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福島の生活に役立つ「科学の言葉」を探す 坪倉正治氏インタビュー - 服部美咲

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東日本大震災および東京電力福島第一原発事故は、周辺地域の住民にさまざまな被害をもたらした。原発事故から7年半が経過し、住民の平均寿命や出生率が原発事故前よりも伸びるなど、良いニュースも少なくない。一方、長期避難によるストレス、生活環境の急激な変化による生活習慣病など、今なお県民の健康面に課題は残る。

今回は、2018年4月から福島県立医科大学特任教授に就任した坪倉正治氏にお話をうかがった。

坪倉氏は、福島第一原発事故の直後に福島で医療活動を開始した。現在は南相馬市立総合病院や相馬中央病院など県内複数の医療機関で診療を続けながら、すでに100本に近い論文を発表している。また、福島の住民と共に県内各地域の課題解決に取り組み、県内外で放射線の健康影響に関する講演や勉強会も継続している。


「地域で集めたデータを地域に役立てる」

――震災後、福島にいらっしゃった経緯をお聞かせ下さい。

当時は大学院生だったのですが、2011年4月に、地の利がある友人に案内を頼み、まずは南相馬市に入りました。右も左もわからずに南相馬市役所に行き、ちょうどそこでお会いした白衣の方に、「ぼくも医者なんですが、何かできることはありますか」と声をかけました。当時南相馬市立総合病院で副院長をされていた及川先生(及川友好・現病院院長)でした。及川先生のご指示で避難所の活動を手伝い、そのご縁で南相馬市立総合病院に勤めるようになりました。

――福島でお仕事をする際、大切にされてきたことはありますか。

心がけてきたのは、「地域で集めたデータを地域に役立てる」ということです。公衆衛生(ある社会全体の健康問題を扱う活動)は「地域の医療ニーズを聞き取り、地域の健康対策に反映する」というサイクルとしてあるべきだと思っています。「出された政策ありきで、それを担保するためにデータを集める」という方向からは、地域住民の生活に役立つ医療のサイクルは作れません。

医療ニーズは地域ごとに異なりますので、福島県全体ではなく地域ごとに取り組む必要があります。ただし、「データや結論ありきで地域住民に説明をする」のではなく、「まず地域住民一人ひとりの医療ニーズを聞きとり、課題解決に必要なデータを集める」という考え方は、まだ十分に根づいていません。データを集める前の段階として、各地域の行政担当者との信頼関係を築くことを大切にしています。

――「地域の状況をデータ化して地域に返す」というサイクルをつくる上で、難しいと感じることはありますか。

「医療では課題の根本的な解決ができない」という結論に至るケースが少なくないということです。経済的、歴史的経緯に深く結びついている課題など、「医療」だけでは太刀打ちできないことがよくあります。この難しさに取り組むために、南相馬市や相馬市では、行政とも協働したプロジェクトチームが現在動き始めています。

一人ひとりにとっての「故郷」

――「科学的な事実を知る」ことと「福島での日常を安心して健やかに過ごす」こととをつなげるために、大切にしていることはありますか。

「相手のバックグラウンドを尊重する」ということです。科学的な事実を一方的に押しつけるのではなく、相手が何を思い、どのような日常を送り、何を大切にしているのかを、知ろうとすることを心がけています。

もうひとつ、「科学的なデータは、多かれ少なかれ誰かを傷つけるものだ」ということを忘れないでいようと思っています。もちろん、国や行政が政治的な方針を決める際には、科学的なデータは欠かせません。しかし、地域の住民にとっては必ずしもそうではないでしょう。

ただ、科学的にわかっていることを共有するとき、データを示すことによって、相手の心に届きやすくなる場合はあります。たとえば、「福島県民は健康影響が出るような内部被ばくをしていない」ということがわかっています。これを証明する科学的根拠としては、福島の住民の内部被ばく線量や福島県産の食品および水道水の放射能濃度を測定して「不検出です」といえば十分です。

しかし、実際に福島の人々が「健康影響が出るような内部被ばくをしていないんだ」という納得感をもって生活するためには、それでは十分とは言えません。福島の水道水の放射能濃度を測定して「不検出です」という結果を示すだけではなく、実際に福島の水道水を飲んで生活している住民の内部被ばく線量も測定して、データを示すことによって、住民の納得感を得られたこともあります。

どんなデータを取れば、科学的にわかっていることを、生活実感として住民と共有できるのか。それを探すのが、ぼくの福島での大切な仕事だと思っています。

――「住民が納得感を持って生活するのに役立つデータ」はどのように見つけているのでしょうか。

これは、ぼくたち自身が地域にしっかり腰をおろして、一人ひとりと日常的に接していないと見つからない、「データ」というよりは「言葉」に近いものだと思っています。診察や小規模の勉強会などで、長い間地域の方々と接していると、「この言葉は伝わりにくいな」とか、「この人にはこの言葉が届くかもしれないな」という感覚が、肌でわかることがあります。

福島では、住民一人ひとりが、それぞれに深い悩みを抱えながら日常生活を営んでいます。その悩みに耳を傾けながら、ぼくは今も、住民の方々と共有できる言葉を探しています。半年考えて、ようやく1つの言葉が見つかるかどうか。地道な作業ですが、近道はないと思っています。

――では、必ずしも住民の生活の役に立つとは限らないようなデータもありますか。

原発事故後に、国が住民の年間追加被ばく線量の長期目標を1mSvに設定しました。科学的妥当性に基づいて、今からこれを変えても、住民の生活の役には立たないかもしれません。あるいは、年間追加被ばく線量の長期目標を1mSvとしても、空間線量率を0.23μSv/時にまで下げる必要はないということが、科学的にはわかっています。しかし、この研究結果を伝える相手も、しっかり見定めなければなりません。

もちろん、これから帰還しようとする人や、すでに帰還して生活を営んでいる人にとっては、この結果が役に立つ場合があるかもしれません。しかし、だからといって、そういう立場の住民全体に対して、一律に伝えて良いことではないとも思います。一人ひとりの個人的な事情をよく聞き取って、全体にではなく、個別に伝えるかどうかを慎重に考えなければ、かえって傷つけてしまう人もいるかもしれません。

話し合うべきなのは「基準値そのものをどうするか」ではありません。住民一人ひとりの故郷や日常というかけがえのないものを、たんに基準値の問題にしてしまわないということがとても大切だと思います。

住民の思う「故郷」とはなんでしょうか。それは、きっと一人ひとり少しずつ異なるものであるはずです。思い浮かべる顔や景色、空気、匂い、味、生活の音…、少なくともぼくらの思う「故郷」とは、多くの場合そっけない数字1つで表せるものではないのではないでしょうか。

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