- 2019年01月03日 16:20
そこで働いているスタッフ全員が自分の職場に誇りを持てるようにすること。そこで私が目指したのは、心臓血管外科の手術実績で安定した数字を叩き出すことでした。- 「賢人論。」第79回天野篤氏(後編)
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天野篤氏は一人の優秀な心臓外科医であると同時に、現在は名門・順天堂大学医学部附属順天堂医院の院長でもある。現場の医療スタッフを束ねるリーダーとして、日頃からどんなことを大切にしているのだろうか。天野流「良い病院」の見分け方と合わせて話を伺ってみた。
取材・文/盛田栄一 撮影/佐藤類
働くみんなの誇りのため、年間手術数「500例」を叩き出すことを目指した
みんなの介護 天野さんは2002年に順天堂大学心臓血管外科の教授に着任したあと、医療現場の改革を進めていったと伺いました。どのように改革していったのでしょうか。
天野 最も重要なのは、そこで働いているスタッフ全員が自分の職場に誇りを持てるようにすること。そこで私が目指したのは、心臓血管外科の手術実績で安定した数字を叩き出すことでした。
私はもともと、自らの意志で出身大学の医局を飛び出しました。その後の約20年間、民間病院ばかり渡り歩いてきた私がいきなり医大教授に抜擢されたのは、新東京病院という無名の病院で「バイパス手術数日本一」という実績を積み上げてきたから。病院経営という観点から見ても、私が手術数を大幅に増やすことはかならずプラスに働くはずだと思ったのです。
その当時、成人の心臓血管外科手術で400例を超える大学病院はありませんでした。そこで、とりあえずの目標手術数を400例に設定。一方、小児の心臓血管外科手術は年間100例前後で安定して推移していたので、成人と小児を合わせて「年間500例」を目標にしました。
みんなの介護 「手術数500例」という目標を達成するため、ポイントになったのはどんなことでしたか。
天野 患者さんの入院期間を短縮するため、早期離床・早期リハビリを徹底することでした。
私が着任した当時、冠動脈バイパス手術を受けた患者さんは、3日間をICUで過ごした後に4日目からリハビリを始め、3週間前後で退院するのが普通でした。
しかし、私の考えでは、リハビリを始めるのは早ければ早いほうが良い。ベッドに寝たきりの状態で3日も過ごすと筋力は衰え、呼吸機能も体力も低下してしまいます。むしろ、多少の痛みはあるにしても、手術翌日から起き出して体を動かすほうが、社会復帰は早まります。
実際に「手術後3日間安静にして3週間後に退院するのと、多少の痛みを我慢しつつ翌日から歩き出して1週間後に退院するのと、どちらが良いですか?」と患者さん100人に聞いてみました。すると、手術を受けた100人全員が「1週間で退院できるほうが良い」と答えたんです。
この結果を受け、当時の麻酔科主任教授や看護師長の協力を得ながら、早期離床・早期リハビリを実行していきました。すると、「順天堂でバイパス手術を受けると、1週間で元気になって退院できるらしい」という話が医療関係者の間で広まっていき、他の病院から紹介される患者さんが一気に増えたのです。こうして着任4年目には、年間手術500例という目標を達成することができました。
前例のない新たなチャレンジも、チームのプライドを高める要因だと考えます
みんなの介護 順天堂大学の教授に着任してから、手術の現場でも新たなチャレンジをしたそうですね。
天野 持続陰圧療法のことですね。簡単に言えば、メスを入れた傷口にバキュームで陰圧をかけ、傷口を内側からふさいでしまう手法のことです。
心臓血管外科に限らず、手術全般で最も気をつけなければならないのは、切った傷口から細菌が侵入して深刻な合併症を引き起こすリスクです。
心臓手術の場合、切開した胸の傷はもちろんきちんと縫合するのですが、術後にこの部分が感染を起こし、傷口が開いてしまうことも結構あるのです。本番の手術は上手くいったのに、術後に合併症を起こしてしまうのは、本当にもったいない話です。そこで、つまらない合併症をなくすにはどうすれば良いかを考え、持続陰圧療法に行き着きました。
もともと、持続陰圧療法は、感染症を起こして開いてしまった傷口をふさぐための方法。医学の教科書にも、感染症の治療法として紹介されています。私たちはそれを逆手に取って、傷口が開く前の患者さんに適用することにしました。開いた傷をふさぐのに有効な手段を、傷が開く前に使うことで、そもそも傷が開かないようコントロールするわけです。
みんなの介護 それは手術の現場において、画期的なことなんですね。
天野 画期的だと思います。手術を担当する外科医は皆、傷口からの感染や合併症に悩まされてきましたから。
発想は、冠動脈バイパス手術にオフポンプ術を取り入れたときと同じです。オフポンプ術は体力のない高齢の患者さんの手術にきわめて有効でした。だとすれば、体力のある若い患者さんに適用すれば、術後の回復がより早まると考えたわけです。
ともあれ、私たちの心臓血管外科では、持続陰圧療法を効果的に使うことで、手術後の合併症のリスクからほぼ解放されました。こうした事実も、スタッフが自分の職場に誇りを持てる一因になっているはずです。



