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植物状態の「グレイ・ゾーン」にいる人にも、意識があるとしたら…… 『生存する意識』 - 東嶋和子 (科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師)

(KatarzynaBialasiewicz/iStock/Getty Images Plus)

『眠れる森の美女』のオーロラ姫を想像していただきたい。魔法をかけられたために、眠っているように見える、生きているのに意識があるのかないのかわからない状態。

現実世界においては、魔法ではなく、予期せぬ事故や病気のせいで「グレイ・ゾーン」と呼ばれる曖昧な領域に閉じ込められる可能性がある。植物状態や昏睡状態の人たちだ。

意識があるのに伝えられないだけだとしたら……

「死ぬ権利」をめぐって争われた米国のカレン・アン・クインラン裁判や、「生きる権利運動」と衝突した米国のナンシー・クルーザンのケースなどに象徴されるように、深刻な脳損傷がもたらす生死をめぐる問題は、法的にも社会的にも、そして患者本人や家族らの心理にも大きな波紋を投げかけずにはおかない。

生命維持装置をはずすか否かの判断は、患者の事前指示書や「リビング・ウィル」だけに頼るべきなのか? もしそうなら、指示がない場合はどうするべきなのか?

そもそも、目の前で眠っているように見える患者本人には思考や感情が本当にないのか? 意識があるのに伝えられないだけだとしたら、彼らはどう思っているのか?

本書は、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)などの最新脳スキャン技術を用いて、グレイ・ゾーンにいる人びとに「意識」があることを見つけ出した神経科学者の自伝的科学読み物である。

グレイ・ゾーンにいる人との意思疎通の方法を、著者らがどのようにして突き止めていったのか、そして、いまや急速な発展を遂げている脳科学のこの分野が、科学や医学のみならず、哲学や法律にどれほど大きな影響を与えているかを、著者の心の旅路をたどりつつ、描き出している。

植物状態の人の15~20パーセントは、
応答できなくても完全に意識がある

著者のエイドリアン・オーウェンは1966年、英国生まれの神経科学者。現在は、カナダのウェスタン大学脳神経研究所認知神経科学・イメージング研究部門のカナダ・エクセレンス・リサーチ・チェアーである。「植物状態の患者に関する研究により、脳損傷患者のケア、診断、医療倫理、法医学的判断といった幅広い分野に新たな観点をもたらした」と、著者略歴にある。

英国とカナダにおける四半世紀にわたる認知神経科学分野の先駆的な研究によって、著者は、「物事を認識する能力が皆無だと思われている植物状態の人の15~20パーセントは、どんなかたちの外部刺激にもまったく応答しないにもかかわらず、完全に意識がある」ことを見出した。「損傷した体と脳の奥深くに、無傷の心が漂っているのだ」と、著者は語る。

『生存する意識――植物状態の患者と対話する』(エイドリアン・オーウェン 著、柴田 裕之 翻訳、みすず書房)

冒頭、女子大生エイミーのケースが紹介される。頭を縁石にぶつけた事故で植物状態になり、生命維持装置につながれている。

延命措置の事前指示書がないのだから、生命維持装置をはずし、死なせてあげることを考えるべきではないか? 本人も望んだだろうことではないか?

医師たちにやんわりと伝えられた両親は、愛娘を著者の研究室に搬送した。そこでは、深刻な脳損傷を負った患者や、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患が進んだ患者を検査している。

<私たちは、信じられないような新しいスキャン・テクノロジーを使って患者の脳と接触し、脳の機能を視覚化し、内部の様子を徹底的に調べる。すると、人間がどう考えたり感じたりするかが明らかになり、意識の基盤や自己感覚の構造もわかってくる。つまり、生きているとはどういうことか、人間であるとはどういうことかの本質が浮かび上がるのだ。>

詳細なスキャンの結果、エイミーはただ生きているだけでなく、完全に意識があることがわかった。まわりで交わされる会話を一つ残らず耳にし、病室に入ってくる人を全員認知し、自分に代わって下される決定をすべて聴いていた。

筋肉を動かせないので、「私は今もここにいます。まだ死んでいません!」と周囲に告げるすべがないだけなのだ。

患者の生命力のみならず、人間の愛の強さに圧倒される

本書では、エイミーのように、著者が研究生活のなかで出会い、そこに確かに生きていることを見出してきた患者たちの事例が時系列に沿って語られる。

fMRI装置に入った患者に、「答えがノーなら、テニスをしているところを想像してください」と指示したり、ヒッチコックのサスペンス映画を見せて、鮮やかな色の斑点として描き出される脳活動を健常者と比べたり。

患者と家族のいまにも壊れそうな心にそっと寄り添いつつ、信頼性の高い方法をなんとか見出そうと試行錯誤する著者や同僚たちのたゆまぬ努力には、胸を打たれる。

12年間も植物状態と思われながら、完全に近い認識能力を保っていたスコット。ヒッチコックの映画を使った検査で意識が確認された映画好きのジェフ。回復したあとで、グレイ・ゾーンにいたときの経験や気持ちを語るケイトやフアン。

一人ひとりの患者と真摯に向き合い、検査方法を改善していくなかで患者とのコンタクトに成功し、意思の疎通ができたときの感動が、読者にも伝わってくる。

植物状態と診断されても、愛する人には意識があり、いずれ回復するのだと固く信じている家族の奮闘にも胸が熱くなる。10年以上も毎週末に息子を映画に連れて行った人、床ずれを防ごうと19年間ずっと1時間おきに夫の体を動かした人。患者の生命力のみならず、人間の愛の強さに圧倒される。

「私は何かせずにはいられなかった。モーリーン(著者の元恋人)や、私たちがスキャンした患者たちのためにだけではなく、スキャナーに入って、内なる声を聞いてもらう機会をまだ得ていない、無数の声なき人々のためにも」と、著者は吐露している。

「意識とは何か」をあらためて問い直す

本書の全編を通じて通奏低音のように語られるのが、著者の母親とかつての恋人の脳の病気。さらに、著者自身の少年時代の悪性リンパ腫からの生還体験である。

著者と同じ神経心理学者だったモーリーンとの恋と別れ。臨床か研究かと激しく口論した苦い思い出。運命のいたずらのように、モーリーンはくも膜下出血で植物状態と診断され、ついに回復することなく約20年後に逝ってしまう。

こうした経験に育まれた共感や使命感が著者を衝き動かし、グレイ・ゾーンにとらわれた人の声をなんとか聞きたい、虚無の淵から救い出したい、と研究に向かわせるのだ。

「グレイ・ゾーンの科学とは、あらゆる人生の価値を肯定すること」。そう語る著者と周囲の人びとの旅路に、何度も落涙した。

「グレイ・ゾーンは私たちに、意識はあるかないかのどちらという問題ではないことを教えてくれる。オンかオフか、黒か白かで決着をつけるような問題ではない。グレイにはさまざまな色合いがある」と、著者はいう。そのとおりだと思う。

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