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「ジョブチェンジ」し続けるための自分への先行投資法 - 鈴木悠司×浅羽祐樹

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「生物の種の中で生き延びるのは、最も強いものでもなければ、最も賢いものでもない。変化に最もよく適応したものが生き延びるのだ(It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the ones most responsive to change)」(チャールズ・ダーウィン)という。個人も組織も、「何らかのかたちで変わる方法を知らなければ、自らを保持することができない(A state without the means of some change is without the means of its conservation)」(エドマンド・バーク)ともいう。

まして、現在は、変化の仕方それ自体が変化する時代である。「人生100年時代」を迎え、個人の寿命は組織より長い。だとすると、私たちが学ぶべきことは、特定のコンテンツというよりも、変化によく適応し、「私(たち)」の人生や社会に「責任(responsibility)」を持つことである。

新潟県立大学国際地域学部一年生向けの「政治学入門」では、そうした負託に応えるべく、毎年、特別講義を開催している。3回目となる2018年度は2018年11月7日に、外交官からコンサルタントへ、そしてベンチャー企業の経営陣へとジョブチェンジし続けている鈴木悠司氏をお招きし、自ら「変わる方法」、リスクへの向き合い方などについてお話しいただいた。(文責:浅羽)

鈴木悠司「「ジョブチェンジ」し続けるための自分への先行投資法」

浅羽 「政治学入門」の特別講義も2016年度2017年度に続いて3回目です。今回、畏友、鈴木悠司さんをお迎えしました。「『ジョブチェンジ』し続けるための自分への先行投資法」というテーマでお話いただきます。

みなさんが大学生に入ってから早7カ月が経ちます。「高校生」というジョブから「大学生」というジョブにチェンジしたわけです。この先も、いつまでも大学生でいられるわけではありません。いずれ社会人になりますし、最初に入った会社がずっと残っているかは分かりません。単にA社B社が残っているか分からないだけではなく、産業そのものがどんどん生まれ変わる、イノベーションされる、そういう時代にいま生きています。

みなさんも事前課題に取り組む中で鈴木さんについてググるなりして調べてきたはずですが、その回答はすべて、鈴木さんにも目を通してもらっています。みなさんも知っているとおり、鈴木さんはいろんなジョブを経験されてきました。

私も、ずっと大学教員ですが、新潟県立大学は3校目です。九州大学、山口県立大学と転職してきました。新潟県立大学は5年目になりますが、テニュア職なので、65歳の定年までいようと思えばいられるわけですが、毎年、契約更新をしているつもりで臨んでいます。条件がいいところがあれば、いつでも異動するという構えでいます。ジョブチェンジに対しては常にオープンです。

みなさんは18歳19歳で、私たち2人以上にジョブチェンジしていくことを余儀なくされている世代だと思います。「人生100年時代」とも言われ始めていますが、長い人生を展望しながら、またとないこの機会を生かすように授業に取り組んでほしいと思います。拍手で鈴木さんをお迎えしましょう。

いま起きている変化の衝撃

鈴木 ご紹介に預かりました鈴木です。初めに私の略歴を紹介します。生まれてからずっと埼玉県に住み、東京の大学に通いました。2001年から1年間、韓国のソウル大学に交換留学をし、卒業後は外務省に6年間、金融庁に2年間勤めていました。外務省では初め、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に関する仕事をしていました。主には担当官として日本とフィリピンの間で看護師や介護士を受け入れる枠組み作りをしていました。

そのあと外務省の留学でイギリスに行って、1年目はウォーリック大学、2年目はケンブリッジ大学に通い、経済学とアジア地域研究を行いました。その次はインド大使館の政務班に配属され、当時、安倍総理の第一次政権の時に当たりますが、日印の二国間関係、現地のいろいろな人と会って情報取集をしたり、事件事故があったときの邦人保護をしたりしていました。

