- 2019年01月07日 15:30
ゴーン氏事件で表れた日本社会の「病理」~このまま「平成の30年」を終えて良いのか
2/4「上場企業の透明性」の問題
第2に、日本を代表する上場企業である日産自動車に関して、株主や投資家に対して「重要な事項」が迅速かつ正確に情報開示されているのかという「上場企業の経営の透明性」の問題がある。
上場会社の財務内容に加えて、いかなる体制で、いかなる方針によって経営が行われているのかなどの企業の内容が正確に開示されることや、経営者が交代したのであれば、それがいかなる理由により、どのような手続で交代が行われたのか(辞任か解任か)が明らかにされることは、株主や投資家の判断にとっても極めて重要な事項であり、迅速かつ正確に情報開示されることが必要だ。それは、「上場企業の経営の透明性を確保する」ということだ。
「昭和の時代」は、このような上場企業の透明性確保の視点は希薄であった。そもそも、この時代は、証券市場自体が,不確実な情報と思惑が入り乱れる中で投機的な取引が横行する世界であり,企業の内部情報が「市場内の噂」となって株価に影響することも常態化していた。企業会計も「簿価会計」が原則で,上場企業であっても,含み益の実現等調整による決算対策を行うことは容易であり,公表上の損益と会社の実態との間にかい離があることも珍しくなかった。そのような状況において、「企業内容の公正な開示」に対する投資家の関心も低かった。
平成に入ってからは、90年代に多発した企業の重大な不祥事等を契機に、上場企業の透明性確保に向けての取組みが進んだ。企業の適時開示についても法律の規定だけではなく取引所のルールも充実化され、株主や投資家は、有価証券報告書等を通して、企業の内容をタイムリーに認識できるようになった。「平成の30年」は、企業内容の透明性確保のための制度が飛躍的に充実した時代だったと言える。
日産という日本を代表する上場企業に関して、会長だったゴーン氏が逮捕された昨年11月19日以降、経営体制が、ゴーン氏をトップとする体制から西川社長を中心とする体制に変わったにもかかわらず、その理由については、西川氏がゴーン氏の逮捕直後の会見で説明すると同時に日産のホームページで以下のように開示されただけで、具体的な事由は一切明らかにされていない。
社内調査の結果、両名は、開示されるカルロス・ゴーンの報酬額を少なくするため、長年にわたり、実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載していたことが判明いたしました。そのほか、カルロス・ゴーンについては、当社の資金を私的に支出するなどの複数の重大な不正行為が認められ、グレッグ・ケリーがそれらに深く関与していることも判明しております。
ここで言われている「資金の私的支出などの重大な不正行為」というのが何なのか、全く明らかになっていない。しかも、この「ゴーン氏の不正が判明した」と言っているのも、当事者に弁解の機会すら与えることもなく、代表取締役3人のうちの1人の西川氏の判断だけで一方的に行ったものだ。その社内調査を持ち込まれた検察がゴーン氏らを逮捕した直後の段階で、社内調査の結果すら公表しないまま、社内調査結果で「判明した」と決めつけてしまっているが、上場企業として、そのような一方的な開示が許されるのだろうか。そして、43%余の株式を有する大株主ルノーは、当然のことながら、そのような日産現経営陣の行動を支持・容認はしておらず、今後、日産自動車の経営がどうなるのか、全く不明な状況が続いている。その一方で、ゴーン氏逮捕以降、検察や日産側のリークによると思える夥しい量の報道により、日本社会では「ゴーン氏による経営の私物化」が既定事実化し、「日産経営陣の行動の正当性」が是認されているように見える。
このように、日産自動車という上場企業について、経営者の交代の理由や今後の経営の見通しという重要な企業内容に関して、公式な開示がほとんどないまま出所不明の情報が氾濫するという異常な状況にあり、株主や投資家にとって、極めて「不透明な状況」が続いている。このような状況も、「昭和の時代」であればともかく、「平成の30年」を経た現在の日本の企業社会では許容されないはずである。
「平成の30年」に、検察をめぐって起きたこと
