- 2019年01月03日 11:15
日本からGAFAが生まれなかった根本原因
2/2■「MBA」が得意とするのは巨大組織の舵取り
さてMBAは、以上のビジネス・ブームの第2期の産物である。第2次産業革命が第1次産業革命と異なるのは、その結果としてスタンダード・オイル、J.P.モルガン、USスチール、デュポンといった巨大な近代企業が、さまざまな産業において続々と誕生したことである。
そして社会は、成功をおさめた産業界の巨人をいかにコントロールするかという課題に新たに直面することになる。国家レベルでは、市場メカニズムの維持が課題となり、カルテル規制や独占規制などがはじまる。個々の企業にあっては、創業者が残した巨大組織の舵取りを引き継ぐ人材が必要となる。これにこたえて、ハーバード大学をはじめとするアメリカの諸大学がMBAという教育プログラムをつくり、拡充していく。
そこでMBAの基幹科目となっていったのが、先に挙げた戦略、マネジメント、マーケティング、ファイナンス、会計などの諸学である。図1では、これらの言葉の使用頻度が、20世紀の初頭から高まっていったことが見てとれる。
それだけではない。さらに大きな転換が、ビジネス・ブームの第3期の到来とともに起きる。
■70年代以降に重要な言葉は「市場」だった
今回の検索で用いた単語の選択にあたっては、対となる概念を取り入れることに留意した。組織(organization)と市場(market)はともに、社会にあって人々の協調と競争を引き出す制度にかかわる概念である。
20世紀の初頭以降は、組織――すなわち目的が共有され、指示や命令がはたらく場――への言及が優勢な時期が続いた。しかし1970年代以降になると、市場という組織の外部に広がる場への関心が高まる。
マネジメント(management)と管理(administration)という、人々を動かし、事を成し遂げる方法にかかわる概念についても、1970年代以降になると、より柔軟で、創発性に富んだマネジメントという言葉――この言葉には「飼いならす」という、組織(畜舎)の外にある市場(野生)への対処のニュアンスがある――の使用頻度が高まる。
そして、マーケティング(marketing)、ファイナンス(finance)、会計(accounting)といった各種のビジネスの職能にかかわる言葉を押さえて、戦略(strategy)という、これら職能に横串を指し、変化への反応を統合的に行うことにかかわる言葉の使用頻度が1970年代の前後から急速に高まっていく。
第2期のビジネス・ブームが20世紀中盤の社会にもたらしたのは、近代企業という、機械仕掛けの装置のような巨大組織と、その管理の問題への関心だった。しかし1970年代以降になると、この組織の外側に広がる市場という大海原、そしてそのもとでのビジネスの舵取りにかかわる戦略やマネジメントといった概念が注目を集めるようになっていく。
■日本企業が絶頂期の裏側でなにが起きていたか
1970年代の前後。これはどのような時期だったか。日本はこの時期に、高度経済成長を果たし、バブルともいわれる空前の好景気に酔っていた。
一方でこの時期以降、ITを用いた革新的なビジネスモデル、あるいは新しいスタイルで経営を行う企業が続々と登場していく。早くも1965年には、IBMが当時としては画期的だったシステム/360をリリースする。それ以降、大型コンピュータを本格的に導入する動きが、政府や企業で相次ぐ。
1975年にはマイクロソフト、1976年にはアップル、1977年にはオラクルといった企業が誕生する。インターネットの商用利用については、1990年代を待たなければならないが、1980年代には先行して社内ネットワークの利用が本格化していく。
グローバルに見てこの時期は、日本企業の絶頂期だった。「アメリカを追い抜いた」との主張も珍しくなかった。しかしその成果を支えていたのは、ジャパン・クオリティ、すなわち工業製品の高い品質だった。日本企業が優れていたのは、戦略を大胆に組み替えるマネジメント能力ではなく、製品の改善を素早く行い、着実に品質を高めていく組織の管理能力だった。
■「ものづくり大国」を標榜していた日本の時代遅れ
同じ時期に、アメリカをはじめとする英語圏の人々の関心は、第3次産業革命に反応したものへと変化していた。新たなビジネスへの関心の高まりの核心は、組織ではなく市場、管理ではなくマネジメントだった。Google Books Ngram Viewerを使うことで、このような転換が生じていたことが確認できる
しかし日本は、この転換を横目に「ものづくり大国」を標榜していた。結果はどうだったか。携帯型音楽プレイヤーにおける日米の企業間のマーケティング競争が、21世紀の幕開けの時期に勃発する。アップルはiPodで、インターネット経由の音楽利用の新たなスタイルを切り拓いていった。これに対してソニーは、ウォークマンの音質の高さで対抗した。
アップルは市場を飼いならすことに挑み、ソニーは組織のなかで品質を磨くことに注力した。そして軍配はアップルにあがった。今にして思えばこれは、成長企業のあり方の歴史的な転換を象徴するできごとだった。
GAFAを生んだアメリカと、日本の逆転。日本企業の絶頂期にあってアメリカではすでに、ビジネスをめぐる人々の関心のシフトが広がっており、この知的潮流のなかから、GAFAをはじめとする新しいビジネスの実践に挑む企業家群が生まれていった。社会における知識のダイナミズムが、ビジネスの歴史を動かしていくのだと思わされる。
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栗木 契(くりき・けい)神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『デジタル・ワークシフト』、『マーケティング・コンセプトを問い直す』、などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契 写真=iStock.com)
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