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- 2019年01月03日 18:37
【原発避難者から住まいを奪うな】近づく〝切り捨て〟の春。怒り、泣き、頭を下げ、闘い続けた〝自主避難者〟の4年間。当事者の声は無視されたまま、住宅支援完全終了へ
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2016年7月には、避難当事者と支援者とで「避難の協同センター」が設立された。事務局長として今なお避難者支援に奔走している瀬戸大作さんは当時、「避難者の交流相談会も企画していきたいが、どこに避難者がいるのか分からない。情報を届けるのが難しい」と語っている。「20棟もあるような公営住宅を足を使って巡り、ポスティングをする。アナログな手法で避難者の存在を把握するしかない。民間借り上げ住宅の場合は、もっと把握が難しい」。支援策からこぼれてしまっている避難者の救済が急務だった。
一方、福島県は高圧的な戸別訪問で避難者を追い詰めて行った。福島県の担当者は、避難の権利など認めていなかった。
「避難せず、福島県内に残って暮らしている人の方が圧倒的に多いわけです。避難していない県民のうち『支援するのは当然だ』と考える人が多ければ良いが、実際には県外避難者だけ住まいを提供し続ける事への否定的な投書もある。中通りには政府からの避難指示も出ていない。平等という面で矛盾が生じるのは事実だと思います。発災当時と状況が違います。復興が進み、福島市のような中通りと双葉郡を同じく論じられなくなりました。そもそも避難が必要な状況なのでしょうか。強制避難区域を除いては通常に暮らしているわけですから。住宅の無償提供が終わるということで戸惑うのは理解出来ますが…。県議会でも大多数の賛成をいただいていますしね」




デモ行進もした。寒風の中、福島県庁前で抗議のスタンディングもした。下げたくない頭も下げた。しかし、福島県の内堀雅雄知事は避難者と一度も会う事無く住宅支援策を打ち切る。内堀知事は2018年の漢字に「進」を選んだが、原発避難者にとっては、まさに〝切り捨て〟が進んだ4年間だった
福島県議会の自民党県議から「勝手に逃げた者が何を言うか。(住宅無償提供継続を求める)請願には賛成出来ない」、「名刺を渡すのももったいない」など酷い仕打ちを受けた避難者もいる。東京都住宅供給公社の担当者から、「都営住宅は避難者の住宅では無い。甘えるんじゃない。民間賃貸住宅でも借りれば良いんだ。退去しなければ告訴するぞ」などと暴力的な訪問を受けた避難者もいる。それでも屈せず、真冬の寒風の中、福島県庁前で何日も抗議のスタンディングも行った。2017年3月には改めて8万筆を超える署名が福島県庁に提出された。しかし、それらも全て完全に無視された。
地道な運動の成果もあった。京都府は福島県の意向に関わらず、避難者の住まいへの入居期限を「入居日から6年」と決めた。神奈川県は、福島県の家賃補助に1万円を上乗せする独自予算を組んだ。いずれも、避難者が本来なら下げなくても良い頭を下げ続けて獲得したものだったが、当の福島県は、避難者がどれだけ頭を下げても無償提供の打ち切りを撤回しなかった。それどころか、いよいよ今年3月末で家賃補助制度も打ち切られる。南相馬市や川俣町、葛尾村、飯舘村の避難指示解除区域からの避難者に対する住宅提供も同じく終了。帰還困難区域からの避難者(大熊町、双葉町を除く)に対する住宅提供までも、東京五輪が行われる2020年3月末で打ち切られる。
そもそも、避難を要した原因は何だったのか。国も福島県もそれを忘れて「自立せよ」と避難者を追い詰めていく。福島市などから山形県米沢市に避難し雇用促進住宅に入居している避難者(8世帯)は、住宅無償提供打ち切りに伴う家賃負担や退去を求めて独立行政法人から訴訟を起こされた。(いわゆる「米沢追い出し訴訟」)。ついに原発避難者が「被告」となる異常事態になっている。
京都府の担当者は2016年当時、取材に対し、こう答えている。
「何をもって『自立』と言うのか。避難者に対して安易に使うべき言葉ではない。避難者と話すなかで、『自立』という言葉に抵抗感を示す方々もいらっしゃる。それは理解出来ます」
