自分の育った家や地域以外のお雑煮を食べて、見慣れぬ味わいや具材に違和感を感じたことがある人も多いのではないだろうか。1年に数日しか食べない料理にもかかわらず、地域ごとの違いが色濃く残っているお雑煮。同じ都道府県でも少し離れれば全く異なるお椀になることも珍しくないという。お雑煮研究家の粕谷浩子さんに、お雑煮の歴史や地域性について聞いた。【取材:島村優】
関ヶ原の戦いの陣営=お雑煮の餅の形
—「お雑煮」の定義ってどう考えれば良いですか?
汁の中に餅が入っていたらお雑煮ですよね。ごく一部、例外的なものもあるんですけど。米が取れない地域では餅の代わりに豆腐で代用して、餅なし雑煮って言っています。ただ、あれは本当のお雑煮とは言えないと思います。
今、汁の中に餅って言いましたけど、その汁もいろいろ。福岡県の朝倉市では茶碗蒸し、ダシ汁に卵液を入れて固めたものに餅を入れています。そういう例もあるけど「汁の中に餅が入ったもの」というのは共通していると思います。

—「汁の中に餅」がお雑煮だとすると、数え切れないほどの種類がありそうですね。
みなさんにとっての「わが家の雑煮」「普通のお雑煮」は本当にバリエーション豊かなんです。でも、こうやって全然違うのが面白い。多くの人にこの楽しさを知ってほしいと思っています。
—お雑煮が庶民に広がったのはいつ頃なんですか?
雑煮というのは、もともと公家の高級料理として存在しました。それを室町時代に武家が真似をして宴席料理になって、江戸時代に庶民に広がったことで初めてお正月の食べ物になったと言われています。お雑煮の多様性はそういう歴史と大きくかかわっていますね。
—地域ごとの特徴はあるんですよね?
大まかな共通点はありますが、餅、ダシ、具材の違いで全く別物になります。ダシなら関東はすまし仕立て、関西は白味噌と大きく分けることができますが、関西の中心地・大阪でさえ白味噌だけを食べているわけではありません。
大阪では元日と2日で違うお雑煮を作って、年が明けて最初は白味噌仕立てのお雑煮、翌日はすまし仕立て、というように分けることが多いようです。これは「飽きない」と「商い」をかけているんだとか。
—お餅の形はどのような地域差がありますか?
お餅の形は、関ヶ原の戦いの東軍・西軍のラインでキレイに分かれています。西側は丸餅が基本で、東日本は切り餅。
お餅はついた後、丸く形を整えますよね。あれが原型で、最初は丸いまま食べるものだったと考えられます。それが武家社会の関東に入ってきて、人が多いので効率的にのし餅にして切り分けて食べるようになった、餅を伸ばす=敵を伸すとかけて、のし餅・切り餅にした、といった説があります。本当かどうかは今となっては謎なところもありますけど。
—なるほど。
例外もあって、例えば高知県は切り餅なんですけど、これには理由があります。高知県は山内氏が治めていた地域で、そのルーツは愛知のあたりにあるので切り餅が広がったと考えられています。
—本当に戦国武将の話になりました。
そう、歴史と密接につながっているんです。私の地元である香川では、あんこが入ったあん餅がお雑煮に使われますが、これはこの地域が和三盆の産地であることと関係があると言われています。江戸時代、和三盆は庶民が食べられるものではなかったので、正月に食べる餅に隠して食べてしまおうというのがあん餅の始まりだという説ですね。
—日本地図だけ見ていると、一部だけ突然変異のように違った文化ができたように見えて、歴史的な理由があって納得しました。
そうなんです、何かしらの理由や物語があるのがまた楽しいですね。
名古屋で雑煮に赤味噌を使わない理由
—入れる具材にも幅広いバリエーションがあります。
東京を考えてみても、いろいろな種類のお雑煮があります。一般的な江戸雑煮と呼ばれているものは、「武士が名を取る」というところから来ている「菜鶏雑煮」。切り餅、すまし仕立てで、鶏肉と菜っ葉が入っています。

一方で、品川のあたりでは昔から海苔がよく取れるので、お雑煮の上に海苔が乗ったものが主流です。そうかと思えば新撰組の土方歳三が生まれた日野市のあたりは、農村地域なので里芋と大根が入っていることが多いようです。
—地域に根ざした由来や理由があるんですね。
切り餅の文化圏名古屋のお雑煮はすごくシンプル。煮た餅に菜っ葉とかつお節しか入っていません。これは白い餅を「城」と見立てて「城を焼いてはならぬ」、菜っ葉は「名を取る」という意味。この地域は本来なら赤味噌文化圏ですが、お正月に限ってはすまし仕立てなのは「ミソをつけてはならない」、というように実に武家チックな逸話が詰まったお雑煮なんです。
—西日本と聞くと京都のお雑煮を思い浮かべます。
京都は白味噌仕立てで丸餅、金時人参に大根、里芋が入っているんです。里芋も親芋と小芋があって味は小芋の方がいいんですけど、男の子には立身出世を願って頭になるように親芋(頭芋)を使い、女の子には子沢山を願って小芋を使うといいます。
お雑煮用でお正月に多く出回る八つ頭はすごく高値がつきますが、これも末広がりの「八」で子孫繁栄を願う意味での縁起ものとして使われるということがあります。
—お雑煮自体が縁起ものなので、使う具にもそれぞれ理由があると。
あと、京都は肉類が入っておらず精進料理的だということも特徴。味は白味噌で、すごく甘いです。具が全部丸いのは、円満で物事が丸く収まるようにということで、京都に限らずイチョウ切りや拍子切りとかは西の地域ではあまり見られません。
—すごく情報量が多いお雑煮ですね。粕谷さんが面白いと感じたお雑煮は他にどんなものがありますか?
岩手の宮古地域のお雑煮は、お椀と別にくるみだれが用意されます。お雑煮の中に入っているお餅を取り出して、甘いくるみだれをつける特徴的な食べ方です。くるみだれは宮古地域だけなんですけど、くるみ自体は岩手全域で食べられているんです。くるみが大好き。そういう地域性が反映されるのもお雑煮です。
あとは「これもお雑煮なのか!」というのが鳥取の米子のお雑煮です。「ぜんざいじゃん!」って思いませんか?

—小豆とお餅で、これはぜんざいと言われても違和感がありませんね。
奥さんが米子の人で旦那さんが別の地域の人だったら、「えっ」って驚かれてケンカの種になりやすいそうです。でも実は山陰や各地の島では、このタイプのお雑煮が割とあるんです。新潟県の佐渡島や三重県の島でも小豆のお雑煮を食べています。
他の地域からするとお雑煮に感じられない米子お雑煮ですが、小豆は邪気を払うという意味で昔からよく食べられていたし、これが基本の雑煮だったのかもしれないと思えるくらい全国に分布している食べ方なんですよね。
—そうなんですね。甘いお雑煮はあまり親しみがないかもしれません。
甘いお雑煮は割と多くて、茨城県の旧里美村のあたりでは、局地的に豆腐をすりつぶして砂糖や塩が入った「豆腐餅」が入ったと呼ばれるお雑煮を食べています。