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新型インフルエンザ対策特別措置法の成立を憂慮する-熟議の国会はどこへ去ったのか?- - 森澤雄司

自治医科大学附属病院・感染制御部長
森澤 雄司
2012年3月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
この春、ほとんどのマスメディアから取り上げられることもなく、そして多くの国民の目を避けるように、新型インフルエンザ対策特別措置法が成立しようとしている。私自身は法律の専門家でなく、法案の最終的な文面を仔細に検討する立場にもないので、見当違いの批判であるかもしれない。しかし、新型インフルエンザの発生に際して、「国民の生命と健康に重大な被害を与える恐れがあり、生活と経済に甚大な影響を与える」と判断すれば、政府はほぼ無制限に集会の禁止を命令することができるという。基本的人権の大幅な制約を前提とした、日本国憲法に違反する可能性まである法律にも見える。そのような法案が相応の議論もなく立法府を通過しようとしている。もっと熟議を重ねるべき案件ではないのか。

ヒトが高病原性トリインフルエンザ H5N1に罹患した場合の致死率は50% 以上であると考えられてきた。しかし、最近の研究(Wang TT, et al. Science 2012; 335: 1463)では、このH5N1 ウイルスに感染していた軽症例は予想よりもはるかに多い可能性が示唆されている。致死率を計算する際の分母には入院症例数が用いられており、分母が過少評価となっていれば致死率は過大評価となってしまう理屈である。確かに2009年春に発生して世界大流行に至って新型インフルエンザA/H1N1 2009は、不幸中の幸いでそれ程までに高い致死率でなかったため、一般の人々には「何だ、新型インフルエンザといっても大したことはなかったではないか」という印象を与えたかもしれない。諸外国と比較して死亡者数が極端に少なかったことから、「日本にはタミフルの神風が吹くので問題ない」と考えられたかもしれない。歴史に学べば第1次世界大戦と時を同じくして世界に惨禍をもたらしたスペインインフルエンザは致死率 2% と考えられており、米合衆国の信頼できる公衆衛生データでもこの大流行によるインフルエンザ・肺炎の死亡者数が60万人とされていることから、けっして新型インフルエンザへの備えを怠るべきではない。また、スペインインフルエンザ大流行の際、早々に集会禁止を宣言したセントルイス市において死亡者数を著しく少なく出来た事実は有名である。しかし、それでもまだ全体像が判明しないトリインフルエンザ A/H5N1 を盾にとって致死率が数十%にも及ぶかのように喧伝し、危機管理を盾にとって拙速に結論を導こうとするのでは、公共の福祉と基本的人権のバランスという大原則を無視した何らかのよからぬ意図があるのではないかと邪推されてもやむを得ないのではないだろうか。

また、この法律では「都道府県ごとに緊急事態を宣言する」という。地方自治の根本にも関わるポイントであり、現在の与党である民主党が政権を獲得した総選挙で「地方自治を重視する」との姿勢(ポーズ)を示していたことを考えると大変に興味深い。方向転換が現在の民主党の基本理念であることが確認できる。一方、現場に立ち帰って考えるならば、新型インフルエンザ A/H1N1 2009 の世界的大流行の際してもっとも有効であったのは地域医療連携であったのではないだろうか。政府が示していた水際対策や渡航者に固執したスクリーニングではなく、現場の柔軟な臨床判断と郡市医師会や保健所レベルで連携した地域ネットワークこそがわが国の誇るべきポイントであったと考えており、たしかにわが国の健康被害をより小さく出来た原因をもっと現場レベルで検証するべきであろう。とくに妊婦の重症例が諸外国と比較して著しく少なかったことは特筆に値する。しかし、そのような総括はなく、政府の対応が適切で「一定の効果があった」という常套句で煙幕を張り、それどころか現場は無視して政府が地方自治体の立居振舞まで厳しくしつけるという。

年度末で多くの専門家は身の回りのことで手一杯である。そんな時期を狙って提出された重大な法案が熟議しない国会を素通りしていく。もっと地方自治体、地域医療の現場を信頼していただきたい。短時間の執筆のために意を尽くさないが、広いレベルの国民から議論するべき案件であることは間違いなく、あえて拙文を投稿することとした。わが国が民主的な文明国であることを示すためにも、国会や政府には熟議を尽くしていただきたい。

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