帰国後は金融庁の国際室に出向しました。ちょうど金融危機があった頃で、金融規制改革というルール・メイキングが国際交渉の議題に上がった時代でした。私もG20(金融・世界経済に関する会合)などで交渉をしたり、WTO(世界貿易機関)やFTAで貿易の自由化交渉を担当したりしました。他には、中国、韓国、東南アジア諸国と金融協議をしていました。

このあと大きなジョブチェンジをして、民間のマッキンゼーというコンサルティング会社に移りました。東京に3年、上海に1年いて、自動車、半導体、医療機器、金融などのプロジェクトをして、最後はマネージャーをしていました。戦略、組織、オペレーションと呼ばれるものが業務の中心でした。他に、私の場合は中途採用だったこともあり、若手のコンサルタントの研修講師もしていました。

2015年に再びジョブチェンジして、ベインキャピタルというプライベートエクイティ(投資ファンド)にリクルートされ、そのファンド傘下の会社に勤めます。プライベートエクイティは主に会社を買収し付加価値を高めてから上場させたりしてエグジット(売却)します。ファンドが買収したマクロミルという事業会社に入り、会社のトランスフォーメンション(変革)を行っていました。主に、グローバル戦略、欧米子会社との統合プロセス、アジア子会社の取締役など、専ら戦略や営業活動の改善などを行っていました。

2018年4月から山形県鶴岡市に本社があるヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ、HMTというバイオベンチャーの経営チームに加わり、戦略、組織、オペレーションを手広くやっています。


今日は「ジョブチェンジ」ということで、まずはいま何が起きているのかについてお話します。

最近数カ月の出来事を3つ紹介します。みなさんは大学に入って7カ月が経ちますが、すでに情報の取得量やアクセスの仕方に差が出てきているでしょう。今から紹介する3つの話を全部知っている人から1つも知らない人までいると思います。この教室の中でも、表には出ていなくても、実際、今の時点ですでに差があるわけですから、この大学の外も含めて、これからもっと広がると認識してください。

1つ目はメルカリについてのニュースです。このフリマアプリは10代20代の3人に1人が使っているといわれています。2018年10月1日にメルカリに入社したのは118人で、そのうち44人が外国籍です。3分の1。その比率はこれからどんどん増えていくでしょう。

2つ目が、The Economistという英字誌に載っていたニュースです。“gig economy”という言葉があります。デジタル化によってオンラインのマッチングサイトとかプラットフォームができたことで、Airbnbは個人の住まいをホテルのように利用してもよいという人とそこに住みたいという人をマッチングしますが、ここでは人の時間と仕事をマッチングしています。仕事を頼む側でいうと、どこにいる人であれ、グローバルに仕事が頼める。逆に仕事を請け負う側でいうと、自分のスキルを明示しておいて、切り売りできるようになったということです。良いところもありますが、当然悪いところもあります。

良いところは、働く側にしてみたら自分の時間を自由に使えるようになったり、スキルがあるとチャンスが広がったりする点です。一方、マイナス面は、同じ会社に所属することがなくなるので、個人がみんな自営業者のようになります。福利厚生や年金もほぼ期待できなくなる。また、売るものがないと何もできないということになります。さらに、かつては地域内の競争だったのが、ものによっては世界規模で同じようなスキルの人が集まってくるので、みなさんの見ている世界よりずっと広い人たち、全然知らない人たちと同じタスクをめぐって競争が始まることになります。

とはいっても、物理的に対面でしないといけない仕事ならそういう心配はないのではないかと思うかもしれません。そこで出てくるのが3つ目の『マネー・ワールド』というNHKスペシャルの番組です。見た人、いますか。

この番組では、AIやロボットが仕事のかなりの部分、今までホワイトカラーと呼ばれてきた人たちの仕事も置き換えられていくということが紹介されていました。番組中に引用されていた数値だと、実に日本の仕事の49%くらいが置き換えられる可能性があるそうです。今後、面倒な仕事をAIやロボットにしてもらって、楽にお金を稼げるようになるかもしれませんし、仕事がなくなって困るかもしれません。一人ひとりにとってどうなるかは分かりません。

