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多様化する「患者ニーズ」「サービス」に対応する「医師養成システム」改革を - 上昌広

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医療の「宅配サービス」も

 Amazonのような「宅配サービス」も出現した。日本各地で増加している在宅医療専門クリニックだ。筆者が注目しているのは、「オレンジホームケアクリニック」(福井市)や「おひさま会」(神戸市)だ。 オレンジホームケアクリニック(福井市)については、当欄で以前にも報告した(2018年2月1日「福井市『在宅専門クリニック』で再認識した『教育』の地域格差」)。

 約300人の在宅患者をフォローし、毎年100人程度を看取る。さらに障害児施設(オレンジキッズケアラボ)や 地域住民の交流の場(みんなの保健室)も設けている。

 理事長を務める紅谷浩之医師(42)は、救急専門医から、この分野に転進した。「在宅医療が『病気』をみるツールだとすると これらの場所や仕組みは、『生活』そのものを支え、つながりを創るものだと考えています」と言う。

 紅谷医師のグループの総勢は60人で、医師不足の中、常勤医は5人だ。全国からやる気のある若手が集まっている。

 おひさま会は、兵庫県と神奈川県で5つの在宅クリニックを経営する。理事長の山口高秀医師(44)も紅谷医師同様、救急専門医から転進した。

 山口医師が重視するのは、地域の医療や介護サービスの連携を深めることだ。これまで在宅医療・介護も「縦割り」だった。医療はクリニックと病院、介護は介護支援事業所、看護は訪問看護ステーション、薬は薬局が提供し、利用者からアプローチしなければならなかった。これは高齢者には負担が大きい。

 一方で、サービス提供者の多くは零細業者で、ITを導入したり、大勢の事務職員を抱えることは出来ない。

 山口医師は、自ら事務職員を養成し、情報システムを整備し、別会社(グローバルメディック、神奈川県海老名市)から周辺施設へ提供している。山口医師は「地域に適合した情報基盤と人的サービス提供システムを確立させ、高品質で高効率な在宅医療ネットワークを創出したい」と言う。

 最近、生活の場での看取りは、居宅よりも介護施設が増えている。「介護施設に対するサポートを更に強化することは喫緊の課題(山口医師)」らしい。

 現在、おひさまグループは、5つの在宅クリニックで地域の住民約2300人をフォローする。3分の2は介護施設に入所しており、残りは自宅で暮らしている。毎年450人程度を看取るが、300人程度は自宅で亡くなる。常勤医は9名、非常勤医師20人で、スタッフは総勢130人である。彼らが、患者に合わせて、周辺の医療・看護サービスの利用プログラムを作成している。

 繰り返すが、紅谷医師、山口医師のもとには、全国から多くの若者が集う。彼らは、自らの試みを学術発表しており、英文論文としても投稿中だ。紅谷医師、山口医師ともに、「医師の学びの拠点をつくる」べく、研究機関との共同研究にも投資している。私は、大学病院が今のまま無策を続ければ、このような組織が医局を代替していくと考えている。

さまざまな形の「オンライン診療」

 最後は、オンラインを用いた遠隔診療だ。従来、医師法で診療は対面で行うことが規定されていた。

 2017年7月、厚労省は局長通知で、「テレビ電話や、電子メール、ソーシャルネットワーキングサービス等の情報通信機器を組み合わせた遠隔診療」について、「直接の対面診療に代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合」には認められると規制を緩和した。

 ところが、今年4月の診療報酬改定では、対象は再診の患者に限定され、3カ月に1度は対面診療を組み合わせることが要件となった。日本医師会の反発に配慮したためだろう。「メドレー」社や「MRT」社など複数の企業がオンライン診療のシステムを販売しているが、普及は進んでいない。

 このような医師・患者間の遠隔診療は、万が一のリスクを考えれば、厚労省は規制緩和に二の足を踏む。日本医師会が圧力をかければ尚更だ。

北村直幸医師の診療風景

 遠隔診療が進んでいるのは、医師・医療のコンサルテーションだ。筆者が注目しているのは北村直幸医師だ。情報誌『選択』2018年9月号で、「グーグルが支配を狙う日本の医療 クラウドとAIの『黒船』は目前に」という記事を掲載し、北村医師をキーマンとして紹介した。以下、この記事をベースに、幾つかの事実を追加する。

 北村医師は放射線診断専門医で、広島市内に「霞クリニック」という放射線画像診断の専門施設を運営する。一方、同じビル内で遠隔画像診断をサポートする「エムネス」という会社も経営している(2018年7月27日「遠隔医療『画像診断』サービスの未来」=「MRICの部屋」参照)。

