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DACA――不法移民とトランプの闘い - 田原徳容 / 新聞記者

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トランプ大統領の就任後、「移民の国」アメリカはさまざまなかたちで不法移民への圧力を強めている。強制送還や入国制限で、家族と離れ離れになった者も多い。 それでもなお、アメリカを目指す人の波が途絶える気配はない。中南米、アジア、中東、アフリカ……。あらゆる場所からあらゆる事情の人々が、国境という壁を越えてくる。受け入れるか、拒むか、それとも無視か。彼らをめぐってアメリカ社会もまた、ゆれている。はたして、アメリカはこれからも「夢の国」でいられるのか? 読売新聞ロサンゼルス特派員が、数百人に上る不法移民とその周辺を追いかけた渾身の『ルポ 不法移民とトランプの闘い』から一部を転載する。

ルポ 不法移民とトランプの闘い 1100万人が潜む見えないアメリカ (光文社新書)書籍
作者田原徳容
発行光文社
発売日2018年10月16日
カテゴリー新書
ページ数392
ISBN4334043771
Supported by amazon Product Advertising API

家族

DACA撤廃差し止め

2018年1月9日、トランプ政権がまた、司法の場で敗北を喫した。

カリフォルニア州の連邦地方裁判所は、幼少期に家族に連れられ米国に入国し、不法滞在となった若者の強制送還を免除する措置(DACA)の撤廃を一時的に差し止める決定を出したのだ。DACAは2012年6月にオバマ前大統領が発令したが、トランプが2017年9月に撤廃を発表していた。

DACAとは、Deferred Action for Childhood Arrivalsの略称。1100万人はいるとされる不法移民を巡り、オバマ前政権は議会で救済に向けた立法化を目指したが、当時の野党・共和党の根強い反発を受け、断念した。その代わりに、自身の判断で出せる大統領令で、DACAを導入した。この結果、70万人以上がこの措置で滞在資格を獲得し、強制送還の恐れがある不法移民の立場を脱した。一定の条件を満たせば、就労も許可された。

条件とは、(1)16歳の誕生日までに入国(2)2012年6月時点で31歳未満(3)米国滞在が連続5年以上(4)高校在学中、または高卒資格取得(5)殺人など重大な罪を犯していない──などだ。一度資格を得ると、2年ごとに更新可能だ。

トランプは、不法移民対策の一環として、このDACAを撤廃し、滞在資格保持者を不法移民に戻して強制送還しようと考えた。そこで、オバマの大統領令は法的根拠がなく、議会の権限を超えたもので、「憲法違反」と批判し、撤廃の方針を公表した。ただし、2018年3月5日まで6か月の猶予期間を設け、この問題を本来議論すべきである議会に投げ、DACAの維持が必要なら立法化するよう求めた。

不法移民には選挙権がないが、不法移民が頼る家族は米国籍を持つ移民で選挙権がある場合が少なくない。この数は、ばかにならない。選挙対策も視野にDACA支持の野党・民主党はもちろん、与党・共和党の一部も何らかの形で立法化を模索してきたが、事態は難航した。そして期限の3月が目前に迫る中、突然の司法判断でDACAの「延長」が決まったのだ。

DACAが撤廃されれば強制送還の恐れがあった人たちは、胸をなでおろした。しかし、裁判所の決定はあくまで一時的なもので、撤廃の流れは変わらない。70万人以上もの人間が不法移民になるというのは、米社会に与える影響も計り知れない。

ロサンゼルスのオフィスでは、2016年の大統領選期間中からDACA資格取得者の取材を続けてきた。2017年9月のDACA撤廃発表の際は、ロサンゼルスと周辺であった抗議デモを取材し、彼らの声を聞いた。「来るべき時が来た」と覚悟する人もいれば、将来を悲観して泣き崩れる人もいた。

3月の撤廃期限を前に、待ったなしの状態に追い込まれた資格取得者に改めて話を聞く段取りをしていたところ、撤廃が一時的に差し止められたわけだが、逆に、「いつ、この差し止めが撤回されるかわからない」という彼らの不安が強まった感じがした。

米国人スタッフのサムとキオも、「一時差し止めは根本的な解決にはならない」と話していた。DACA資格保持者が最も多いのはロサンゼルスがあるカリフォルニア州で、22万人超もいる。続いてテキサス州が12万人超だ。移民問題を巡る取材で何度も足を運んできたこの2州が、DACAでも今後の流れを占うカギを握ることになりそうだ。この2州にいる資格保持者に会い、滞在資格を巡る危機にどう対処するのかを聞こうと決めた。

DACA資格保持者はロサンゼルスにもたくさんいる。しかし、取材希望を伝えると敬遠されることが少なくない。日本メディアといえども、名前や顔をさらしてしまうことで当局に目を付けられるのではないかとの不安が生じるからだ。サムもキオも、電話では話ができても、取材のアポイントメントを取るのには難航した。それでも、粘り強く取材相手を探した。