これらは未来に起きることではなく、すでにいま起きていることです。つまり仕事の仕方自体、そして就職活動に大きな変化が出ていると、私は言いたいわけです。

長期変動は予測できない

それでは未来にどう対処すればいいでしょうか。まず「諦めないといけないことがある」という話をしなければいけません。それは、長期の変動を予測するのは非常に難しいということです。

みなさんのほとんどは1年生だと聞いていますので、1999年か2000年に生まれたと思います。「人生100年時代」といわれていますから、2100年くらいまで生きるとしましょう。70歳くらいまでは働くとして、2070年までは仕事をしているわけです。52年後にどういう世界になっているか、予想できますか。厳しいですよね。では30年後、みなさんが48歳になったときはどうでしょう。12年後はどうですか。みなさんが30歳のときですね。

過去に置き換えてみます。100年前の1918年に生まれた場合、今のみなさんと同じ年になるのは1936年です。1936年の時点で2018年の社会を予想できますか。70歳になる1988年はどうでしょうか。30歳になる1948年でも無理ですよね。1936年の時点では、1940年に東京五輪を行うことになっていましたが、中止になります。その後はよくご存じのように、すべてがまったく違う世界になりました。

悪いことに、その当時よりも世の中の動きは速くなっています。私は1979年生まれで浅羽先生とほとんど同年代です。18歳のときは1997年でした。就職氷河期です。2008年に金融危機が起きたときは、インドから帰って来た頃でした。1997年の自分が、70歳になる2049年を予想できるかというと無理です。30歳になる2009年ですら無理です。私が大学1年生の頃は、携帯電話をもっている人はクラスに1人いるかいないかくらいでしたが、今はみんなスマホを持っていますよね。そのくらい全然違います。長期の予測は基本的にできないんです。

ですが、自分が長期の予測ができないからといって悲観する必要はありません。偉い人たちの予想をいろいろ集めてみましたが、大外れなんです。

天才物理学者のアルバート・アインシュタインは1932年に、「核エネルギーが活用できるようになる兆しはまったくない」と言っていました。しかしわずか13年後に原爆がもうできています。IBMの当時の会長であるトーマス・ワトソンは1943年に、「世界にはコンピューターの需要はおそらく5台分くらいしかない」と言っています。どうでしょうか。大外れですよね。アーヴィン・フィッシャーという著名な経済学者は1929年に、「株価は恒久的に高い状態に達したように見える」と言っています。1929年に何が起きたか、ご存知の方はいますか。(ある学生が挙手をして「世界恐慌」と発言) そうです。世界恐慌です。こういうふうに授業中に学生さんが発言してくれるといいですね。

昔だから予想が外れるのであって、最近なら改善していると思われるかもしれませんが、そうでもありません。2006年、ニューヨークタイムズの有名なコラムニストのディビッド・ポーグが、「アップルが携帯電話を出すのはいつなのかとよく訊かれるが、いろいろな問題があっておそらく出せないだろう」と予想していました。今では、iPhoneだけでなくiPadやApple Watchなどいろいろ出ていますね。わずか12年前のことです。

テクノロジーは進歩が速いから予想が難しいのではと思うかもしれません。それだけでなく、政治学に関するものも取り上げてみます。フランシス・フクヤマという学者は、1989年、ちょうど冷戦が終わった歴史の変わり目に、「われわれが目撃しているのは単なる冷戦や戦後史の終わりではなく、歴史自体の終わりなのではないか」という話をしています。すなわち、人類のイデオロギーの発展において、西洋流の自由民主主義が政治体制の形として唯一のものになったのではないか、ということなのですが、今、どうでしょうか。中国の政治体制はそれとは違うものですし、民主主義の後退、ポピュリズム現象が各地で起きています。

予測が外れているからといってこの人たちをdisるつもりはまったくありません。たぶんここにいる誰よりも優秀で、それぞれの道の専門家でも、長期の予想では大間違いしているわけです。

