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「貧乏くさい」2019年の年頭に

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「そのうちなんとかなるだろう」というのは植木等が歌った「黙って俺についてこい」の歌詞の一節(作詞・青島幸男)だが、これが主題歌だった映画が公開されたのは1964年である。

その時代の気分を一言で言えば、それはたしかに「銭のないやつ」も「彼女のないやつ」も「仕事のないやつ」も「黙って俺について」くれば、「そのうち何とかなるだろう」という無根拠な楽天性だった。そして、実際に、そういう朗らかな気分でいるうちに、いろいろな問題は何とかなってしまったのである。

「そのうち何とかなるだろう」というのは思えば私たちの世代の人間の多くが難局に遭遇する毎に心の中で呟いたフレーズだった。それくらいにはこの時代の「成功体験」はわれわれの身にしみつていたのである。

国運が落ち目になるというのは、GDPがどうだとか、出生率がどうだとか、平均賃金がどうだとかいう数字の話ではない。「時代の気分」の問題である。

時代の気分が醸成されるには無数の原因がある。人口減や高齢化といった人口動態学的な変化も一因だし、「失われた20年」と呼ばれるバブル崩壊以後の経済的停滞も一因だし、グローバル化も、立憲デモクラシーという政治システムの制度疲労も一因だろう。とにかく、無数の理由によって、ある時点から日本人は「そのうち何とかなるだろう」と思えなくなった。むしろ、「時間が経てば経つほどさらにどうにもならなくなる」ような気がするようになった。
だから、先のことを考えず、とりあえず目先の小銭を懐にねじ込むことをすべてに優先させるようになった。「銭のないやつ」や「仕事のないやつ」は自己責任でそうなっているのだから、そんなやつらのことは知るものかという考え方を人々がごく自然にするようになった。一言で言うと「貧乏臭くなった」ということである。

「貧乏くさい」は「貧乏」とは違う。60年代の日本は「貧乏」だったけれど、「貧乏臭く」はなかった。「銭のないやつは俺んとこへ来い」という雅量があった。

今の日本はその時より遥かに金持ちである。依然として日本は世界第3の経済大国であり、企業は史上空前の利益を計上している(らしい)。でも、富裕層たちはしかと銭を抱え込んで、貧者に分け与える気がない。彼らも「これからもっと悪くなる」と思っているからである。「そのうち」なんかたぶん来ないと思っているからである。

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