記事

「除夜の鐘が聞けない」日本唯一の自治体

1/2

日本で唯一、大晦日に除夜の鐘が聞けない自治体が岐阜県にある。その自治体には寺がひとつもないからだ。京都在住の僧侶兼ジャーナリストで『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』を上梓した鵜飼秀徳氏は「明治初期には17の寺院があったがすべて破壊された。いわゆる『廃仏毀釈』の影響だ」という。これまで報じられてこなかった「明治150周年」の暗部とは――。

■除夜の鐘がまったく響き渡らない日本唯一の自治体とは?

平成最後の年の瀬を迎えている。私は京都・嵯峨野の小刹で暮らしているが、大晦日の夜はとくに風情がある。紅白歌合戦が終わってしばらく経つと、「ゴーン」という低い鐘の音が聞こえてくる。除夜の鐘だ。午前零時を超えれば、鐘の乱れ打ちになる。天龍寺や大覚寺など地域の名刹5、6カ寺から鐘の音が響いてくる。それは、夜も寝られないほどである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Arrlxx)

だが、除夜の鐘の音がまったく響き渡らない自治体が存在する。岐阜県の山あいにある、日本の自治体で唯一「寺のない村」、東白川村である。東白川村は明治初期、藩内寺院17カ寺すべてが打ち壊され、現在に至るまで、1カ寺たりとも復活していないのだ。

除夜の鐘が聞こえない地域は、東白川村だけではない。たとえば高知県、宮崎県、鹿児島県でも、寺の数は極端に少ない。高知県は367カ寺、宮崎県は345カ寺、鹿児島では488カ寺にとどまっている(全国47都道府県における寺院数の平均は1643カ寺)。なぜ、極端に寺の少ない地域が存在するのか。

それは明治維新時、大量の寺院が破壊され、多くが復興していないからである。いわゆる「廃仏毀釈」の影響だ。

■明治維新が「仏教抹殺」をした理由

廃仏毀釈は1868(慶応4)年に新政府によって出された神仏分離令に端を発する。神仏分離令は王政復古、祭政一致に基づいて、それまで共存状態であった「寺院」と「神社」を明確に区別するための政策であり、新政府は廃仏毀釈を命じた訳ではなかった。しかし、それを拡大解釈し、寺院を破壊する者が現れたのだ。

寺院建造物だけが失われたのではない。廃仏毀釈は日本人の宗教観、習俗、文化をも大きく壊した。例えば、私の地元、京都では五山の送り火や地蔵盆、盆踊りなどの仏教行事が一時、禁止に追い込まれた。

7月1日から1カ月間にわたって行われる長い祭で日本三大祭として知られる八坂神社(京都市東山区)の祇園祭すら、形態を変えてしまった。もともと八坂神社は感神院祇園社という寺院と神社の両方の要素が混じった宗教施設であった。祇園祭は、もとは御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、むしろ仏教の要素のほうが強い祭であった。しかし、維新時の神仏分離政策によって、仏教色を完全に廃した神社として再スタートを切り、さまざまな仏事が神事へと転換を余儀なくされたのである。

祇園祭のような事例は全国の寺院・神社で見られる。何気なくお参りしている神社が、江戸時代までは寺であったということはよくあることなのである。

少し廃仏毀釈の歴史を振り返ろう。

■大晦日に明らかにする平成30年=明治維新150周年の「黒歴史」

最初に暴動が起きたのは、1868年当時、比叡山延暦寺が支配していた滋賀県大津坂本の日吉大社であった。それまで比叡山の僧侶に虐げられていた神官が、仏像、仏具、経典などを焼き払った。これを機に、廃仏毀釈の波は全国に広がっていった。

廃仏毀釈の強弱は地域差が大きい。なかでも激しい廃仏運動が展開されたのは、水戸・松本・富山・苗木(岐阜)・伊勢・津和野・高知・宮崎・鹿児島である。

とくに薩摩藩(鹿児島と宮崎の一部)では、幕末から1876(明治9)年までにかけて1066あった寺院が一堂一宇を残さず壊された。2964人いた僧侶もすべて還俗(げんぞく。一般人に戻ること)させられた。

薩摩藩における廃仏毀釈の背景は、藩の内政上の問題が大きい。当時、藩は西洋化を急いでおり、とくに軍備を拡充するためには大量の金属が必要であった。そこで合理的に金属を徴収するために、寺院に目をつけたのだ。薩摩藩内寺院では、釣り鐘や仏具などが次々と没収されていった。仏具などは溶かされ、大砲などの武器の鋳造に当てられた。

さらに、薩摩藩は寺院から供出させた金属で偽金造りにも関わっていく。

第12代藩主島津忠義は1862(文久2)年、当時薩摩藩の支配下にあった琉球王国を支援するため、などと幕府を欺き、天保通宝の大量偽造の命令を出す。その額は290万両にも達した(『偽金づくりと明治維新』徳永和喜著、2010年)。偽金は全国に流通し、大インフレを引き起こしたという。薩摩藩が幕末、雄藩として存在感を示していったその背景には、多大なる寺院の犠牲があったことはほとんど知られていない。

■鹿児島「1世帯あたりの切り花の消費量日本一」の意外な背景

鹿児島(あるいは隣県の宮崎県)では廃仏毀釈の影響が、いまでも尾を引いている。ひとつには、県民の仏教への依存度が低いということが挙げられる。地域に寺院があまり存在しないので、お寺にお参りに行くという風習があまりない。鹿児島や宮崎では葬式の形態も、神葬祭(神道式の葬式)の割合が高い。

また、多くの歴史的建造物や仏像が壊されたので、文化財が極めて少ない。とくに鹿児島では仏教由来の国宝、国の重要文化財がひとつもない。文化財の数が少ないということは、県の文化財関連予算規模が小さいことを意味する。150年前の廃仏毀釈は、現代の教育の原資をも毀損させているのだ。

また、地域に寺院がほとんど存在しないので、「この寺にお墓を持ちたい」「この宗派の教えに触れたい」というような宗教の選択肢が限られている。憲法で守られている「信教の自由」が、実は鹿児島や宮崎、高知などではかなり制限されてしまっていると言っても過言ではない。

一方で、こんな現象も生まれている。実は鹿児島の人々は熱心に先祖供養を行う県民性で知られている。たとえば鹿児島の墓地にいけば、どのお墓にも生花が供えられているのを目にすることができるだろう。事実、鹿児島の1世帯あたりの切り花の消費量は日本一(年間1万2819円)、また10万人あたりの生花店の数も鹿児島が全国一(26店)だ。仏教としての教え(信仰)に触れる機会が減った反面、墓参り(先祖供養)が肥大化していった、とみることができるかもしれない。

トピックス

ランキング

  1. 1

    羽田で4人感染 ブラジルから到着

    ABEMA TIMES

  2. 2

    森法相の国会答弁ねじ曲げに呆れ

    大串博志

  3. 3

    アビガン承認煽る声に医師が苦言

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    米の人工呼吸器 購入約束に呆れ

    青山まさゆき

  5. 5

    アベノマスクが唯一果たした役割

    田嶋要

  6. 6

    処分軽い黒川氏 裏に記者クラブ

    田中龍作

  7. 7

    国難に際して非協力的な日本企業

    篠原孝

  8. 8

    首相を猛批判 小泉今日子に変化?

    女性自身

  9. 9

    賭け麻雀苦言の労連トップが朝日

    和田政宗

  10. 10

    パチンコ店団体の執行部総辞職へ

    東京商工リサーチ(TSR)

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。