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三浦雄一郎さん南米最高峰に挑戦! - 田中秋夫

BLOGOS編集部

冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さん86歳が、この年末に南米の最高峰アコンカグア(6980m)に挑むという。「アコンカグアは登頂率が30%で難しい山で、年のせいで体力が落ちていて途中で諦めるかもしれないが、限界まで頑張りたい」と話したという。私はこの報に接して、三浦さんに出演していただいた1976年の年末特番「ゆく年くる年」を思い出した。

「シラケ世代」に夢を

当時、民放AMラジオの「ゆく年~」は全国48社が統一番組を放送していた。制作はTBS・QR(文化放送)・LF(ニッポン放送)の輪番制で、スポンサーはコカコーラの1社提供だった。モントリオール五輪が開かれた1976年は文化放送の担当の年で、制作部ヤング班が担当することになり、私を含むスタッフが集められた。

早速企画会議が開かれ、番組の骨子となるテーマを話し合った。当時の若者たちは「シラケ世代」と呼ばれ、高度経済成長期の豊かな環境で育った結果、情熱を持って物事に取り組むということが無い世代と言われていた。企画会議では彼らにどんなメッセージを届けるべきかがテーマとなった。その時、班のチーフから「シラケ世代だからこそ夢のある企画が必要だ。冒険をテーマにして若者たちにロマンのメッセージを届けたら?」との提案があり、スタッフ全員が賛同した。そして、タイトルも「若者たち・再びロマンの海へ」に決まった。

ロマンと冒険の旅へ

番組は公開生放送の形式にし、当時新宿西口に出現した超高層ビル・住友ビルのホールをメイン会場に設定した。そしてその会場をロマンと冒険を求めて航海する帆船に見立て「ヤング日本丸」と命名した。この船の船長役(司会)には夜の若者番組「ワイドNO1」で人気絶頂だったみのもんたアナに決めた。

この番組の成否はこの船のクルーに見立てるゲストの人選にあった。スタッフは冒険家としての実績を積み上げつつあった二人に出演交渉をした。一人は富士山やエベレストからの直滑降に挑み続ける冒険スキーヤーの三浦雄一郎さん、当時44歳。そして、もう一人は世界初の五大陸最高峰登頂の記録保持者で、その年の五月に北極圏犬ぞり横断に成功した植村直己さん当時35歳だった。二人の冒険家は番組の趣旨に賛同し、出演を快諾してくれた。

さらにテーマ曲を谷村新司さんに依頼し、「青空」というタイトルの新曲が誕生、アリスに生演奏してもらうことにした。

大晦日の本番当日、二人の冒険家が会場に現れ、打ち合わせを行った。二人とも世界的冒険家という超人的なイメージと違って、意外に小柄で謙虚な人柄だった。

本番前の会場は参加した300人の若者たちの熱気と緊張感に溢れていた。

「ヤング日本丸」出港

12月31日23時30分、アリスによるテーマ曲がスタート、司会者の軽快なトークが始まる。「シラケなどという言葉は吹き飛ばして、来年こそは何か充実した生き方を求めたい。若者らしいロマンを探してみよう~。」ゲスト陣の紹介に続き、二人の冒険談へと話が進む。植村さんは北極圏の強烈な吹雪の中を1万2千キロの横断に成功した理由について話が及ぶと「出発するとすぐ、帰る事ばかり考えるんですよね。毎日いかにして先に進むかではなくて、いかにして引き返すかっていうことばかり考えてるんです。それがある一定のところまで進むと、もう引き返しのきかない状況までくるわけです。そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです。」と語り、「気が狂いそうな単調さに耐え抜き、弱音を吐きたがる自分に打ち勝つ以外にない。進むこと、ひたすら前へ進むこと」と語った。

一方、三浦さんは幼少期に病弱で幼稚園を中退したこと。健康問題が理由で中学受験に挫折した後、小学生浪人、転校を繰り返したこと。それでもあきらめず父親の勧めでにスキーを始めて、徐々に上達していったこと等を語り「小さな挫折や失敗を気にせず、『今日これだけやれた』という達成感を積み上げていく。無理しない範囲で、出来ることを積み上げていけば、やがて無理がきくようになります。」と語った。番組はその後、熱気球で中国の万里の長城を征服しようという若者や、ハンググライダーに大空へのロマンを求める若者たち、インカの山奥へひとり冒険旅行を試みた若者などの話も加わり、様々なロマンと冒険が熱く語られ、90分の航海はあっという間に終わった。

冒険者たちの挑戦は続く

あれから42年が経った。

植村さんは1978年に人類史上初の北極点単独行に成功、1984年43歳の誕生日にマッキンリーの世界初の厳冬期単独登頂を果たした。しかし、そのまま消息不明となり、懸命の捜索にもかかわらず発見されることはなかった。その年に国民栄誉賞が贈られた。

一方、三浦さんは1985年、53歳で世界七大陸最高峰のスキー滑降を成し遂げた。その後、次の目標を見失っていた時期があったという。「冒険家としての挑戦はこの辺でいいのかなという気がして、不摂生な生活を送り、その結果、体重が増え、高血圧に糖尿病の兆候まで出てきた。しかし、人生このまま黄昏ちゃいけない、と一念発起し、本気で再度のエベレスト登頂をめざし始めた。」という。その為に外出時には常に両足に重りを付け、20キロのリュックを背負うトレーニングを再開したという。

そして、2003年、世界最高齢の70歳でのエベレスト登頂に成功、さらに2008年には不整脈の持病を乗り越えて75歳で再度の登頂に成功している。さらにさらに、80歳になった2012年5月に3度目のエベレストに挑戦し、頂きに立つことに成功した。三浦さんは「エベレストに登るという夢を持った途端、人生が変わった。そして夢を持てば実現できることを改めて知った。

人間はいくつになっても、可能性がある。老いは怖くない。目標を失うことが怖い。」と語ったという。そして今回の86歳でのアコンカグアへの挑戦である。限りなくロマンを追い続けるその姿に多くの高齢者が刺激され、大いに励まされるに違いない。

著者プロフィール

田中秋夫
一般社団法人放送人の会・理事。元FM NACK5常務取締役。

1940年生まれ。1964年、文化放送にアナウンサーとして入局、その後、制作部に配属。「セイ!ヤング」や「ミスDJリクエストパレード」など深夜番組の開発に尽力し、ラジオ界では「名物ディレクター」として知られる。1990年に埼玉県を中心に首都圏をエリアとするFM NACK5に制作責任者として転籍。ラジオ番組のコンクールでは「浦和ロック伝説」「イムジン河2001」「中津川フォークジャンボリー」等で日本民間放送連盟賞受賞。

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