コンテナハウス

DACA撤廃で最も問題視されるのは、家族の離散だ。DACA資格保持者の母親が米国で生んだ子供は米国籍を得られる。DACAが撤廃されれば、子供は米国にいられるが、親は強制送還されることになる。

2月下旬、こうした不安を抱えるメキシコ人の母とその娘が「自宅でなら取材に応じてもよい」と言ってくれた。場所はカリフォルニア州南部のガーデングローブ。ロサンゼルスからは車で約1時間と近い。すぐに向かった。

聞いていた住所は、コンテナハウスが立ち並ぶ団地の一角だった。裕福とはいえない移民たちの暮らしぶりがうかがえた。白いハウスの前に立ち、小さな呼び鈴を鳴らした。

「いらっしゃい。どうぞ!」明るく大きな声で迎えてくれたのは、メキシコ人のDACA資格保持者、アスセナ・サラス(31)だ。はじけるような笑顔と恰幅の良い体つきは、まるで肝っ玉母さんのようだ。中に入ると、一人娘のサミラ(9)がテレビを見ていた。母親とよく似ている。サミラはスペイン語で「こんにちは」とあいさつし、奥の部屋に移動した。「後で、娘にも話を聞いてやってください」。アスセナはそう言って、ダイニングのテーブルに座るよう勧めた。

コンテナハウスの中は整頓され、日々の生活がそれなりにきちんと行われていると感じられた。

DACAの資格を得る前後を含め、これまでの人生はどうだったのか。

「生まれてこの方、ひどい人生でしたよ。夢も希望もなかった。DACAの資格を得るまでは特にね……」アスセナの声のトーンが下がった。

母からの虐待

アスセナはメキシコ・モレロス州で生まれ、5か月後に里子に出された。13歳の時、人生最悪の事態に遭遇した。レイプされたのだ。

里親はその後の面倒を避けようと、当時米国にいたアスセナの実母に連絡を取り、アスセナを返すと伝えた。アスセナは米国から迎えにきた実母と一緒に国境を越えた。当時は、米同時多発テロ前夜。メキシコ国境のチェックは甘く、「入国ゲートで賄賂を払い、堂々と米国に入りました」。

不法入国する人たちは米国により良い生活を求めるケースがほとんどだが、アスセナはそうではなかったようだ。「米国は夢の国と聞いていたけど、そうは思えませんでした」。初めて一緒に暮らす実母は、ひどい人間だったという。アスセナを虐待し、揚げ句の果てに児童虐待容疑で逮捕されてしまった。

アスセナは、実母が逮捕される前、実母から家を追い出されていた。まだ、17歳。通っていた高校は、英語がうまく話せずいじめられていたので未練はなかったという。時給6ドル(約660円)のピザ屋で働き、隠れるようにガレージで暮らした。「そのころは、自分が何をしたいとか、考えたことがなかった。ただ、生きていた。それだけ」

不法滞在と知ったのは、免許証を取得する際に必要なソーシャル・セキュリティー・ナンバー(社会保障番号)がないとわかった時だ。だが、その重大性には気づかなかった。「働けたからね」

食べるために稼ぎ、友人らに実母や里親の愚痴を言って憂さを晴らす日々。幼なじみで同じく不法滞在のメキシコ人の夫と結婚し、サミラを生んだ。

「娘が生まれたのは、うれしかったですよ、もちろん。だけど、その日暮らしは変わらない。繰り返すけど、希望はなかったですね」

アメリカン・ドリーム

アスセナのそんな日々は、DACAで一変した。

2012年夏、25歳の時のことだ。清掃の仕事をしていた時、ラジオでオバマ大統領が「DACAを発表する」と言った。ピンと来ず、聞き流した。自宅に帰ると、夫が駆け寄り、「DACAを絶対に取れ!」と興奮して言った。夫は年齢制限で取得資格がなかった。説明会に行くと、高校時代の同級生がたくさんいた。自分をいじめていたやつもいた。「みんな同じ不法滞在だったのか」と驚いた。

アスセナはDACAの資格を取得後、改めて仕事を探した。ダメもとで病院事務の面接を受けに行くと、採用された。給料はピザ屋の2倍だ。「DACAの『威力』というか、この国の人間として扱われることのすごさを知りました」。研修を受け、コンピューターを使ったり、議論して物事を進めたりする仕事が、自分にもできると知った。

仕事は楽しかった。「医師や看護師にはなれないけど、彼らと一緒に働くことで、人の命を救う役割の一端を担っているような気分になれた。『私、ひょっとして人の役に立っている?』って、うれしくて独り言を言いました。誰かのために頑張っているという実感がわきました」。アスセナの表情は、みるみる明るくなってきた。

アスセナ一家は車を購入し、オレゴン州などにキャンプ旅行に行くようにもなった。「人並みに幸せになれた気がしました。アメリカン・ドリームというのは、本当にあるんだと思いましたね」。そうした生活が長く続くことを願っていたが、トランプが待ったをかけた。

