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人質司法の原因と対策

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保釈審理の公開


コモンロー系諸国では、逮捕された被疑者は遅滞なく(without unnecessary delay)裁判官の前に連れてこられなければならない。公開の法廷で罪状認否が行われ、被告人が「無罪」の答弁をすると、通常は、裁判官が保釈金の額を決めて、保釈金やそれに代わる保証を提供した被疑者は釈放される。

検察官が保釈に反対すると、保釈のための審理が行われる。この審理も公開の法廷で行われる。誰でも傍聴できる法廷で、被告人の家族や関係者の証言を聞き、検察官と弁護人の保釈や保釈金額についての意見を聞いた上で、裁判官が保釈の可否、保釈金の額や条件を言い渡すのである。

最近の例を挙げると、中国の通信会社ファーウェイの副会長でCFOの孟晩舟氏が禁輸制裁中のイランにコンピュータを輸出した容疑でアメリカ政府の告発を受けカナダで逮捕された後、バンクーバーの裁判所で保釈審理を受けた。その様子は全世界に報道された。彼女の親族や関係者が証言し、裁判官は1000万カナダドル(740万米ドル)の保釈金の納付とGPSアンクレットの装着を条件に保釈を認めた(BBC News,  Huawei executive Meng Wanzhou released on bail in Canada, https://www.bbc.com/news/world-us-canada-46533406)。

日本では、勾留の決定も保釈の審査も書面審査だけで行われる。非公開の場所(裁判官の執務室)で検察官が提出した「一件記録」を読んで判断する。非公開なだけではなく、検察官が提出した一件記録を被告側が閲覧することもできない。検察官と裁判官だけが共有する秘密の情報に基づいて被疑者の勾留をするかどうか、被告人を保釈するかどうかが決められるのである。

勾留審査の場合は、「勾留質問室」という密室の中で裁判官は被告人に会って「勾留質問」が行われる。「質問」と言っても、実際のところ、罪を認めるかどうかを確認するだけである。弁護人の立ち会いもない。しかし、本人の顔を見るだけましである。保釈審査の場合、裁判官は被告人の顔をみることすらしない。こちらが「被告人に会って欲しい」「奥さんを連れてきたので、彼女の話を聞いてほしい」とお願いしても、裁判官はこれを拒否する。

わが国の現行法上、保釈の審理を公開の法廷で行うことは十分に可能である(勾留についても可能である。高野隆「勾留」三井誠他編『新刑事手続Ⅰ』(悠々社2002)、259、261〜263頁))。

保釈の決定を行うために法は「事実の取調べ」を行うことを認めている(刑事訴訟法43条3項)。そのために公開の法廷で被告人とその弁護人立会のうえで証人尋問を行ない、弁護人の意見陳述を聞くことも可能である(刑事訴訟規則33条)。しかし、裁判官はこの法的に可能でフェアな方法をやろうとしない。

保釈制度が非人間的なものに変質することを防ぐためにも、公開の法廷で審査することは不可欠である。

自白事件を保釈対象から外す


「罪証隠滅のおそれ」の認定を回避するために「自白」が行われ、検察官が請求する有罪証拠の取調べに同意すること――刑事被告人の憲法上の権利(証人尋問権・反対尋問権)を放棄すること――が行われている。

そのコインの裏側として、罪を否認する被告人や有罪証拠の取調べに同意しない――憲法上の権利を行使する――被告人は「罪証隠滅のおそれ」があるとされて、保釈が拒否される。この2つはまさにコインの両面であり、両者を別の話として切り離すことは不可能である。自白した被告人に証拠隠滅行為をするおそれがないと判断するからと言って、否認した被告人にはその可能性があるとは言えないというのは、詭弁的な形式論である。

保釈という制度は刑事裁判における「鏡の国のアリス」状況を回避するための制度であり、無罪推定の権利に実質を与えるための制度である。コモンロー系諸国において、逮捕された被疑者が無罪の答弁をしたときに保釈が認められるというのはそのことを如実に表している。

有罪を認める者は、無罪推定の権利を放棄したのであるから、保釈の権利を認める必要はないのである。したがって、わが国においても有罪の答弁をした被告人は権利としての保釈(刑事訴訟法89条)の対象から外すべきである。