ジョブチェンジに欠かせないスキルを身につけていくプロセス

それでは、どうすればいいのでしょうか。そこで主題の「ジョブチェンジとスキルを身につけるプロセス」が出てくるわけです。

今日の講義では、「ジョブチェンジ」の定義は、単なる転職や会社を移ることだけでなくて、「同じ組織内でも役割や立場、仕事内容が変わること」も指しています。私も同じ外務省の内で留学を含めて3か所部署が変わっていますが、これらはすべてジョブチェンジです。この定義でいえば、私は15年間に8回ジョブチェンジしています。今日の話が「転職」のことだけを指すと思っていた人は、それより広い意味だと頭を切り替えてください。

今しがた見たように、長期の予測は非常に難しいものです。普通の人には無理です。私たちは数年先しか予測できない。競合も市場も常に変化していきます。みなさんの場合、立場の違う学生たち、勉強でも運動でも、競い合う相手がいますよね。外の世界は絶えず変化しています。それに応じて、自分のスキルや仕事を変化させ続けていく能力が不可欠なんですね。

「毎日同じことを繰り返している」と言う大人の方が身の回りにいるかもしれません。こういっては何ですが、それは嘘です。同じことを繰り返しているように見える伝統産業でも改善は常に行われています。それなのに、なぜ同じことを繰り返しているとみなさんに言うかというと、改善活動をやるのが当たり前、暗黙知になっていて、いちいち言語化する必要がないからです。プロはみんな、無意識のうちにそうしています。どんな産業でもこうした改善が行われていますし、予想もしないところから突然、科学技術の影響があります。

たとえば私のやっているバイオベンチャーは、医療・健康系ですから、大学の先生や製薬会社の方が顧客に多くいます。一方、この科学技術は農業にも応用ができるもので、面白いものですと、代謝物の解析をするとリンゴをいつ収穫すると味がいいかを分析することができます。今までは勘で「このような天気の日に収穫すると甘みがある」と収穫する時期を決めていたのを、分析することで、言い伝えが正しかったのか間違っていたのかが判明するわけです。こうした例は過去には考えつかなかったと思います。どんな産業でも、科学技術の変化だったり、外国から入ってくる人材だったり、まったく予想できない変化が起きています。

長期で予測はできません。しかし、アンテナを張っていると、数年単位の傾向は見えてくる。それが大事なんですね。

次に、ジョブチェンジするということは、見合ったスキルを身につけていかなければいけないということです。プロの仕事ですと、外務省の場合、異動は平均して2年から3年であります。初めの数カ月くらいから半年で新しいジョブをマスターしないといけません。マッキンゼーの場合はもっと短くて、私がやった一番短いプロジェクトで2週間、長いもので数カ月でした。その頃にはジョブをマスターして結果を出さないといけない。そのくらいのサイクルが求められます。

それでは、スキルを身につけていくプロセスを私自身の経験をもとにお話しましょう。

最初は「できないことに気づいていない」というステージ0です。率直に、今のみなさんは大部分がまだこの段階ではないかと思います。悲観するには及びません。最初はそんなものです。次が「できないことに気づいた」というステージ1です。意識が出てくるのは大きな進歩です。この0から1への変化には非常に大きな壁があります。何かに気づけるかどうか。今日の話でそうなれば嬉しいですね。


その次は「できないことに気づいて行動している」というステージ2です。できないことに気づいたけれども、忙しかったり忘れてしまったりして行動に移せずに時間が経ってしまうことはよくあります。人には心理上、現状維持バイアスがあります。なので、すぐにできるようにならなくてもできないことに気づいて行動を始めることは非常に大事です。ステージ1から2へも、0から1へと同じくらい壁があります。

「できないことに気づいて行動している」なかで、やっているんだけどなかなか上達しないという状況に、語学でもスポーツでも専門の勉強でも、必ず直面します。そこで諦めず、「正しい努力」を続けていれば、「意識すればできるようになった」ステージ3に上がります。まだ時間がかかるかもしれませんが、仕事としては一人前としてみなされるようになります。

