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"Jアラート"に地方テレビ局が喜んだワケ

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2017年夏、北朝鮮は二度にわたり日本上空に弾道ミサイルを発射した。日本のメディアは米朝衝突の危機感を煽ったが、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏は「海外は冷静で、実際に米朝衝突は起きなかった。官邸が危機を煽ったのには、『メディア戦略』の側面があったのではないか。当時、経営の苦しい地方テレビ局でJアラートの政府広報が盛んに流されていた」と指摘する。手嶋氏と作家の佐藤優氏との対談をお届けしよう――。

※本稿は、手嶋龍一、佐藤優『米中衝突』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

2017年10月6日、北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定した住民避難訓練が行われ、屋外で地面に身を伏せる住民ら(写真=時事通信フォト)

■1年前に米朝交渉の可能性を予測していた

【手嶋】ちょうど1年前の2017年暮、佐藤さんと出版した『独裁の宴』(中公新書ラクレ)は、東京を拠点とする朝鮮半島オブザーバーの間に波紋を呼び起こしました。「予測が大胆に過ぎる」というのです。たしかに、そこでは、17年の秋から暮れに限れば、米朝の軍事衝突の可能性は極めて低い――と結論付けています。偶発的に不幸な事態を誘発するリスクはゼロではないが、と留保をつけて――。

【佐藤】ちょうど同じ時期に海上自衛隊の最高幹部を務めた人物が「クリスマス開戦来る」という内容の新書を世に問うていたくらいですから、たしかに大胆と思われたかもしれません。

【手嶋】自衛艦隊司令官を経験された方ですね。かつての帝国海軍の連合艦隊でいえば山本五十六提督と同じポジションです。まあこの時期、「クリスマス開戦」までいかなくても、「早い段階で、アメリカがアクションを起こすのではないか」という話が、テレビ、新聞、雑誌などあらゆるメディアで、まことしやかに語られていました。

われわれの分析の骨格は、『中央公論』の17年11月号の対論ですから、同年の9月時点の情勢ということになります。かいつまんで言えば、想定される「戦争」は、アメリカの先制攻撃によるものとなるが、その可能性は極めて低い。ただし、北が核・ミサイルの開発を続ける限り、アメリカは対北攻撃の選択肢を捨てないだろう――と分析したわけです。そのうえで、そうした状況の打開に向けて、米朝が「二国間交渉」に乗り出す公算が大きい、という判断にまで踏み込んでいます。

■2度の「Jアラート」発動

【佐藤】あの時点では、米朝交渉の可能性を指摘する議論など、圧倒的に少数派でしたね。まあ、「多数派」の見方が、それを見聞きする人たちに受け入れられやすい環境にあったのも確かなのですが。

【手嶋】読者に記憶を呼び覚ましていただくために振り返っておけば、北朝鮮は17年8月と9月の2度にわたって、日本上空を通過する弾道ミサイルを発射し、その際Jアラート(全国瞬時警報システム)が「発動」されました。北海道から中部地方の一部にまで「避難」が呼びかけられ、鉄道がストップするような事態も生まれたのです。

それより少し前の5月には、インド洋にいたアメリカの空母「カール・ビンソン」と「ロナルド・レーガン」が朝鮮半島を睨むように北上し、この時期から「いよいよ米軍が空爆敢行か」と日本のメディアは色めき立ったわけです。

ただし、同じ時期、当のアメリカや韓国も含めて、この件に関する海外の報道は冷静でした。それが、結果的に日本の「異様さ」を際立たせていることも、指摘しました。

■トランプ・金正恩会談は「必然」だった

【佐藤】アメリカなどが冷静だったのは、ある意味当然で、もし空爆を受けたなら、北は必ず反撃します。韓国に在留の登録をしているだけでも約10万人いるアメリカ市民の多くに累が及ぶことになるでしょう。そんなことになったら、さしものトランプ政権ももちません。そのこと一つとっても、先制攻撃のハードルは極めて高い。われわれは、そういう当然の分析に基づいて、述べたように予測したわけです。

【手嶋】結局、その見立て通り、先制的な空爆は行われませんでした。そればかりではありません。18年6月には、多くの人にとって「まさか」の、トランプ・金正恩会談が実現しました。

【佐藤】アメリカに対する北朝鮮の核の脅威を払拭するためには、アメリカが北の望む二国間の直接交渉に出て行くしかない、という筋書きは、やはり必然だったわけです。

【手嶋】こうした一連の動きを、われわれは、単なる憶測や主観的な持論から「言い当てた」のではありません。眼前の状況を客観的にクールに分析し、米当局者らとの意見交換などを通じて、近未来の予測を試みたのです。そして、新書の一つの章の見出しに「米朝が“結ぶ”これだけの理由」を掲げたのでした。

【佐藤】手前味噌に聞こえるかもしれませんが、その時々のいろんな情報から、何が真実なのかをどうやって見抜くという点からも、いまの指摘は非常に重要です。提示する見解に、客観的事実や、足で集めた情報がどれだけ裏付けとして示されているのかは、情報の質を判断する一つの指標になるはずなのです。

■伝える側が「機能不全」を起こしている

【手嶋】私たちがわざわざ過去の発言を持ち出して語るのは、予測が当たったことを誇りたいからではありません。伝える側の機能不全が続けば、さらなるミスリードを生む危惧があるからなのです。

【佐藤】わずか一年前の予想が大外れしてしまったメディアや評論家には、情報発信の過程でどこかに決定的な問題があったわけですよね。そこを総括しないと、また同じ過ちを犯すことになるのではないでしょうか。残念ながら、総括の兆しはみえません。いまの手嶋さんの危惧は、限りなく「現実」に近づきつつあるのかもしれません。

当時のメディアの状況をあらためて振り返っておくと、私の知る限り、官邸と防衛省詰めの新聞記者たちのほとんどは、本当に米軍の空爆があると信じていました。安倍内閣は、17年9月に「急速に進む少子高齢化や北朝鮮情勢などを踏まえ」という名目で、「国難突破解散」を行い、翌月総選挙が実施されたのですが、この流れを「来年は米朝の戦争になるから、このタイミングでの解散が必要だったのだ」などというエクスキューズで説明する政治記者や、政治評論家までいた。

少し世界情勢が緊迫すると、そこまで「語るに落ちた」状況になる日本のメディアの実態は、記憶にとどめておくべきでしょう。

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