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平均寿命の延伸に伴い、高齢者でも心臓手術を受けれるようになった。手術方法が進化しているんです。 - 「賢人論。」第79回天野篤氏(前編)

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医師としてのキャリアを形成してくれたのは、まぎれもなく8,000人を超える患者さんです

みんなの介護 天野さんはご自身で「後期高齢者が僕を育ててくれた」と語っています。それはどういう意味でしょうか。

天野 私がまだ研修医だった時代、よく高齢者の患者さんの手術を任せられたからです。

先ほど、30年くらい前は心臓手術を受ける上限が65歳だったとお話ししましたが、まったく例外がなかったわけではありません。たとえ75歳であっても、80歳であっても、手術するしか生きる道が残されていない患者さんもいるわけですから。

ただし、そういう患者さんは糖尿病など他の病気を併発しているケースが多く、手術後も通常の患者さん以上に入念なケアが必要になります。医者の立場から不遜な言い方をすれば、いわゆる“面倒臭い”患者さんが多いんですね。そしてその当時、私の上司にあたるベテラン心臓外科医は、そういう面倒臭い患者さんを担当したがらなかった。そこで、まだ若手で手術する機会に恵まれなかった私に、執刀するチャンスが巡ってきたというわけです。

みんなの介護 どのような方を執刀してきたかという経験は、とてつもなく大きいのではないですか?

天野 難しい患者さんの手術に死力を尽くして取り組んだからこそ、今の自分があると考えています。だからこそ、75歳以上の患者さんたちは、私の恩人なんです。

その後、2008年から現在の後期高齢者医療制度が始まり、75歳以上の方を後期高齢者と呼ぶようになりました。この呼び方には賛否両論ありますが、「後期高齢者」と聞くたびに、私は若い頃お世話になった患者さんたちを思い出します。

みんなの介護 心臓外科医としての卓越した技量は、後期高齢者の方を数多く手術したことで培われたんですね。

天野 とはいえ、当時まだ若かった私は、私なりに葛藤を抱えていましたよ。今80歳の人に、あと5年間長生きしてもらうことにどういう意味があるのだろう、とか…。しかしそれは、あまりにも不遜で、独りよがりの考え方でしたね。患者さんの話をじっくり聞いてみると、それぞれの人に手術すべき明確な理由が存在していたのです。

「自分は太平洋戦争の激戦地でかろうじて生き延びた。だから自分は、亡くなった戦友たちの『おまえだけは生きてくれ』という思いを背負って生きている。心臓病くらいで、まだ死ぬわけにはいかない」と聞かされたなら、それに応えない理由はありません。

みんなの介護 天野さんが手術された患者さんのなかで、最高齢は何歳でしたか?

天野 98歳のおばあちゃんでした。その方にも、生き続ける明確な理由がありましたね。その当時、お子さんがちょうど自宅を新築中で、家が完成すれば、新たな仏壇を入れることになっていました。その仏壇に、亡くなったご主人の位牌を納めるまでは死ねない、と言うのです。

そこで、おばあちゃんには冠動脈バイパス手術を実施し、ご希望通り、ご主人の位牌を仏壇に納めてもらいました。おばあちゃんはその後、102歳まで生きられたそうです。

難度の高い“オフポンプ術”を行う理由は一つ。患者さんの負担を減らすためです

みんなの介護 高齢の患者さんでも心臓の手術が受けられるようになった背景には、医療技術の進歩があったのですね。

天野 まさにその通りです。患者さんの体に大きな負担をかける心臓の手術は、30年ほど前までは生きるか死ぬか、一種の賭けのようなものでもあったわけです。

ところが、時代は大きく変わりました。現在、わが国の心臓血管外科手術の治療成績は世界でもトップレベル。手術症例数の多い病院では、予定手術の院内死亡率は1%以下です。つまり現在の心臓手術は、たとえ患者さんが高齢であっても、きわめて安全に行えるようになったということです。

みんなの介護 そうした医療技術の進歩のひとつとして、オフポンプ術があると伺いました。どんな手術法なのでしょうか。

天野 一言でいえば、心臓を止めないまま行う冠動脈バイパス手術です。

私が研修医だった時代、冠動脈バイパス手術では人工心肺装置を使うのが一般的でした。拍動している心臓にメスは入れられないので、患者さんの血管を人工心肺装置に一旦つなぎ、人工心肺装置が心臓の代わりをしている間に、心筋保護液で心臓を止めて手術を行うわけです。

しかし、人工心肺装置の使用にはリスクもあります。最も大きなリスクは、血液の寿命が短くなってしまうこと。通常、赤血球の寿命は120日程度ですが、人工的なポンプを使って血液を送り出すと、赤血球がダメージを受けてしまうのです。

そこで考案されたのがオフポンプ術です。人工心肺装置、通称「ポンプ」をオフにして行う手術だから「オフポンプ」。つまり、心臓を動かしたまま行う手術ですね。

みんなの介護 天野さんはオフポンプ術の先駆者としても知られています。

天野 私がオフポンプ術を始めたのは1996年から。日本ではまだほとんど行われていなかったので、手術を撮影した映像を海外から取り寄せ、独学で研究しました。

動いている心臓にどうやってメスを入れるのか、不思議に思う人もいるかもしれませんが、神経を研ぎ澄ましてじっと心臓を観察していると、一瞬、止まって見える。その瞬間にメスを入れます。集中力と慣れの領域です。

オフポンプ術には数々のメリットがあります。患者さんへの負担が軽く、その分、術後の回復も早い。脳梗塞など合併症を起こすリスクが低く、それまで手術が難しかった高齢者や腎不全などの持病がある患者さんにも、手術が可能になります。

ただし、心臓を止めて行う手術より難度が上がるし、短時間に的確に処置しなければならないため、執刀医の技量に依存する部分が大きいと言えます。

みんなの介護 難度の高いオフポンプ術をあえて手がけようと思われたのはなぜですか?

天野 必要に迫られて、ですね。先ほども言いましたが、研修医時代から、私は高齢者の手術を任せられることが多かった。高齢者の方は基礎的な体力が低下しているため、心臓を手術する場合は、できるだけ短時間に効率的な手術ができるよう、工夫する必要がありました。そこで、患者さんへの負担が少ない手術法を模索しているうちに、オフポンプ術に行き着きました。

体力のない高齢の患者さんに有効な手術法が確立できれば、それは高齢者だけでなく、手術を受けるすべての患者さんに恩恵をもたらします。また、状態の良い患者さんにもオフポンプ術を行うことで入院期間を短縮し、より短時間で社会復帰してもらうことを追求しているんです。

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