有罪を認める被告人についても拘禁を継続することが不当といえる場合がある。例えば、有罪となっても間違いなく罰金刑や執行猶予付き判決が見込まれるにもかかわらず、公判期日が先に指定されているために長期にわたって未決拘禁が続くような場合、あるいは被告人が病気のために一刻も早い釈放が必要な場合である。

こうした場合に対応する仕組みとして、現行刑事訴訟法は勾留の取消し(刑事訴訟法87条、91条)や裁量保釈(同法90条)という制度を設けている。自白している被告人を権利保釈する理由も必要もなかったのである。本来必要がない保釈を認めることによって、もっとも保釈が必要でかつその法的根拠が明白な人のための保釈が否定されているのである。

起訴前の保釈


わが国では逮捕から3週間ほど経過して検察官が公訴を提起するまでは被疑者には保釈を請求する権利はないとされている。この運用によって、起訴までの23日間は捜査機関側の「持ち時間」という発想が生まれ、その間、被疑者は警察や検察から繰り返し尋問を受けなければならないというわが国独特の実務が形成されたのである。

しかし、未決拘禁は被疑者を取り調べるための制度ではない。取調べのために身柄を拘束するというのは、黙秘権を保障する日本国憲法38条に違反し、かつ、「正当な理由」によらない抑留拘禁を受けない権利を保障する日本国憲法34条にも違反する。逮捕や勾留というものが被告人の逃亡や証拠隠滅行為を防止するための制度だとするならば、保釈を公訴の提起まで待つ理由はない。逮捕されたら直ちに保釈の権利を認めるべきである。

現行刑事訴訟法が起訴前の被疑者に保釈の権利を認めていないという実務の根拠とされる刑事訴訟法207条1項はこう規定している――「前3条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りではない」。

この但書きは、起訴前には保釈を認めないということを少なくとも明言はしていない。この規定を文字通りに読めば、検察官から被疑者の勾留請求を受けた裁判官は、被告人の勾留状を発行する公判裁判所と同様に勾留状を発行できる、但し保釈に関する裁判をすることはできないと言っているだけである。

保釈に関する裁判は勾留請求を受けた裁判官とは別の裁判官が行わなければならないということを定めた規定と考えれば良い。そして、それには合理的な理由がある。

勾留状を発行した裁判官はその被疑者には逃亡や証拠隠滅の危険があると判断して拘禁の継続をすべきだと判断したのであるから、被疑者の危険性について予断を抱いているのである。その同じ裁判官に保釈の請求をしても、公正な判断は望めないであろう。

いずれにしても、公訴提起の前と後で保釈の権利に差を設ける合理的な理由はない。それは個人の「社会的身分」による不合理な差別であり、恣意的な身柄拘束であって憲法14条及び34条に違反するというべきである。犯罪の捜査が一般的な犯罪情報の収集の段階から進んで、一人の個人に焦点が絞られ、その個人を刑事訴追の対象とするために逮捕状が発行されたとき、その個人に身体拘束の正当性・合法性の審査を求める権利を保証し、将来の公判における防御の準備を開始する機会を与えないというのは、アンフェなことである。

「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者」に保釈の権利を与えないのは、国際的な人権の基準に違反している(市民的及び政治的権利に関する国際規約9条3項)。

結論


カルロス・ゴーン氏の長期にわたる未決勾留と保釈の却下を契機として、わが国の刑事司法制度に対する批判が拡大している。批判は海外からだけではない。経団連の中西宏明会長も「日本のやり方が、世界の常識からは拒否されている事実をしっかりと認識しなければならない」と強い言葉で批判している(日経新聞2019年1月16日朝刊)。

わが国の刑事司法が「人質司法」にほかならないことは半世紀近くにわたって内外の法曹関係者や国際組織から繰り返し批判されてきたことである。今日の事態についてすでに70年前に当時の国会議員が強い懸念を表明していた。彼らなりにその予防策を講じようとした。しかし、彼らの声は戦後日本の裁判官の耳には届かなかった。日本の司法は戦前と同じ過ちを繰り返してしまった。いまこそ、われわれ国民は抜本的な改革に乗り出すときである。このままでは日本は国際的に孤立してしまう。刑事司法がこの国の「カントリー・リスク」であることが知れ渡れば、資金も技術も人材もこの国から去っていくであろう。

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