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カナダは中国の圧力に耐えきれるのか

さて、数日前のエントリーに引き続き、NHKのBSのドキュメンタリーである「静かなる“侵略”」について再び書こうと思ったのですが、今回は別のことを書きます。

それはなんといっても個人的に気になっている、ファーウェイのCFO、孟晩舟(メン・ワンシェン)女史のカナダにおける逮捕・拘束案件についてです。

もちろん私がこれに注目するのは、彼女が拘束されているのが私の昔の留学先だった場所であり、彼女は私が何度も行き来したことのある地域に住居を構えている、という個人的な理由もあります。

ただしなんといってもこの一件のインパクトが大きかった理由は、私が翻訳してきた文献の中でも、とりわけ国際関係論の「リアリズム」と呼ばれる理論の正しさを証明しつつあるように見えるからです。

すでにご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、私は2007年に、ジョン・ミアシャイマーというシカゴ大学の名物教授が2001年に出版した『大国政治の悲劇』という本を3年半かかって翻訳出版したのを皮切りに、スティーブン・ウォルトの『米国世界戦略の核心』、クリストファー・レインの『幻想の平和』、そしてやや時代はさかのぼりますが、戦中の1944年に出版されたニコラス・スパイクマンの『平和の地政学』、そしてジャーナリストですがリアリズムの理論に理解の深い、ロバート・カプランの『地政学の逆襲』などを訳出・監訳してきました。

これらの本に一貫して共通しているのが、「これから中国は台頭して、アメリカと覇権争いをする」という認識でして、ミアシャイマーの場合は「テロとの戦争」がはじまった年、そしてスパイクマンなどは第二次大戦終結前年から国際政治のパワーゲームを論拠として中国の大国化を予測しておりまして、現在の状況を考えると、まさにそれらは「慧眼」というべきでしょう。

ではこのような「リアリズム系」の本を出版してきた人間として、自分が「日本人に知ってもらいたい!」という考えで翻訳してきた本の正しさが証明されてきたことを喜ばしいと思っているかというと、実際はそうではありません。

なぜならリアリズムの理論の通りに物事が展開されていく様子を見るのは、どうも気持ち良いものではないからです。

その気持ち悪さを実感させてくれるのが、今回のファーウェイCFO逮捕拘束案件に関するカナダ政府の一連の対応と、それを報じるCBC(イギリスのBBC、オーストラリアのABC、そして日本のNHKのような、カナダの公共放送)の、夜のニュース番組の中の一幕です。

この番組では、普通のニュース報道が終わったあとに、今回のファーウェイ案件におけるカナダ政府の対応などについて、CBC以外のメディアの政治担当の記者3人をコメンテーターに迎えて鼎談するという、およそ10分あまりのコーナーがあったわけですが、ここでの3人の下した結論が、

カナダは米中の間に挟まれて事態を進展させられない

という、実に悲哀に満ちたものだったのです。

もちろんカナダは、アメリカとはNATOだけでなくNORADという北米大陸を守るための強固な同盟関係を持っているわけですが、経済的には近年中国との結びつきがますます強くなっており、アメリカとの「法の支配」のような民主的な価値観を共有していなくても、経済的には今後も中国に依存して関係を維持していかざるをえないというジレンマに陥っております。

つまり「安全保障は米国」、「経済(成長)は中国」という板挟みでして、これは日本にもある程度は当てはまる構図です。

普通の日本の感覚から見れば、カナダはアメリカと民主制国家同士で結びつきが強いので、早く孟女史を米国に引き渡してしまえばよいと思うところですが、実際に彼女が逮捕・拘束されてからカナダ側の報道を見て私が驚いたのは、中国側に配慮した弱気の姿勢、というか戸惑いでした。

実のところ、カナダのメディアでも「中国も怖いから刺激しないようにしよう」という意見がかなり見られたのです。

このような姿勢は日本のネット界隈では非常に不評ですが、当のカナダにしてみれば、そもそも米中が衝突するのは大迷惑でありまして、最悪なのはおそらく中国当局が(本稿を執筆している現時点では)2人のカナダ人を拘束し、行方不明であるという点です。