さらに続けていくうちに、だんだん習熟して「意識しなくてもでき、次のスキルを探す」というステージ4に達します。その頃には、ジョブは自然にできるようになり、精神的にも時間的にもゆとりが出てくるので、他に自分に足りないものを探せるようになります。スキルはこういうプロセスで身につけていくんですね。

学生のアドバンテージ

ここでみなさんにクイズです。学生のみなさんが浅羽先生や私よりも圧倒的に有利なものとは何でしょうか。私の中で3つくらい答えがあるんですが、どなたか……。

(学生A「自由時間」学生B「体力」と答える)

(手が上がらず、鈴木さんが教室内を歩いて行って指名。学生C「若さ」と答える)

このように講師が側に寄ってきて当てることはcold callといいます。この大学でやっているか、分かりませんが、今日初めて知った人は、それも学んでください。

自由時間、体力、若さ、どれも正解だと思います。素晴らしい。自分のアドバンテージを適切に認識していますね。

先生と私で話をしていても、出てきました。若い分、みなさんは私たちより20年分の時間があるので、何かできるはずですね。これは非常に大きなメリットです。「自由」時間も同様ですね。日々の時間の使い方はある程度自分で決められる立場にあると思います。体力もそうですね。

あと2つ、あります。1つは「新しさへの対応力」ですね。だんだん年をとってくると経験で物事がうまくいく、得することもあるですが、一般論としては新しいことへの感受性が減ってしまいます。新しいことでも、今までの経験と似たようなものだと思い込んでしまうがゆえに新しいものに目が向かなくなることがあるんですね。みなさんの場合、新しいことを素直に受け入れる余地があるんです。問題はそうした情報にアクセスしようとするかですが、同じ情報にアクセスしたときに、年をとった人だと、昔見たものと同じだよねとそのインパクトを過小評価してしまうことがあるんです。

もう1つは、オフラインの世界で、かつ犯罪ではない場合に限定しますが、「失敗に対する周りからの寛容度」がみなさんと社会人ではまったく異なります。社会人の場合、失敗すると再チャレンジさせてもらえることもありますが、一発退場になる場合も少なくありません。有名人でもそうでなくても、何かの発言や行動が炎上してとんでもないことになる場合が結構あります。学生のみなさんもオンラインで炎上するとそうなるリスクは常にあります。他方、オフラインの場合、何か失敗して怒られても、数週間すればみんな忘れています。学生のしたことだとして許してもらえることが多いと思います。この点で失敗を経験しやすい。これは若さのアドバンテージですので、ぜひ利用していただきたい。つまり、いっぱい挑戦して、いっぱい失敗してくださいということです。

大谷翔平選手の「ドライチ8球団」マンダラチャート

ジョブチェンジするためにはスキルをアップしなければいけません。そのためには先行投資をしていくことが大事です。

とても示唆的な例を紹介します。大リーグのエンジェルスにいる大谷翔平選手の話です。大谷選手が2010年、高校1年生のときに、マンダラチャートという方法を使って、将来への計画を書いています。これは、まず真ん中に、数年後の夢として「ドライチ(ドラフト1位指名) 8球団」と明らかにしています。その夢をかなえるために必要なことは何か、周りを囲むように「体づくり」や「コントロール」など8つの課題を示しています。さらにそれらの周りに、また8つ、それぞれを達成するために必要なことに分解されています。真ん中から順に書いていくんですね。

これはもちろん監督による適切な指導に基づいて書いているはずです。みなさんは高校1年生のときに大谷選手のように将来の夢を達成するために何が必要か、分解して書けたでしょうか。これは学力とかは関係ありません。適切な指導があって適切に考えたからできたことです。書く人はこれだけ書くんですね。

大谷選手がこのマンダラチャートを書いていたこと自体も素晴らしいのですが、中身の塩梅も絶妙なんですね。相手目線で現れる現象とそれを支える自分のスキル、そしてマインドセットがバランスよく整っているんです。