国も福島県も、全国に26ある相談拠点で避難者の困り事に個別に対応すると繰り返す。しかし、本紙が入手した報告書から、相談拠点では避難者の生活支援は難しい事、そもそも相談事例や拠点スタッフからの意見が網羅された報告書が内堀知事に手渡されていなかった事が分かった。詳細な実態調査すら行わない状態で避難者切り捨ては進む。原発事故から間もなく8年。
(了)
一方、福島県は高圧的な戸別訪問で避難者を追い詰めて行った。福島県の担当者は、避難の権利など認めていなかった。
「避難せず、福島県内に残って暮らしている人の方が圧倒的に多いわけです。避難していない県民のうち『支援するのは当然だ』と考える人が多ければ良いが、実際には県外避難者だけ住まいを提供し続ける事への否定的な投書もある。中通りには政府からの避難指示も出ていない。平等という面で矛盾が生じるのは事実だと思います。発災当時と状況が違います。復興が進み、福島市のような中通りと双葉郡を同じく論じられなくなりました。そもそも避難が必要な状況なのでしょうか。強制避難区域を除いては通常に暮らしているわけですから。住宅の無償提供が終わるということで戸惑うのは理解出来ますが…。県議会でも大多数の賛成をいただいていますしね」




【避難者が被告になる異常事態】
2016年には、北海道や山形、東京、神奈川、京都などの地方議会が住宅無償提供を打ち切らないよう求める意見書を国や福島県に提出した。20万筆もの署名が避難者から超党派の国会議員に提出された。内堀知事に〝直訴状〟を手渡そうと、再び避難者が福島県庁に集まった事もあった。都内でも福島市内でもデモ行進をした。「一口に〝自主避難者〟と言っても、福島県以外からの避難者もいる。初めから住宅支援すら受けられていない人もいる。何の抵抗もせずに見過ごしてしまっては、避難の権利が無いものにされてしまう。これは皆の問題です」。福島市から北海道に避難した男性はそう語っていた。福島県議会の自民党県議から「勝手に逃げた者が何を言うか。(住宅無償提供継続を求める)請願には賛成出来ない」、「名刺を渡すのももったいない」など酷い仕打ちを受けた避難者もいる。東京都住宅供給公社の担当者から、「都営住宅は避難者の住宅では無い。甘えるんじゃない。民間賃貸住宅でも借りれば良いんだ。退去しなければ告訴するぞ」などと暴力的な訪問を受けた避難者もいる。それでも屈せず、真冬の寒風の中、福島県庁前で何日も抗議のスタンディングも行った。2017年3月には改めて8万筆を超える署名が福島県庁に提出された。しかし、それらも全て完全に無視された。
地道な運動の成果もあった。京都府は福島県の意向に関わらず、避難者の住まいへの入居期限を「入居日から6年」と決めた。神奈川県は、福島県の家賃補助に1万円を上乗せする独自予算を組んだ。いずれも、避難者が本来なら下げなくても良い頭を下げ続けて獲得したものだったが、当の福島県は、避難者がどれだけ頭を下げても無償提供の打ち切りを撤回しなかった。それどころか、いよいよ今年3月末で家賃補助制度も打ち切られる。南相馬市や川俣町、葛尾村、飯舘村の避難指示解除区域からの避難者に対する住宅提供も同じく終了。帰還困難区域からの避難者(大熊町、双葉町を除く)に対する住宅提供までも、東京五輪が行われる2020年3月末で打ち切られる。
そもそも、避難を要した原因は何だったのか。国も福島県もそれを忘れて「自立せよ」と避難者を追い詰めていく。福島市などから山形県米沢市に避難し雇用促進住宅に入居している避難者(8世帯)は、住宅無償提供打ち切りに伴う家賃負担や退去を求めて独立行政法人から訴訟を起こされた。(いわゆる「米沢追い出し訴訟」)。ついに原発避難者が「被告」となる異常事態になっている。
京都府の担当者は2016年当時、取材に対し、こう答えている。
「何をもって『自立』と言うのか。避難者に対して安易に使うべき言葉ではない。避難者と話すなかで、『自立』という言葉に抵抗感を示す方々もいらっしゃる。それは理解出来ます」
国も福島県も、全国に26ある相談拠点で避難者の困り事に個別に対応すると繰り返す。しかし、本紙が入手した報告書から、相談拠点では避難者の生活支援は難しい事、そもそも相談事例や拠点スタッフからの意見が網羅された報告書が内堀知事に手渡されていなかった事が分かった。詳細な実態調査すら行わない状態で避難者切り捨ては進む。原発事故から間もなく8年。
(了)
- 鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)
- フリーライター