もちろんカナダ政府も本音では中国に実力的な対抗したいのでしょうが、実際にできることと言えば、フリーランド外相がここ数日の記者会見などの席で述べているように、

アメリカから政治的な圧力ではなく、カナダ司法の手続きとアメリカへ引き渡し協定という純粋な司法上のプロセスです

と強調して繰り返すことだけ。

カナダは、国土こそ中国よりも大きい(ロシアに次いで世界第2位)ですが、経済や人口、軍事力の規模など、国力(パワー)では中国にはまったくかなわない状態です。

そのような彼らが、今回のような「自国民の拘束」という事態に実際に直面して、「法の支配」など眼中にない中国に対して何ができるかというと、「外交チャンネルを使って働きかけをしてます」「法の支配です」「政治ではなく手続き上の問題です」と訴え続けることくらい。

つまり中国側にされるがままでありまして、上記のようなメディア関係者たち3人の「カナダは米中の間に挟まれて事態を進展させられない」という悲観的な結論につながるわけです。

ここで参考になるのが、リアリズムの理論書などよく引き合いにだされる、ツキュディデスの『戦史』に出てくる「メロス島民の対話」というエピソードです。

これは当時の強国であるアテナイの使節が、ライバルのスパルタに対抗する上で、まず弱小国であったメロス島の島民たちに「俺たちにつくか、それとも敵であるスパルタ側につくか」と迫った時の対話を再現して記したものです。

メロス島はどちら側につくでもなく「中立状態のまま平和を維持したい」と願ったわけですが、アテナイ側に聞き入れてもらえず、最終的に交渉決裂でから後にアテナイ軍に包囲されて島民のほとんどが虐殺されてしまいます。

この虐殺前の交渉の時にかわされた有名な言葉が、アテナイの使節が語った「強者と弱者の間では、強きがいかに大をなし得、弱きがいかに小なる譲歩をもって脱し得るか、その可能性しか問題になり得ないのだ」というものであり、簡単にいえば「強いものには従うしか選択肢はない」ということ。

これはまさにリアリズムが発動した世界で発生しやすい「弱小国の悲劇」を教えるものですが、現在の中加関係ではこのリアリズムでよく引用されるエピソードの「メロン島の島民」の状態が、まさに実現しようとしております。

ただし私が考えているのは、中国がアメリカとの直接対決を避けながら、あくまでもカナダに対してはさらに猛烈に政治戦を仕掛けてくるというものです。

これはグリギエル&ミッチェルという学者たちが数年前から提唱している、いわゆる「探り」(probing)というものでして、彼らはアメリカの潜在的なライバルで、リムランドの同盟国たちに接しているロシア・中国・イランは、まだパワーが強力なアメリカとは直接的な対決は避けながら、あくまでもその同盟国たちをいじめ抜く作戦に出てくると論じております。

この点において、カナダはリムランドに属しているわけではありませんが、それでも「アメリカの弱い同盟国」として攻撃しやすい対象であることは間違いありません。

結果として、中国はアメリカが直接的に動くまで、カナダに対してさらなる嫌がらせを徹底してくるでしょうし、まだまだ「人質」として中国国内で失踪するカナダ人の数は増えるはずです。

そしてそれに対して、カナダは孟女史に対して、司法手続き黙々と進めるしかできないのです。

繰り返しますが、これから世界ではリアリズムで説明できるようなゼロサム的な政治争いの現象が、とくに米中間を中心に起こってきます。

もちろん世界の文明が「中華圏」と「民主政国家」にスッキリわかれて戦うような状況も願いたいところですが、中国が世界的によほど目に余ることをしないかぎり、ナポレオンに対抗するために七回にわたって結成された「対仏大同盟」に比するような「反中同盟」の結成までには、まだまだ時間はかかるでしょう。

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