「スピード160キロ」「変化球」とあります。これは打者目線から見たときに感じられる現象です。打者にとっては脅威ですよね。一方、「体づくり」「コントロール」「キレ」というのは、「スピード160キロ」「変化球」を支える自分のスキルの部分です。さらに、「メンタル」「人間性」「運」のようなマインドセット、心持ちについても記されています。「心技体」がバランスよく配置されていて、かつ、その要素を細かく分解して、何をしないといけないのかを計画的につくっているわけです。

みなさんに問いかけたいのは、別に長期を目指す必要はないのですが、数年後に何をしたいのか、ということです。講義にあたってみなさんに出しておいた事前課題には、「留学したい」と答えた人がたくさんいました。真ん中に「留学する」と書いたならば、何が必要でしょうか。どういうことをしていけばいいでしょうか。大谷選手のように書けるのか、書こうと考えたことはありましたか。ただ願っていても夢は実現しません。こういうふうに計画をつくって、一つずつ実行していくことが鍵です。

もう一つ大事なことは、これは大谷選手がひとりで書いたのではなく、監督の指導とコーチングがあったんですね。適切なコーチングを受けられるかどうか、その環境にあるのか、あるいは自分から先生方に指導やコーチングを求めているかということが重要です。

先行投資における6つのポイント

先行投資というときに、何を学んだらいいのかという具体的な質問をよくされます。しかし、私が今日お話ししたいのは、具体的に何を学んだらいいのかという話そのものとは違うものです。というのは、長期の予想は無理ですし、学んだことが陳腐化する可能性は常にありますので、みなさんが年をとるまでに何を勉強したら一番いいのかは、私にも分かりません。ただ今からお伝えする6つの考え方が大事だと思います。それは社会科学、みなさんがいる学部で学ぶ考え方も多くて、それがジョブチェンジのための先行投資において有効だと思います。

第1に、この「政治学入門」でも勉強していると思いますが、「後ろ向き推論」ですね。これには良いところが2つあって、未来から逆算して「いま、ここ」でどうするかを考えるということと、相手の視点や行動を織り込んで自分の行動を選択するということです。このアプローチは非常に有効です。経営活動、ビジネスは後ろ向き推論に基づいて営まれていることがほとんどです。

第2に、「ベンチマークは世界中に」です。みなさんは昔に比べて圧倒的に有利な環境にいます。グーグルで調べれば世界の情報が一瞬で手に入ります。私が大学に入る前までの頃は、良くて広辞苑、親に訊く、図書館に行く、せいぜいそのくらいでした。ところが、今は良い例も悪い例も世界中に転がっているので、情報は望めばいくらでも手に入ります。

第3に、「機会費用を含めたコスト」です。事前課題で、みなさんが新潟県立大学で使えるいろんなものを利用するのに費用がどれくらいかかるかを調べてもらいました。答えはマチマチでしたが、みなさんがいま大学の中で享受しているサービスが、大学の外だとどれだけのコストがかかっているのかを分析したことで、コストについて意識してもらうキッカケにはなったと思います。

それと、ファイナンシャル・コストに加えて、機会費用、たとえば学外の語学学校に通う場合に通学だけで時間がどのくらいかかるかといったこともコストとして挙げている人がいましたが、これも非常に重要なことです。学内のサービスだといつでもすぐ使えて、在学中は、費用も時間も追加でかからないですよね。

課題への回答で、みなさん、様々な前提を置いていました。それ自体はいいことです。問題はあえて曖昧にしておきました。ただ、前提条件を第三者に分かるように説明しないで、いきなり「いくら」と書いた人もいましたが、残念ながらそれでは相手に伝わりません。時間あたりの単価や積算の根拠など、どういう前提で計算したのかをレポートに明示する必要があります。

