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「幸せのストーリー」が見つからない時代

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普通に生活しているように見えて「生きる意味がわかりません」と語る人がいる。長年「生きづらさ」を抱える人と向き合ってきた内科医の鈴木裕介氏は「現代はSNSで他人の幸せが目に入るようになり、自分の人生に不安を覚えやすい。特に他人の感情を優先しがちな『よい子』ほど、生きづらさを抱えてしまう」と指摘する――。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kieferpix)

診察室の中だけでは解決できない

私は都内で内科の診療所をやっている医師です。10年ほど前、身近な人の自死をきっかけに、医療職のメンタルヘルス支援活動を始めました。公私問わずさまざまな相談を受けるなかで、彼らが抱えるさまざまな「生きづらさ」に触れてきました。

大半は病気などによって本来の生きる力が一時的に失われているケースなのですが、それとは毛色の違う、永続的に続くような深刻な「生きづらさ」を抱えているケースがあります。そうした人たちがもつ苦悩は、私が「医師」として診察室の中だけで関わるだけでは、解決に至ることがほとんどありませんでした。

今は、自分の手の届く範囲のSOSに対して、医師の職務としてではなく、ひとりの個人として向き合うことをライフワークとしています。彼らが抱えている根源的な「痛み」の生々しい現実や、そこから人生を回復させていく鮮やかな変化の様子をみながら感じたことを、SNSに投稿したり、文章にしたりしています。

中でも「自己肯定感」についてのツイートやコラムは特に反応が大きいのです。ふだん普通に生活をしているようにみえていても、心の奥に深刻な生きづらさを抱えながら、それを隠してギリギリで生きている人が相当数いるのだろうと強く感じています。

一流大学を出ても自分を肯定できない

「先生、私は自分が生きる意味がわかりません」
「自分がこの世に生きてていいって、どうしても思えないんです」

こんな言葉を、私に伝えてくれた彼女は、普通の人から見たら「恵まれた家庭」に生まれ、いわゆる「一流大学」を卒業した、誰もがうらやむような華美な経歴の持ち主でした。聡明な知性を持ち、仕事においても「尋常でないほどの」努力家で、職場からも取引先からも全方位的に評判の良い人物でした。しかし、その他者評価からは想像できないほど、低い自己肯定感をもっていたのです。

「自分に自信がほしくて、努力してきました。そのおかげで、行きたかった大学、行きたかった会社に行くことができました。でも、ホッとしたのはほんの一瞬だけ。今も、振り落とされないように必死でしがみついています」
「この先、幸せになれるイメージが、全く湧かないんです」

泣きながら、絞り出すようにそう伝えてくれた彼女は、「存在レベルでの生きづらさ」を抱えているように思えました。彼女のような苦悩を持つ人の話を聴くたびに、この時代に幸せになることの難しさを痛感するのです。

彼女は、「自分の物語」を生きられていませんでした。自分ではない誰かのための人生を、誰かのための感情を、生きさせられているようで、その先の見えない苦しさにあえいでいるように感じました。彼女のように、自分を肯定できずに苦しんでいる若者にふれる度に、現代において「自分の物語」を生きることの必要性を痛切に感じるのです。

社会が豊かになると「生きる意味」を見失う

過去、人間は常に生存の危機とともにありました。戦争、飢餓、病気、差別など、その生命を全うできない危険性がある環境においては、動物的な生存本能が発揮されやすく、生きることそのものが目的たりえました。しかし、社会が豊かになり、命の危険がないことが当たり前になってくると、「生きること」それ自体の意味を見つけることは難しくなります。

哲学者バートランド・ラッセルは、「人々の努力によって社会がよりよく、より豊かになると、人はやることがなくなって不幸になる」と主張しました。

社会が豊かということは、人が人生を賭して埋めるべき大きな「穴」が無い状態です。たとえば「国家」とか、「社会」とか、これをより良くすることに自分の人生をささげようと思えるような、「大義」が見つかりにくくなるのです。そうなると、自らが生きるモチベーションは自分で見つけるしかありません。

「自分の物語化」が必要な時代

そこで必要になるのが「自分の物語化」です。自分の物語化とは、これまでの人生で連綿と起こってきた出来事に対して、自分なりの解釈をつけていくことです。例えば、大切な人と死別し、悲しみでやりきれなくなってしまったとしても、「この喪失の経験から得たものを、誰か他の人の役に立てよう」と思うことができれば、また前に進めます。

起こった出来事に対して、主観的に自分が納得できるような意味付けをしていくことで、挫折から前向きに立ち直ったり、成功体験を自信に変えたりすることができます。そうした「自分を編集するような作業」の中で、自分の生き方に物語性を見いだせれば、当面の生きる意味を得ることができ、生きやすくなれるのです。

自分の物語に納得することは、自己を肯定することとほぼ同義です。ありのままの自分の人生を「これでいい」と肯定できないと、自分以外の誰かの軸で生きざるをえない。自分の物語をつくるということは、自己肯定感の問題の中核にあると考えています。

「生きづらさ」を抱える人が増える背景

「人は、自分の物語にすがりついて生きている」

これは、臨床心理学者の高垣忠一郎先生の言葉です。すがりつくべき物語がなければ、ひとは生きていくことができません。たとえ、それが不幸の物語であったとしても、その人が生きていくためには必要なのです。

いま、生きづらさを抱える人が増えている背景には、これまで信じられてきた「幸福へ続く物語」が、徐々に誰にでも当てはまらなくなってきたことが挙げられます。すこし昔であれば、「いつかはクラウン」とか、「郊外にマイホームを買って、大型犬を飼う」のような、幸せのモデルになるような明確なサクセスストーリーがあって、その物語に乗っかっていれば、誰もが幸せなれると信じられていました。

しかし、事態はそう単純ではなかったのです。経済学者R.フランクは、所得や社会的地位、家や車など、他人との比較優位によって成立する価値によって得られる幸福感の持続時間はとても短いことを明らかにしました。つまり、サクセスストーリーの先にある「サクセス」は、われわれに永続的な幸せを与えてくれるものではなかったのです。

そうした時代背景の中で、「幸せに生きる」ためにはどうしたらいいか。いま私が暫定的に定義している「幸せな状態」とは、「自分が紡いだ自分の物語に、自ら疑念や欺瞞を抱くことなく、心から納得し、その物語に全力でコミットできていること」ではないかと思っています。死ぬまですがりつくことができるような「自分の物語」を生きることができたら、それはとても幸運なことです。

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