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訂正:消えゆく地元の「人情すし屋」 高級店やチェーン店の谷間で淘汰


[東京 21日 ロイター] - 「大将、生ちょうだい」。常連客の藤沼靖雄さん(76)が、カウンターに座り昼間から生ビールを注文した。「病院から来たんだ。姉ちゃんが亡くなった」。たばこを取り出し、吸い口でカウンターをトントンとたたいた。

「お姉さんのこと、よく看病したねえ」。包丁を持つ手を止めた店主がいたわる。藤沼さんの姉は銭湯帰りによく顔を出した。ビールを飲みすしをつまみ、つえをついて近くの自宅まで帰っていった。店主と客はカウンターを挟んで、故人が元気だった数年前の思い出を語り始めた。

庶民の足として親しまれる都電荒川線・面影橋駅に近い下町の一角。福綱正敏さん(63)と妻みつ江さん(61)が営むすし屋「永楽」は今年で営業35年目になる。

10人ほどしか入れない小さな店だが、永楽には家族経営の温かさに引かれた普段着の客が集まる。店を訪れ、問わず語りにつらい話やうれしかった話を始める人もいる。近所の常連たちにとって、永楽はすしをさかなに人生を語り、人の情けに触れ、様々なつながりを楽しむ特別な居場所でもある。

<相次ぐ廃業、さびれる下町>

観光マップやグルメ本には縁がなくても、地元に根付き、人々の暮らしに溶け込んでいる「人情すし屋」。永楽のような、家族や個人で経営するすし屋は、小規模ながら地域のコミュニティーの核として、庶民の味であるすしを育て、その文化を広げる重要な役割を果たしてきた。

和食がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に認定され、その代表格であるすしも海外各地で空前のブームを呼んでいる。しかし皮肉にも、日本のすし食の担い手となってきた国内の小規模なすし屋には淘汰の時代が続き、多くの店が次々と廃業に追い込まれている。

中小の店が参加する東京鮨商衛生同業組合によると、2008年に都内(訂正)で約1500店あった加盟数は今は750と、10年でおよそ半分に減少した。雑誌を飾るような高額な店と回転ずしのような安価なフランチャイズにすしの需要が二分され、その狭間で、個人や家族で切り盛りするすし屋の経営が圧迫されているためだという。

「みんな行くのは、一皿100円の回転ずしか、テレビで紹介されるような銀座の高級店だね」と正敏さんは言う。「その中間にあるうちみたいな店は、やっていけないんだろうね」。

永楽の近所では、ここ10年の間に家族経営のすし屋が3軒廃業した。大型店の攻勢や通信販売の普及により、個人経営の店が競争力を失ってしまったという現実もある。「たぶん10年前に閉めた電気屋が最初だな。いや向かいの魚屋だったかな」。「その後、確か肉屋がなくなり、次が中華料理の店だった」。通りを歩く人たちから、消えた店の名前が次々と飛び出した。

<「婦唱夫随」で店を切り盛り>

永楽はチェーン店に対抗し、昼も夜も料理の価格を10年間据え置いている。昼のにぎりセットは800円から。夜は飲み物代を入れて1組あたり5000円前後。コストを抑えようと、正敏さんは毎朝、ホンダの二輪で豊洲市場に仕入れに出かける。

美味いすしを握るため、じっくりネタ選びをし、その日売れる量だけを仕入れる。長男は都内の大型すしチェーンのマネージャーを務めているが、自ら豊洲に足を運ぶことはなく、業者に大量注文しているという。

「電話とかファックスとかネットで注文したら、(価格が)3割増しだよ」。

しかし、懸命な努力にもかかわらず永楽には、昼間の常連客だったサラリーマンや町工場の従業員がずいぶん前から姿をみせなくなった。彼らの仕事が海外などに移管されたためだ。その1人だった医療関連メーカーの重役は今でも毎年、部下を通して会社のカレンダーを店に届けてくれる。しかし、そのカレンダーがかかる店内には、かつてのにぎわいはうかがえない。

午後5時、看板の明かりがつき夜の営業が始まると、みつ江さんはホワイトボードに書かれた「本日のネタ」からイワシを消した。価格が高騰しているからだ。温暖化の影響か、たまたま水揚げがないのか、不漁の年なのか、業者から返ってくる答えはいつも違うという。いずれにしても、今夜の客にイワシは握れない。

「すし屋を続けられる唯一の理由はね」と正敏さんが話し始める。「ええと、何を言おうとしたんだっけ」と傍らにいるみつ江さんに話しかける。みつ江さんはコンロにかけたみそ汁をかき混ぜながら答えた。「子どもたちはもう大きくなったし、自分の店を持ってるし、夫婦なんとか食べていけるからよ」。息の合った「婦唱夫随」が店を守り、支える原動力でもある。

いつ引退するかわからないが、2人とも長男に店を継がせるつもりはない。「息子には自分の道を歩んで、自分の家族のためにがんばってほしい」と正敏さんは語る。

2年前に子どもや孫たちと出かけたグアム旅行もたった4日間だった。福綱夫妻が何日も休むことはない。「店を閉じたと思われたくないのよ」とみつ江さんは言う。

店をたたむ作業は、人目を避け夜中に行われることが多い。近所の人々は翌朝、封鎖された入り口にはられた「長年のご愛顧に感謝します」といった走り書きをみて、現実を知る。やがてその入り口はツルに覆われ、葉が茶色く色あせ落ちる。それとともに人々の記憶からも消えていく。長年かけて育て上げた永楽を、そんな店にはしたくない。

<「ぜいたくはできない」>

壁の時計が8時を回った。カウンターにいた坂野隆一さん(63)が、ボトルキープしているシーバスリーガルをグラスに注ぐ。坂野さんが店に通ってもう何十年も経つ。都内のあちこちの建設現場でクレーン運転の仕事をしている坂野さんにとって、永楽は人生の伴走者のような存在だ。

「まーくん(店主の正敏さん)とは50年来の付き合い。好き嫌いが激しい私のことも知っている」。そして、坂野さんは付け加えた。「(正敏さんの)息子さんがね、『親父のすしは日本一』って言うのよ」。

この先もらえる年金は少なすぎておぼつかない。一体、いつまで働けるのだろうか。2人の会話は、いつもこの辺りの話題が中心だ。「ここら辺の人はみな年金暮らしだからね。ぜいたくはできない」と言う坂野さんに、「俺たちもすぐにそうなるよ」と正敏さんが笑いながら応じた。坂野さんは、毎朝、安全ベルトをつけてクレーンに乗り込む仕事がきついと感じるようになった。

「表通りのレストランのこと聞いた?。銀行が買い取ったんだってさ。ローンが返せなかったらしい」と坂野さんが言うと、「あの場所、どうなるのかしらね」とみつ江さんが割り込んだ。「ギョーザ屋とか、ファミレスになるんじゃないかな」と坂野さんが続けた。

師走の夜が更けすっかり暗くなった下町の一角に、永楽の温かな明かりが広がる。

「きょうは娘の誕生日なんだよ」。一人暮らしの坂野さんが家族のことを口にした。みつ江さんが黙ってうなずく。話はそこで途切れ、彼らはテレビ画面に目を向けた。

*7段落目の「全国」を「都内」に訂正します

(斎藤真理 編集:北松克朗)

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