第4に、「市場と顧客」です。今はもう世界中が市場です。市場でのプレーヤーにはAIなども含まれるかもしれません。どこで働くのか、どういうジョブをするのかで市場が変わっていきます。市場そのものを自ら定義していくのです。顧客というのは、社内であれ社外であれ、相手を意識していくということです。

みなさんは大学に学費を払っているので、大学側からするとみなさんが顧客です。一方、授業という点でいうと、レポートを提出する先の先生がみなさんの顧客になります。同時に先生からすれば、ちゃんとした授業をしないといけないので、みなさんが顧客になります。誰を顧客として定義するのかというのは、相対的な関係性の中でそのつど決まるんですね。いずれにしても、何かを他者に届けるときには、顧客の目線を意識してあらかじめ徹底的に精査することが大事です。

事前課題で、(1)新潟県立大学の協定校の中でどこに留学したいのか、(2)協定校に留学したいところがない場合はどこに留学したいのか、という2択で選んで回答してもらいました。ほとんどの人は(1)で、新潟県立大学の今の留学制度の中から選んでいました。一方、数は少なかったのですが、現在協定を結んでいない大学に行きたいと書いてくれた人もいました。

その中でも特に素晴らしいと思ったのは、「そこでしかこんなことはできない、だから私はそこに行きたいんだ、そのためには新潟県立大学や相手の機関に対してこういうメリットがあると働きかける」ということまで書いてくれた人がいました。すでに顧客目線を意識しているということですね。「自分が行きたいんです!」と言うだけでは、相手の大学は受け入れてくれないでしょう。

ところが、相手の大学にとってどんなメリットがあるのか、あるいは自分が行くことが新潟県立大学にとってどんなメリットがあるのか、という顧客目線に立てている人がこの教室にもすでにいるわけです。同級生の中でも差がついていることに気づくのがまずは大事ですね。

第5に、「汎用性と特殊性」です。これは結構難しくて、汎用性というのはある程度長期的にどこでも使えるスキルのことである一方で、特殊性というのは特定の産業ないしは業界、会社でのみ使えるスキルだったり、短期であまり役に立たなくなってしまうスキルのことです。

みなさんが身につけていくスキルのうち、何がどちらになるのかは正直分かりません。語学や地域研究は比較的変わりにくいものなので、そういう教養は汎用性が高いのではないかと個人的には思いますが、そうとも限りません。ではみなさんはどうしたらいいのかというと、いま自分が学んでいることのうち、汎用性がありそうなのはどれで、特殊性がありそうなのはどれなのか、あるいは何かを学ぶときに、学ぼうとしていることがどちらなのか、常に考える習慣をつけることが大事です。

あまりにも自分が特殊性の側に振れていることをしているのだとしたら、本当に大丈夫なのかと見直してください。逆に、汎用性の高いことばかりしていたら、それで本当に競合たる他の人と差別化できるのか、顧客に対して役に立っているのかを折に触れ自問自答することが大事です。

たとえば英語の例を挙げます。みなさん、英語を勉強したいと思っていますよね。確かに、短期的に見ると英語は非常に汎用性の高いスキルだと思います。一方、それは誰もがみんな英語を勉強しているということですから、それだけではとても差別化が図れません。そうすると、英語の中でも特定の分野に関する語彙を増やすなり、英語に加えて、ある地域の文化や政治も深く学ぶとか、そういうことも付け加えていかなければならないわけです。そういう組み合わせで、差を生み出せるかもしれません。

第6に、「リスクと投資対効果(ROI: Return on Investment)」です。リスクは怖いものではありません。適切に評価して、それをどう回避するか、最小化するのかという対応をとれば、リスク自体は別に怖いものではないんです。もう一つ、投資対効果(ROI)も大切です。時間であれお金であれ、投資したときに何年後に、お金であれ何であれ、どのくらいのリターンをもたらすのか。そういったことを意識してみてください。

