記事

神話と「凡人」の物語:『SLAM DUNK』 - 高井浩章

1/2

1990年秋、『SLAM DUNK(スラムダンク)』(井上雄彦)の連載が『週刊少年ジャンプ』(集英社)で始まった。最初の数回を読んで、高校3年生だった私はウンザリした気分になった。

「ああ、また、打ち切り必至のバスケマンガが始まったな……」

鬼門だった「バスケマンガ」

井上雄彦『SLAM DUNK 新装再編版 1』
集英社/648円
2018年、既刊ジャンプコミックス全31巻を「新装再編版」全20巻に再編し、全巻カバーイラストを作者・井上雄彦先生が描き下ろした「新装再編版」が刊行された

私は、小学校から大学まで「バスケ小僧」で、小学校に上がる前から『リングにかけろ』(車田正美)に夢中の「ジャンプ少年」でもあった。当時、バスケットボールは打ち切りの山を築く鬼門のテーマだった。作者の井上もヒット後のインタビューで、編集部から同様の警告を受けたと語っていたと記憶する。

『スラムダンク』は過去の失敗作と同じコースに乗っていた。中途半端なラブコメ成分とヤンキーバトル要素、ダンクという派手な技をプレイアップするバスケシーン。陳腐なジャンプマンガの定型をなぞる新連載は、当時夢中になっていた米プロバスケ、NBAの面白さと比べて「問題外」に映った。

1980年代から90年代はNBAの黄金期だった。私がNBAを見始めた頃、あの伝説のセンター、カリーム・アブドゥル・ジャバーはまだ現役で、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、チャールズ・バークレー、カール・マローン、ジョン・ストックトンなど、歴史に名を刻むプレイヤーが名勝負を繰り広げていた。

私の一番の贔屓はBad Boys、デトロイト・ピストンズで、司令塔のアイザイア・トーマスを「神」と崇めていた。当時、名古屋では丸善だけが置いていた米『Sports Illustrated』誌を読み漁り、27チーム(当時)の全メンバーはもちろんのこと、主要プレイヤーについてはシュートやフリースローの成功率まで数年分記憶していた。

そんなNBAオタクの私が湘北高校のキャプテン・赤木剛憲の登場シーンで抱いた印象は、「髪型はケニー“スカイ”ウォーカーがモデルか。作者も一応、NBAは見てるんだな」という冷めたものだった(赤木のモデルはパトリック・ユーイングとされているようだが、赤木は当初、やや細身で髪型はスカイウォーカーそのものだった)。

『スラムダンク』にウンザリしたのは、まだバスケが圧倒的にマイナーなスポーツだったことと無縁ではなかった。高校や実業団の決勝だけがニュースやテレビ中継で流れるぐらいで、「1軍」の野球やサッカー、バレーと比べて「3軍」以下の扱いだった。マイケル・ジョーダンが世界的なアイコンになって、日本にもNBAブームが及ぶのはもう少し先のことだ。『ハスラー2』がビリヤードブームを呼んだような「何か」を期待しているのに……。

だが、『スラムダンク』はそこから化けた。陵南高校との練習試合あたりから、「バスケをリアルに描き、そこにプレイヤーのヒューマンストーリーを乗せる」という正攻法の面白さが前面に出るようになった。陵南のエース、仙道彰のノールック・パスには、「お、マジックのあのプレーだな、これ」とニヤニヤさせられ、ゲーム展開やプレイヤーの心理描写は、バスケ小僧を納得させるリアリティがあった。主人公・桜木花道の上達プロセスはバスケ経験者の「あるある」満載で、しかも、その上達が湘北が勝ち残るカギを握るという見事な筋立て。これこそ、まさにスポーツマンガの王道だろう。

リバウンダー桜木のプレイスタイルが我がピストンズのデニス・ロッドマンに近いことも好感が持てた(作者はモデル説を否定しているそうだが、山王工業高校戦で安西光義先生が身震いする、素早いジャンプを繰り返してボールにタッチし、リバウンドを取る「リピート・ジャンパー」ぶりはロッドマンに酷似している)。

連載が進むにつれ、最初のウンザリ感は吹き飛び、「本物のバスケ」を描くマンガが徐々に人気を得ていくことが、我が事のように嬉しかった。

平凡なプレイヤーたちへの賛歌

名場面、名セリフを挙げればキリがない本作だが、日本中のバスケ小僧とバスケ少女を泣かせたのは、控え選手の木暮公延が陵南戦で決定打となるスリーポイントを決める「メガネ君」のエピソードだろう。陵南のコーチ、田岡茂一が漏らす「あいつも3年間がんばってきた男なんだ」「侮ってはいけなかった」という独白は、「バスケが大好きで続けているけど、大してすごくはない」という私のような大部分の平凡なプレイヤーへの最大の賛辞だ。こんなシーンを夢見て何万本というシュート練習を繰り返した自分を想い出して、何度読んでも胸が熱くなる。

