- 2019年01月06日 09:27
「貧乏くさい」2019年の年頭に
1/22019年の年頭にあたって、年頭のご挨拶がわりに一言申し上げる。
今年はどんな年になるのか予測がつかない。
「予測がつかない」ということが、現代の実相をよく表しているのかも知れない。 「大きな物語」も「グローバル・ヴィジョン」も「文明史的文脈」もみあたらない(まったくないわけではないが)。個々の出来事をうまく解釈できる枠組みがみつからないのである。
そんな年の初めにある媒体に書いたものを再録する。
書いたのは12月だけれど、年頭にネット上で話題になったいくつかのイシューはどれも「日本の貧乏くささ」の好個の適例であることが知れる。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」と中学生の頃に習った時には、それは遠い昔の話であって、「盛者必衰の理」をまさか我が身で体験することになるとは思っていなかった。
私が中学生だった60年代中頃の日本は今よりはるかに貧しかった。けれども、国が上昇気流に乗っていることは子どもにも体感として分かった。国運は45年の敗戦で底を打ったので、もうそれより下には下がりようがなかったのである。
62年のキューバ危機を回避した後は第三次世界大戦のリスクもすこしだけ遠き、当分は核ミサイルで国土が消失することは心配しなくてもよくなった(その頃は小学生だって「世界の終り」が近いことを感じていたのである。それでも、ふつうにけらけら笑って遊んでいたのは「日本人が心配しても世界情勢に何の影響もない」ことは小学生にもわかったからである)。
でも、この「あとは上向き」という(実はあまり根拠のない)思い込みによって、日本の国運の上昇は実際に加速していった。
人というものは「これから運気が上向きになる」と信じ込んでいると、守りに入っている時には尻込みしてとても選択できないような冒険的な計画にもけっこう気楽に踏み込んでしまうものだからだ。
勢いのあるときは変数が増えて、話が複雑になることもあまり気にならない。