そのような「不透明な状況」を招いている根本的な理由は、西川社長ら日産現経営陣が、それまでの経営トップであったゴーン氏を解職すべき理由として西川氏が指摘した(1)~(3)の不正について、社内調査の結果を検察に持ち込み、ゴーン氏に対する捜査を要請し、検察が、それに応じて、日本への帰国直後のゴーン氏・ケリー氏を、いきなり逮捕したからだ。
そこで問題になるのが、西川氏らの行動を是認し、ゴーン氏らを逮捕するという判断を行った検察という組織の問題だ。
特捜部という捜査機関を抱える検察は、戦後の日本において、政治・経済を動かし、時代を変える大きな影響力を持つ存在であった。その検察をめぐって「平成の30年」にどのようなことが起きたかを振り返ってみる必要がある。
平成の時代に入ったばかりの平成元年2月、東京地検特捜部は、江副浩正リクルート会長を逮捕した。このリクルート事件の捜査展開を受けて、竹下登首相は退陣、内閣総辞職に追い込まれた。リクルート事件は、平成に入った直後の日本の政治に重大な影響を与えた。
そして、その後、90年代を通して、東京佐川急便事件、自民党金丸副総裁の脱税事件、ゼネコン汚職事件と、東京地検特捜部の捜査は、日本社会に大きな影響を与え続けた。
こうした中、検察は「正義」を実現する組織だと国民のほとんどが信じる一方で、その組織の内実は、ベールに包まれていた。
その検察の内実が露呈する重大な危機に直面したのが、平成14年(2002年)のことだった。当時、大阪高検公安部長だった現職検察官の三井環氏が、「検察庁が国民の血税である年間5億円を越える調査活動費の予算を、すべて私的な飲食代、ゴルフ代等の『裏金』にしていることを、現職検察官として実名で告発する・・・」として証言するビデオ収録当日の朝に、競売で取得した神戸市のマンションに居住の実態がないのに登録免許税を軽減させた「詐欺」の容疑で任意同行を求められそのまま逮捕された。マスコミからは「検察による口封じ」と批判された。
そして、平成22年(2010年)、大阪地検特捜部が、厚生労働省の現職局長だった村木厚子氏を逮捕・起訴した郵便不正事件で、検察官による不当な取調べが問題とされて検察官調書の大半の証拠請求が却下され、無罪判決が言い渡され、その直後、主任検察官が、証拠のフロッピーディスクを改ざんしていたことが発覚、検察を揺るがす大不祥事となった。一方、東京地検特捜部では、陸山会事件での小沢一郎氏に対する捜査の過程で、同氏の秘書だった石川知裕氏の取調べでの供述内容について虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、小沢氏に対する起訴議決に誘導しようとしていた事実が発覚。虚偽公文書作成罪での関係者の告発が行われた。
検察は、大阪地検特捜部の事件で主任検察官の証拠隠滅、特捜部長・副部長を犯人隠避で逮捕・起訴、特異な主任検察官と特捜部幹部による「特異な事件」として決着させる一方、東京地検特捜部の問題については「捜査報告書の虚偽」は「記憶違い」だとして関係者全員を不起訴、主任検察官だけが辞職して、事件は決着した。
大阪地検の不祥事を受けて、法務省には「検察の在り方検討会議」が設けられた(筆者も委員として加わった)。不祥事の反省を踏まえた「検察改革」の一環として、「検察の理念」も制定・公表された。検察改革は、その後、村木氏も加わった法制審議会特別部会で議論され、検察官の取調べの録音・録画を義務化する一方、新たな捜査手法として「日本版司法取引」を導入する刑事訴訟法改正が行われた。
一連の不祥事で信頼を失ったことの影響で、その後、検察捜査が社会の耳目を集めることはほとんどなく、特捜部は「鳴かず飛ばす」の状況が続いていたが、東京地検特捜部は、2018年3月に大手ゼネコン元幹部を逮捕・起訴した「リニア談合事件」に続いて、日産・ルノー・三菱自動車のゴーン会長を逮捕した今回の事件は、国内のみならず、海外からも大きな注目を集めることになった。
一方、大阪地検特捜部が、不祥事以降初めての本格的な検察独自捜査に着手したのが、2014年11月に、大阪国立循環器病研究センターの医療情報部長を逮捕した「国循官製談合事件」だった。
このように、検察が、日本社会に大きな影響を与える一方で、検察組織としての重大な問題が表面化し、組織そのものの信頼が揺らいだのが「平成の30年」であった。