「私はDACA?」

2017年9月5日。アスセナは職場のラジオで、トランプがDACA撤廃を発表したというニュースを聞いた。

アスセナは動揺した。職場の仲間に見られるのが怖くなり、別室に閉じこもって3時間以上も泣いた。「今の生活を失う不安、不法滞在の夫と自分の情報が政府に知られているという恐怖、そして何より、娘にどう説明したらいいのか──混乱しました」。先ほどの明るい表情から一転、アスセナは泣いていた。

サミラは活発で人見知りしない元気な娘に育ってくれた。その娘にアスセナは、自分の半生や滞在資格について詳しく説明したことがなかった。

テレビでDACA撤廃のニュースを一緒に見た時、サミラが「私はDACA?」とアスセナに聞いたことがあった。アスセナは「バカね。あなたは米国で生まれ米国籍を持つ米国民。心配ないわ」と言った。サミラは続けて、「ママは?」と聞いた。アスセナは答えに詰まり、「あなたは学校の勉強のことだけ考えなさい!」とまくし立てて、ごまかした。

アスセナは、サミラが全てを知ると「父は不法滞在で母はDACAだと言いふらすのでは?」と思う時があるという。「娘を信じていない自分が嫌になるけど、不安が消えないのです」。夫は最近、メキシコに戻る考えを時々口にするようになったが、アスセナはかたくなに拒んでいる。レイプの記憶がよみがえるからだ。最近のメキシコは自分がいた頃よりも治安が悪くなっている。「サミラを、あのような目に遭うかもしれない危険な場所に行かせたくない」

連行された知人

不安が募る中、追い打ちをかけるような事件が起きた。

2017年10月、アスセナが自宅前のテラスに座っていると、数軒隣りのコンテナハウスの前に、銃を持った移民・関税執行局(ICE)の捜査員ら数人が現れたのだ。そこは知人の家だった。「玄関を開けてはダメ!」そう伝えたかったが、連絡方法がない。

アスセナはすぐに、自分と家族のほうが大事だと思った。自宅に戻って夫に電話し、「しばらく家に戻らないで!」と伝え、玄関にカギをかけた。知人は連行されたようで、それっきり会うことがなかった。「自分もいつか、ああなる……」目の前が真っ暗になった。

職場の病院では、新たなスキルを習得するよう勧められたが、気乗りしなかった。「そんなことをしても、DACAが撤廃されれば、クビなんだから」。アスセナのDACAの期限は、2019年3月だ。今この瞬間に撤廃が決まっても、1年近くは米国にいられる。「だけど、自分では状況を変えられない。その日を待つしかないのかしら」

アスセナは、「もしもの場合」に備えることにした。手紙を書き、強制送還された場合にサミラの手元に届くよう段取りをした。サミラには大学に進学してもらうのが夢だ。自分のように肉体労働しかできない女になってほしくない。しかし、手紙には「私を追って、メキシコに来て」と書いてしまった。「やっぱり、離れたくないから……」アスセナの目は真っ赤だった。「娘はスペイン語がへたくそなんです。しっかり学んでおいてほしい……」

重苦しい雰囲気に包まれたダイニングにサミラが戻ってきた。「外で遊ぼうよ」と言うサミラに、アスセナは涙をふいて、「そうね。外に出よう!」と明るい声で言った。サミラはコンテナハウスの前で、ジャンプをするなどして遊び始めた。

アスセナが突然、サミラを後ろから抱きしめた。

「ずっと一緒だよ」

サミラは、「当たり前でしょ!」とアスセナの腕をすり抜け、笑顔を見せた。母親が近い将来、不法移民として米国を追われるかもしれないことを、サミラはまだ知らない。

サミラ親子に礼を言い、その場を離れた。親子が引き裂かれる瞬間が訪れるかもしれないことを想像すると、本当に胸が痛んだ。

ペルー人学生

DACAの資格保持者は10代後半から20代前半が多く、大学生が目立った。トランプがDACA撤廃を決めた後、各地で相次いだ抗議デモなどに参加する人のほとんどは学生だった。

今度は学生の話を聞こうと考え、移民支援団体などを通じ、何人かとコンタクトを取った。その1人が、ロサンゼルス郊外ウィッティアーにある公立2年制大学「リオホンド・カレッジ」に通う南米ペルー出身のディアナ・ロレアノ(20)だった。ディアナは、ロサンゼルス近郊で行われるDACAの存続や永住権付与を求める抗議デモへの参加で忙しい日々を送っていた。カレッジで会う約束を取り付けたのは、最初に連絡してから1か月後のことだった。

2月下旬、小高い丘の上にあるカレッジは様々な人種の学生が行き来していた。待ち合わせ場所のカフェテリアに現れないディアナを探そうと周辺を歩いていると、大きなリュックを背負ったディアナが駆け寄ってきた。「ごめんね。別の入り口で待っていたんだ」。少したれ目で人なつっこい表情だ。校内での取材は許可がいるとのことで、車で近くのマクドナルドに移動した。ディアナはアップルパイを食べながら、自分と家族のことを話し始めた。

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