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「残業ありきのライフスタイル」は、なぜ日本に定着したのか


 日本における残業の歴史を振り返り、日本中に残業文化が根付いてしまった背景を考察したいと思います。

 そもそも残業とは、いつ頃から行われていたのでしょうか。日本における「残業」の考え方は、明治時代初期に「工場労働」が発生したところから始まります。

 農作業の場合、仕事ができる時間は日中に限られていますが、工場であれば夜でも稼働できます。そして働けば働くほどものが作れて、ものが不足していた時代では作れば作るほど儲かります。

 だから、「儲けるため」に「働き続ける」のです。工業生産の時代には時間をかければかけた分だけ「利益」が上がったのです。

 当時は昼夜関係なく、子どもや女性、年長者までも駆り出して14時間も16時間も働かせていました。そうした過酷な労働の様子は、細井和喜蔵が記した『女工哀史』に描かれたことでも有名です。

 しかし、まだこの頃に「残業」という概念はありません。所定の労働時間の取り決めやルールそのものがないので、そこからあぶれる超過の時間を「残業」と呼ぶことがないからです。

 その頃は労働時間の制限自体がなく、「所定時間を超えた労働=残業」よりは、より単純な意味での「超・過重労働」が問題だったわけです。

 これが見直されたのが、1911年の「工場法」の制定です。工場法によって、女性と子どもに関してですが、この国の労働時間に初めて法的規制ができました。

 さらにこの頃、アメリカからフレデリック・テイラーによる科学的管理法(労働者管理の方法論)が伝わり、長時間労働で倒れるまで働かせることはむしろ「能率が悪い」と考えられ始めます。

 ちなみに、日本で「残業」という言葉が定着し始めたのは、1930年代半ば頃とされています。

 そして戦後、残業の歴史にとってエポック・メイキングだったのが1947年の「労働基準法」制定です。これにより、法定労働時間は1日8時間、週48時間と定められました(その後、1987年に週40時間に改正、1994年施行)。

 しかし同時に、労使間で取り決めを結べばその上限を超えることを認める、労働基準法第36条も定められました。

 この通称「36協定」そして「特別条件付36協定」さえ結べば、制限はありながらも事実上、青天井で労働できるようになったことが、残業が日本の企業文化に根付いた「分水嶺」の一つでしょう。

 しかし、残業はつねに悪者扱いされてきたわけではありません。

 日本企業にとって人件費の中の残業代というコストは、景気が良くなれば上がり、悪くなれば下がる「景気変動に合わせた調整弁」として機能していました。日本企業は「人員解雇」をしないかわりに、「残業をさせないこと」で生産量を減らし、コストを削減していたのです。おかげで、日本では解雇があまりおこなわれません。

 さらに時代を遡れば、労働争議が盛んだった1950年代には、会社や経営に従順な労働者には残業させ、従順でない者や過激な思想を持った労働者に対しては残業をさせない、「ごほうび残業」なる言葉までありました。

 つまり、残業代は「ごほうび」だったのです。しかし、いったん手にしてしまうと、人はこの「ごほうび」を手放せなくなり、家族もそうした生活に最適化していきます。

 長時間労働でなかなか家に帰ってこない夫の不在を前提に、専業主婦が家事や育児を1人で行います。これが「夫は外で仕事、妻は家で家事」という性別役割分業です。

 それが当たり前になると、妻は残業代を生活費として認識し、手放せなくなります。かくして家族も「残業ありきのライフスタイル」を「学習」してしまうのです。

 以上、中原淳、パーソル総合研究所による共著『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社新書)をもとに構成しました。2万人を超える調査データを分析し、あらゆる角度から徹底的に残業の実態を解明しました。

●『残業学』詳細はこちら

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