「高校のころはバスケ部でした。すげー弱い学校(とこ)だったけど、バスケットはおもしろくて、おもしろくてしかたなかった」

単行本1巻のカバー見返しにこんなコメントを付けている作者・井上も、そんな1人だったのではないかと想像する。

少しだけNBAに話を戻そう。

1980~90年代にNBAが黄金期を迎えたのは、無論、ジョーダンという史上最高のプレイヤーの存在が原動力だった。

だが、「バスケの質」だけ見れば、「ジョーダン以降」の方がプレイヤーの身体能力やテクニック、ゲーム展開のスピードなど明らかにレベルは上がっていたのだ。父親の不幸な死の後、いったん野球に寄り道したジョーダンはNBA復帰後、「わずか数年でリーグのレベルが格段に上がった」と驚きを隠さなかった。

だが、プレーには驚嘆させられても、ひところのNBAには心を揺さぶる感動が欠けていた。1番の違いはドラマ性、物語性にあったのだと思う。1980~90年代、移籍がほとんどなかった主力選手は同じチームに居続けたからこそ、チームカラーと「顔」がはっきりしていた。

そして、その「顔」がドラマを背負っていた。

高校バスケのスターだったマジックが、強豪ミシガン大学ではなく地元のミシガン州立大学に進学してチームをNCAA(全米大学体育協会)決勝に導く。その相手が、都会のインディアナ大学になじめず、中退して「ゴミ収集車の兄ちゃん」を経てインディアナ州立大学に再入学したラリー・バードだった。卒業後も、マジックはロサンゼルス・レイカーズ、バードはボストン・セルティックスと東西カンファレンスに分かれてNBA入りし、ファイナルで3度もチャンピオンシップを競うという壮大な叙事詩。

バード率いるセルティックスに何度も煮え湯を飲まされたピストンズがようやくチャンピオンリングへのチャンスをつかんだ1988年のファイナル。親友のマジック率いるレイカーズ相手にデトロイトが王手をかけた第6戦、捻挫したアイザイア・トーマスが足を引きずりながら、1クオーターのNBAファイナル記録となる25点をあげ、それでも1点差で敗れ、試合後の検査で足を骨折していたと判明するという超人的な執念とパフォーマンス。

ピストンズの「ジョーダン・ルール」と呼ばれたえげつないディフェンスの壁を破れなかったジョーダンが、名将フィル・ジャクソンのもとでチームプレイに目覚め、ワンマンチームが史上最強のチームへと変わる、バスケの奥深さを雄弁に語るストーリー――。

当時のNBAはまるで『スターウォーズ・サーガ』のように、世代交代のバトンを受け取る主役たちがそれぞれの運命に導かれる、神話的なエピソードがあふれていたのだ。

だが、NBAはその後、カネにモノを言わせたスター選手の移籍の多発や、万能型プレイヤーの増加で癖のあるプレイヤーの居場所がなくなるといった、ブームとレベルアップの「副作用」が強まった。神話は解体され、興をそがれた私は距離を置くようになった。

あわせて読みたい

「スラムダンク」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    天皇陛下の政治利用疑惑。都議選前夜に、宮内庁長官の発言は軽率と言う他ない

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月25日 08:16

  2. 2

    金融資産1億円はもはや「富裕層」ではない

    内藤忍

    06月25日 11:24

  3. 3

    <TBS「週刊さんまとマツコ」>悩みなき萬斎娘・野村彩也子アナに悩み相談させるのは残念

    メディアゴン

    06月25日 09:00

  4. 4

    「天皇陛下が五輪に懸念」…異例の長官「拝察」発言に賛同相次ぐ

    女性自身

    06月25日 08:32

  5. 5

    反ワクチン派への否定に医師「長期的な副作用は不明であることを念頭に置くべき」

    中村ゆきつぐ

    06月25日 08:57

  6. 6

    NHK「たけしのその時カメラは回っていた」予定調和の気持ち悪さ

    メディアゴン

    06月25日 08:27

  7. 7

    「五輪は延期か中止を」立憲民主党東京都支部連合会長妻昭会長

    安倍宏行

    06月25日 12:31

  8. 8

    ワクチン予約サイトの「.com」運用に疑問 行政はトップレベルドメインで信頼性担保を

    赤木智弘

    06月25日 10:24

  9. 9

    宮内庁長官の“陛下が五輪懸念と拝察”発言 記者から「発信していいのか」と確認も

    BLOGOS しらべる部

    06月25日 14:08

  10. 10

    安倍政権下でおかしくなった霞が関 自民党の良心は失われてしまったのか

    早川忠孝

    06月24日 08:39

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。