首都圏の私立中高一貫校の「学校勢力図」が激変しつつある。中学受験塾代表の矢野耕平氏は「存亡の危機にあったような学校が、校名変更などで一流校になるケースが相次いでいる。凋落した名門校もあり、親世代のイメージで学校選びをしてはいけない」と警鐘を鳴らす。私立中の旧名門・新名門の実態とは――。

■かつての「不良学校」は、いまや一流の進学校
数年前、タクシーに乗っていたときに60代くらいの運転手から職業を尋ねられた。「中学受験を専門にしている塾講師です」と返答すると、運転手は懐かしそうに話をした。
「俺のいた学校だってずいぶん難しくなったって聞いたもんなあ。俺が在学していた当時は、近隣から『不良学校だ』って嫌われていたんだよね。ま、実際塀を乗り越えて学校を抜け出すヤツとか普通だったし、ロクデナシが集まっていたよ(笑)」
ちょっと興味をそそられたわたしは、「どちらの学校ですか」と聞いてみた。「攻玉社だよ」と運転者は答えた。中学受験の世界で、現在、攻玉社(東京都・品川区)は難関校の一角に位置する男子進学校である。最近は東京大学にコンスタントに10数名~20数名の合格者を、早慶には約200名の合格者を輩出しつづけている。「四谷大塚結果80偏差値一覧」(2018年入試)では偏差値55(2回目入試は偏差値61)となっている。
しかし、かつての攻玉社はいまの姿とは大きく異なっていたのである。
■30年で激変した「学校勢力図」とは
「中学受験」は、以前は限られた子どもが挑む世界であった。しかし、いまの小学生の親世代は中学受験に対する心理的抵抗が少ないとわたしは考えている。
それは一体なぜだろうか。
1990年度前後に「中学受験ブーム」が到来した。この時期は、小・中学校の学習指導要領が改訂され、そこに盛り込まれた新学力観への賛否が渦巻いたり、大学入試センター試験が導入されたり、公立中学校でいわゆる「偏差値追放」(偏差値による進路指導や業者テストの禁止など)が起こったりした。揺れ動く公教育に対して不信感を抱いた結果、主として首都圏において私立中学入試に挑む子どもたちの数が激増した。
当時、中学受験を経験した世代は、現時点で40歳前後である。つまり、いまの小学生の親世代である。自身も中学受験を選択したのであれば、当然わが子も同じルートで……と考える親が多くなるのは自然なことだろう。
しかし、約30年前に親が受験をしたころの感覚で、いまの私立中高一貫校を評価しようとしてはいけない。なぜなら、この30年で首都圏の私立中高一貫校の「勢力図」は激変しているからだ。
それは冒頭の「攻玉社」の例でも理解できるだろう。
■1985年度と2018年度「偏差値上位校」の顔ぶれ
論より証拠……ということで、次の表を見てほしい。1985年度と2018年度の大手中学受験塾・四谷大塚作成の首都圏中学入試の偏差値上位校一覧である。
各校の難易度の変化に驚かれたかもしれない。かつては名門校とされていた学校が凋落していたり、「聞いたこともない」学校が難関校として君臨していたりするように感じられるのではないか。
■近隣同士の男子進学校 巣鴨vs.本郷
ここで、同じ東京・豊島区にある巣鴨と本郷という男子進学校を例に挙げてみよう。
教育方針の一つに「文武両道」を掲げる本郷。今年、花園進出(全国高等学校ラグビーフットボール大会)を見事に決めたラグビー部をはじめ、陸上競技部、科学部、社会部などは全国レベルの実力を誇る。
その本郷が進学校として頭角を現したのはいまから約20年前、入試回数をそれまでの2回から3回に変更したのがきっかけだ。そして、3回目入試を経て入学してきた生徒たちは当時の男子御三家(開成・麻布・武蔵)や早慶レベルの中学校に惜しくも手が届かなかった優秀層であった。
この層が中心となって、本郷の学力レベルをぐんと押し上げ、結果として難関大学の合格実績伸長につながった。そして、その結果が評判を呼び、次第に本郷を第1志望校とする高学力層が集まり始めたのだ。
興味深いのは、本郷の入試が狭き門になればなるほど、近隣にある男子進学校・巣鴨がレベルを落としていくという「負の相関」が見られたことだ。
本郷は『四谷大塚主催「合不合判定テスト」偏差値一覧表(80%ライン)』の1995年度版によると、偏差値49、その23年後の2018年度版では偏差値62(両年度とも2月2日入試での比較)と劇的にレベルを伸ばしている。
一方、巣鴨は1995年度の2月2日入試の偏差値が64だったのに対して、2018年度は54と10ポイントも下げている。
■巣鴨を受験していた層がどんどん本郷の受験へ
ここから容易に推察できるのは、それまで巣鴨を受験していた層がどんどん本郷の受験へとシフトしてきたことだ。それは一体なぜか。
巣鴨の人気が凋落したのは、徹底した管理教育が年々敬遠されるようになってしまったことが大きいといわれる。たとえば、正月早朝から道場でおこなう寒稽古、褌姿で実施される遠泳、そして校門での「一斉持ち込み検査」(携帯電話の持ち込みは禁止)など、ともすれば「時代錯誤」的なイメージを抱いた受験生や保護者が多かったのかもしれない。
反面、本郷の校風は自由でのびやかなものである。教員たちと生徒たちの距離は近い。そして、授業は生徒たちに勉学を楽しませることで「自学自習」の精神を養っていきたいという思いに貫かれている。
もちろん、偏差値だけで、巣鴨を論難するつもりは毛頭ない。実際、「入口」のレベルは下がったとはいえ、その管理型教育が実を結び、「出口」の大学合格実績は目を見張るものがある。言い方を変えれば、「お買い得」な学校ともいえるのだ。
