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ひとはなぜ、同じ話を繰り返すのか

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ただ組織が大きくなるほど、難しくなるのは道理だ。だから、たとえばプロマネは部下のリーダークラスに指示を出したら、さらに一階層下のメンバーにちゃんと伝わっているか、自分で確認したりする。たとえ部下たちが「前にも聞いた」「耳タコだ」などと感じても、伝えなければならない。マネジメントが「人に働いてもらう」ことである以上、指示を徹底することはプロジェクト・マネジメントの生命線だからだ。

これはたとえば、噂に聞くトヨタのしつこさ、にも通じる。自動車生産の系列は巨大だから、その末端まで思想を浸透させようとすると、たしかに同じ話を何度も繰り返すことになる。以前紹介した、フランス人作家パレの小説「ザ・ジャストインタイム」の中に、それを物語るジョークがあった。トヨタ生産方式では、在庫量を湖の水位にたとえ、水位を減らせば隠れていた岩(問題)が見えてくる、という話をよくする。ところが、あまりにもこのたとえ話を何度も聞かされるので、

「ペルーでフランス人と日本人とアメリカ人が工場を建てようようとしていた。だがゲリラに捕まって人質にされ、資本主義の手先だから銃殺すると言われた。ゲリラは3人に、最後の言葉を残すことを許した。フランス人は『フランス万歳!』と叫んで撃たれた。次は日本人の番で、『では湖と岩について話したいと』言った。その途端にアメリカ人が飛び出してきて、銃口の前でシャツの胸をはだけて叫んだ。『湖と岩の話をもう一度聞かされるくらいなら、先に撃ってくれ!』」(p.264)

という訳である。

トヨタ生産方式なら、一応そこに理屈があるわけだが、理屈抜きにそれを繰り返し聞かされるとなると、もはや宗教の領域であろう。それこそ同じ祝詞やら念仏を、1千回、いや百万遍くりかえす、というのは、マントラを深層心理に植え付ける効果があるに違いない。

ただしまあ、ずっと何度も繰り返すだけというのは、伝達の手段としては芸のない話だ。人に何かを理解してもらいたいのなら、むしろ、その内容を他の人に伝えさせる、という方がずっと有効である。人に教えには、自分が理解していないとならない。だから人に教えさせるのが、一番勉強になる。つまり間接教育である。

それにしても、同じ話を何度しても、相手に全く伝わらない場合も、けっこうある。つまり、相手に「聞く耳がない」という事態である。とくに相手が、思い込みの強い人だったり、「信念の人」だったり、あるいは年配者だったりする場合である。こういう人達は、ひとのいうことをあまり聞かない。むしろ逆に、自分たちは同じ話(彼らの持論)を、何度もしたがる。こういう人達も社会には一定数いるので、つき合い方を考えなければならない。

そして、こういう人に出会うたびに、なんとなくわたしは「コミュニケーション伝導度」の測定器が発明されればいいのに、と思ったりする。コミュニケーション伝導度とは、熱伝導率と電気伝導度などと類似の概念で、

[相手の理解の増加量] = [コミュニケーション伝導度] × [自分の理解度 — 相手の理解度]

によって定義される量だ。コミュニケーションとは基本的に、ある事実や思考について、理解のギャップを埋める行為である。自分と相手の理解度の差が、いわば差圧というか、Driving forceになる。そして、相手のコミュニケーション伝導度が高ければ、こちらの話す情報が、相手にすっと入っていく。伝導度が低いと、何度話しても伝わらない。

なので、相手の伝導度が0.3だと分かれば、(うーむ、この相手には3回以上、同じ話を繰り返さないと伝わらないな)といった判断ができるようになる。0.5なら、2回ですむ。もちろん、理想的な聞き手の伝導度は1である。一度いえば、なんでも100%すっと理解してくれる。伝導度ゼロの人は、何を言っても決して受け付けてくれない。話すだけ時間のムダである。

これを測定するスマホアプリができたら便利だろうな。誰か発明してくれないものか。

ただ、言うまでもないが、こうした伝導度というのは、相手だけでなく、話題の種類に依存する。誰だって、自分が聞きたい話に対しては、伝導度が高くなり、聞きたくない情報に対しては低くなる。そして、こちらの話し方にも依存する。だからこそ、「伝え方のテクニック」というものが存在するのだ。

拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』にも書いたとおり、わたしは、「発信者責任の原則」が、世界のビジネス上のコミュニケーションにおけるデフォルト標準だと考えている。情報を伝えるのは、発信者の責任である。だから話し手は、相手が理解したかどうかを確認し、伝わるまで繰り返し話すべきだし、あるいは伝え方を工夫していくべきだ、と考えている。

あいにくわたし達の社会におけるデフォルトは、「受信者責任の原則」である。教師が教壇から何かしゃべったら、生徒はそれを聞き漏らしてはならない。理解できないのは、生徒の側に責任があり、だから試験で罰せられるべきだ、となる。分からないのは、分からない奴がバカだ、という論理である。講演をしても、質問の時間に皆、あまり手を上げない。質問するのは理解できなかったことを意味し、それは頭の悪い証拠だ、となるからだろう。

わたし達はそろそろ、こうした上意下達型の論理から卒業すべき時が来ている。むしろ、現場の側から、マネジメントに対して、いろいろな不便や問題点を伝える必要のある時代なのだ。そうした話は、管理者の側にはたいてい都合の悪い話題なので、伝導度が低く、そう簡単には伝わらない。だが、正しい情報が上がってきてこそ、マネジメントは適切な判断ができるのだ。である以上、わたし達は、繰り返し伝える勇気も持たなければならないことになる。

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