 エムネスの読影システムでは、契約する医療機関で撮影されたCTやMRI(磁気共鳴画像)がクラウドにアップされ、エムネスと契約する放射線診断専門医が読影する。結果は、画像に読影レポートをつけ、クラウドを介して医療機関に戻される。

 エムネスの売りは料金が安いことだ。医療機関が負担する費用はMRIやCT1台あたり月額3万円で、読影は1件で3000円だ。画像情報のやりとりには、インターネット回線を使うので、医療機関は初期費用を負担する必要がない。

 これは破格の安さだ。放射線科の常勤医がいない医療機関では大学病院などに専用回線を引いて、読影を依頼している。知人の病院経営者は「専用回線費用は月額150万円、読影料は1件あたり4000円程度」という。

グーグルも参入

 エムネスが価格を安く出来るのは、グーグルクラウドプラットフォームを利用し、画像データをクラウドに集約しているからだ。

 それが新たな付加価値を生む。エムネスはクラウドに蓄積された画像と読影データを用いて、東京大学発のベンチャーであるAI(人工知能)画像解析クラウドサービス会社「エルピクセル」と共同で、AI診断システムも開発した。すでに臨床現場に導入されている。エムネスでは、専門医がダブルチェックしているにもかかわらず、AI診断システムにより、過去に3人の見落としを発見したそうだ。AI診断システムの導入が、すでに医療ミスを減らしていることがわかる。

 前出の『選択』によれば、グーグルがエムネスに目をつけたのは、「グーグルが日本の電子カルテ市場への進出を考えているから(グーグル関係者)」らしい。

 グーグルはエムネスを「テクノロジーパートナー」に認定し、今年の7月に米国サンフランシスコで開催された「グーグルネクスト2018」に招聘し、グーグルクラウドのアリエ・マイヤー氏と50分にわたり対談するセッションを設けた。破格の扱いだ。

 知人のグーグル関係者は「北村医師は遠隔診断で世界の最先端を行く」と言う。グーグルは東京大学のような権威や厚労省のお墨付きではなく、自らがリーチ出来ない現場のリアルなノウハウを有する企業を重視しているのがわかる。

 グーグルは、グーグルクラウドに大量の検索履歴やGメールのデータを保管している。やがてクラウド上に蓄積された日常情報と、診療情報やゲノム情報を併せてAIが分析し、医師・患者の双方に適切な治療法を提示するようになるだろう。

 現在、電子カルテのクラウド化が急速に進んでいる。研究や商業利用では、個人情報保護がネックとなり、このような利用は難しい。ところが、患者視点に立てば、診療記録もメールデータもいずれも自分のものだ。AIが解析し、自ら適切な提案をしてくれることを有り難いと感じる人もいるだろう。終末期医療の意思確認など、患者や家族の意思決定のサポートになるかもしれない。患者の選択肢を増やすことになる。

旧態依然の医師養成システム

 大学病院の苦境を尻目に、コンビニクリニック、在宅診療、遠隔診療は急成長している。これは、高齢化社会で高度医療からプライマリケアにウェイトが移っていることを反映したものだ。従来、もっぱら開業医が担っていた「主治医」の在り方を、ITを用いた若い医師たちが変えようとしている。

 問題は、現在の医師養成システムが、このような仕組みに対応していないことだ。若手医師は大学医局に属し、消化器外科や呼吸器内科など臓器別の専門トレーニングを受ける。トレーニングを終えると、地域の総合病院に就職する。首都圏などでは、高度医療は一部の専門病院に集約化が進み、大学病院すら競争力を失っている。多くの自治体病院は慢性的赤字に悩むし、聖路加国際病院三井記念病院亀田総合病院のような名門病院ですら、経営難であることが知られている。このような病院は、早晩、総合病院の看板を掲げ続けるためだけに、不採算な診療科を維持出来なくなるだろう。

 一方、患者が集中する専門病院は、独自に若手医師を育成するため、医局に人材を求めない。この結果、若手医師は、折角、高度技術を身に付けても、実力を発揮できない。専門医のニーズは低下する。

 少なからぬ若手医師は、新しいプライマリケアに参入したいと考えている。ところが、前述した新専門医制度が、その障壁となっている。新専門医制度については、日本専門医機構を巡る数々の不祥事が表面化している。規制が利権を生み、利権が腐敗を招く典型例だ。

 日本の医療に必要なのは、患者視点での議論だ。社会の変化に合わせ、医療提供体制は柔軟に変わらねばならない。いまこそ、オープンに議論すべきである。

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