは、いつも夢を見ているような風変わりな少年だった。小学校に入る頃には本に夢中になり、3年生か4年生のときには学校の図書館にも近所の図書館にも読むものがなくなり、しかたがないので百科事典を読みはじめ細部まで暗記してしまった。
その一方で友だちはほとんどできず、深刻ないじめにあって中学や高校を何度か転校している。不良たちに暴行を受け、顔に全治1週間の重傷を負ったこともあるという(4)。
結婚と離婚を繰り返し、独身に戻ったマスクは2017年、『ローリング・ストーン』誌の取材に対しこう語った。
「子どもの頃から、ずっといいつづけてきた。一人ぼっちにはぜったいになりたくない。一人はイヤなんだ」(5)
2018年12月 橘 玲
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- ダルトン・コンリー、ジェイソン・フレッチャー『ゲノムで社会の謎を解く 教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで』作品社
- デイヴィッド ホロビン『天才と分裂病の進化論』新潮社
- アシュリー・バンス『イーロン・マスク 未来を創る男』講談社
- Neil Strauss(2017)Elon Musk: The Architect of Tomorrow, Rolling Stone



