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「百手先よりも今の局面」羽生棋士が実践している考え方

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 みなさま、こんにちは。将棋の棋士をしている羽生善治と申します。今日は私がふだん考えていることをテーマごとに話させてもらえればと思います。

 最初にまず「好きなことに取り組むこととは」というテーマでお話をしたいと思います。

 好きなことに取り組むというのは誰しも楽しいことだと思いますが、アスリートの人たちからもよく聞かれるのが「楽しんで競技に打ち込みたい」という主旨の発言です。

 その人が持っている才能や能力がどういうときに一番発揮されるかと言われたら、それはまちがいなくリラックスして楽しんでいるときだと私も思っています。ただ、いつ、いかなる状況においてもリラックスして楽しんでいられるかと言われたら、現実的には難しいときもあるでしょう。

 私も棋士になってから30年以上の月日が経っていますが、プレッシャーや緊張感を感じることは今でも日常茶飯事です。

 そういうときは「けっして最悪の状況ではない」と考えます。物事に打ち込む状況として一番適さないのが、やる気がないときです。やる気がなければ、才能や技を持っていても宝の持ち腐れになってしまいます。

 しかし、プレッシャーや緊張感を感じているときには、少なくともやる気があります。

 さらに視点を変えて考えると、プレッシャーなどを感じているときは、そこそこよいところまで来ているケースが多いと思っています。たとえば150㎝のバーを跳べる高跳びの選手がいるとします。

 100㎝のバーを目の前にしてもその選手にプレッシャーはかかりません。楽勝で跳べるからです。200㎝のバーでもプレッシャーはかかりません。跳ぶのは無理なのでプレッシャーもかからないのです。

 ところが、155㎝や160㎝になってくるとちがってきます。「もしかしたら跳べるかもしれない」「いや、跳べないかも」と迷います。プレッシャーというのは、そういう状況のときにかかりやすいのです。

 プレッシャーがかかるのは、ある程度の手応えを感じているからこそで、あともう少しでブレイクスルーできる、目標に達成することができる、次の段階に進むことができる、そんなときが多いように思います。

 もうひとつ言えるのは、その人が持っている能力や才能は、緊張感や緊迫感によって開花するケースがあるのでないかということです。

 私自身も棋士として、いつが一番深く考えているかというと、それはまちがいなく公式戦です。しかも「待った」ができない状況で、時間に追われているときです。一番たくさんのことを考えられるのは、まさにこういうときなのです。

 ひとくくりに緊張感と言いましたが、緊張感には悪い緊張とよい緊張があります。悪い緊張は身体がこわばり、ガチガチになってしまい、身動きがとれない状況です。

 一方、よい緊張は身が引き締まる、そういう状況です。身が引き締まるというのは、ある程度の力が入っている。それが適切でちょうどいい力加減です。「楽しんで競技に打ち込みたい」と話すアスリートの人たちも、自分が持っているものを力いっぱいに発揮するために、いい案配で身が引き締まる状況をつくっているのではないか。そんなふうに思うわけです。


多様なものさしが大事

 次に「好きなことや物事への努力はどうしたら続けていけるか」ということについてお話します。私自身は“ものさし”が非常に大事になると思っています。人は誰しも生まれたときから大きくなるまでにさまざまな経験をし、大小さまざまなものさしをつくっています。

 たとえば、1週間の練習をして、竹馬に乗れるようになったとします。すると「1週間で竹馬に乗れる」という短いものさしがひとつできあがります。

 次に一輪車に挑戦することになったとします。一輪車は竹馬よりも難しいので、乗れるようになるまでに「2週間はかかるかな」と考えます。このように、自分自身が過去にやってきたこと、あるいはできなかったことのものさしと照らし合わせ、どうなるかを考えるわけです。

 長いものさしでは、例として語学があります。語学を習得するために勉強を5年間して、その言語を話せるようになったとします。すると、5年間という長いものさしができます。このものさしができると、次に別の語学を学ぼうと思ったとき、少なくとも3年や5年はかかるだろうなと考える。

 それはどんな物事にも言えることです。誰しも一生懸命にやっているあいだは、不安や不満を感じることが出てくるものです。けれども、長いものさしや短いものさしをたくさん経験したり、発見していれば、自分のなかにある不安や心配を軽減させてくれることが多々あります。さらに、たくさんのものさしを持っていることは、前に進むときの大きな判断基準になるのではないか。私はそう考えています。

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