リスクへの向き合い方

講義の最後に、今日のまとめとしてみなさんへのメッセージを贈りたいと思います。

第1に、自分の時間のうち何割か、5パーセントでも10パーセントでも20パーセントでも、「後ろ向き推論」を使って、将来何をしたいのか、分かっていること、分かっていないことは何なのか、そのためにいま何ができるのかを考えてみてください。自分で出した答えが合っているかどうかは分かりませんが、考える習慣をつけることが大事です。

第2に、今は情報へのアクセスが世界レベルで可能ですから、ベンチマーク、お手本になることを教室の中の同級生だけでなく、先輩や先生、アルバイト先の店長だけではなく、世界中で見つけてください。たとえば政治学も、日本だけでなく世界中でスタンダードなかたちで授業が行われています。他の大学でどう教えられていて、先生がどういう経歴なのかが簡単に分かります。しかも、いろんな授業がオンライン上で無料で公開されています。そういうものにアクセスしようとするかで差がついていきます。

第3に、大学のリソースを最大限に使ってほしいということです。学外でしようとするとコストがどのくらいかかるのか。特に対面で受けられるサービスが高いことに気づいた人が多いと思います。そうしたコストを自分で払えるかというと、払えない、あるいは払わないという人も少なくないでしょう。大学に通っている間は、みなさん、追加の負担なく利用できるわけですから、利用しない手はないですよね。機会費用も含めたコストの考え方を使って、いま何かをすることで何ができなくなるのかも考えてみましょう。


第4に、「社会に出たら市場と顧客の中での相対的関係で自分の優位性が変わる」ということを意識してください。具体的な説明をすると、授業のレポートや先生とのやりとりは、身近なところで、市場や顧客目線で物事を考えるよい練習になると思います。先生が自分の顧客だと思ったときに、どのようにレポートに取り組むのか。あるいはこの教室全体が市場だと思ったときに、誰と交渉して、どのようにフィードバックを得るのか、一人ひとり、様々でしょうが、自分を「売り手」「作り手」として捉えて、広い世界に臨んでみてはいかがでしょうか。

第5に、先ほどの話の繰り返しになりますが、いま学んでいることで汎用性が高いものは何か、特殊性が高いものは何かを考えてください。

第6に、大学1年生は、社会人より圧倒的にリスクがとりやすいです。オフラインであれば、失敗しても取り返しが容易につきます。その中で、投資対効果をどうすれば最大化できるかを考えてみることが、あとあと効いてくると思います。

第7に、今日の講義を聞いて、何かやろうと思い立つかもしれません。大変いいことです。そうしたら小さなことでもいいので、一週間以内に実行してみてください。経営コンサルタントとか経営チームで仕事をしていると、一週間以内に実行できないことは実行できない可能性が高いものです。ただ思っただけではダメです。変化のためには行動に移すことが絶対に欠かせません。

最後に、リスクへの向き合い方、不安の解消方法について、一言だけお伝えしておきます。不安は誰にでもあるものです。一番いいのは、不安を克服した経験をするということです。自分の今の実力より少し背伸びしたものにチャンレンジするのは、当然不安があると思います。うまくいけば、それを克服した経験ができます。そのことが自信になるでしょう。うまくいかなかったら、失敗してしまったらどうなるか、と不安になるかもしれません。

でも、みなさんは学生です。失敗しても、失うものは少ない。逆に社会人になるまで不安に挑戦する経験をしないと、あとあと大変な思いをします。ですから、今はできるだけ不安に挑戦して克服する経験をするのがいいと思います。

もう一つオススメなのは、失敗や悪いことが起きたときに、最悪の事態は何かを想定して冷静に考えてみてください。もしかしたら、最悪の事態だと思っていたことが意外とたいしたことではないと気づくかもしれません。たいしたことだと思っても、友達に相談してみるといいでしょう。起こりうる最悪の事態がどのくらいかを認識することで、リスクを正しく評価できますし、それが客観的に、相対的に見て、たいしたことではないと思ったのならば、ほとんど不安を克服しているのと同じことです。

以上で私の講義を終わりにし、浅羽先生とのクロストークの中で、さらに掘り下げていきたいと思います。ありがとうございました。

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