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君が代「口元チェック」問題から見えてくる日本社会の変化

大阪府立和泉校の中原徹校長が、卒業式の国家斉唱の際、教職員の起立と共に、口元の動きをチェックし、1人を「不斉唱者」として府教委に報告していた問題を、メディアが様々な形で報道したため、橋下大阪市長も巻き込みながら世間から大きな反響を呼んでいる。


事の経緯は、すでによく知られている。学校行事での国歌斉唱時に教職員が起立するよう義務付けた大阪府条例が昨年6月に施行したことを踏まえ、府教委は府庁で開かれた府立学校の校長会で、2~3月に開かれる卒業式での国歌斉唱時に、全教職員が起立するよう職命令を出していた。中原校長は、決められたルールを守る形で指導を行なったに過ぎない。こうした処置を、メディアが「思想の自由と規律遵守」という側面で取上げる中、中原校長が橋下市長と旧友だったことにかこつけて、何かと世間で注目を集めている橋下市長に対し、記者が意見を求めたことがそもそもの始まりである。そこに橋下市長が中原校長の対応に対し、「良いマネジメントだった」と評したことから「口元チェック問題」として社会現象にまで発展してしまったのだ。


テーマから少々離れてしまうかもしれないけれど、ここで橋下市長について少し見ていきたい。最初に断っておくけれど、僕は橋下市長と一面識もなく、当然政策に直接関わったこともないから、あくまで個人的な分析ということになるわけだけど。


橋下は類稀なる意思決定能力を持っていて、近年言われ続けている政治家の「リーダーシップの欠如」を解消してくれるヒーローとして、大阪をはじめ多くの日本国民から支持を集めている。ただ彼の下で働く社員にとっては、相当厳しいものが予想され、給与削減による生活レベルの低下や仕事上の過剰なストレスにより、「ユートピア」と呼ばれるような公務員でさえも、これから退職する人がぞろぞろと出てくるかもしれない。


彼は欧米の機関、いわゆる外資系企業でマネジメント職として採用されたならば、逸材レベルの技量を発揮するに違いない。民間企業において、最も重点が置かれるのは「株主にいかに還元するか」ということなわけだから、プロフィットを上げている部署なりチームが一番評価されて、そうでない部署やチームは解体される。言葉で表すととても単純なのだけれど、プロフィットを上げている部署だけに報酬を付与することも出来なければ、プロフィットを上げていない部署は、既得権を巧みに保持し、ありとあらゆる手段を尽くして解体させないように奔走する。こうした時に必要なのが、スピード感を持った決断力と実行力である。こうしたレベルのマネジメントに求められることは意外と限られていて、次の5つくらいに集約できる。


・リストラ策などを感情に流されることなく断行し、コストを最小限に抑える

・優秀な人材を社内に留め、必要であれば外から集めて、利益を上げられるチーム編成を行なう

・市場環境を的確に読み、新規事業をスタートさせる、もしくは事業を廃止する

・問題に直面した時に会社のレピュテーションを守り、いち早く解決する

・責任を取って辞任する


彼は自分のレベルで必要な仕事を行っているに過ぎないのだ。ひとまず正しいかどうかは置いておいて、橋下は教育問題、市営バス・鉄道問題、原発問題とあらゆる問題に対し、これまでのリーダーとは比較にならないほどのスピード感で、物事を決定してきている。ただ民間企業でない組織で、あまりにスピード重視で、かつ合理的に物事を進めすぎると大きな弊害も出てくるわけだけれど。


これまでに日本という国は高度経済成長を達成し、サラリーマンの給料は毎年のように上がり続ける中で、日本文化に裏打ちされた日本的経営、そして日本人労働者の持つ文化的な価値観こそが日本の経済的成功の要因であると、多くの日本人が信じてきた。でも「失われた20年」、リーマン・ショック、欧州債務問題による度重なる経済危機を経験してきた人々は、これまでの「日本的組織モデル」についての常識が、実は幻想に過ぎなかったことに気づき始めている。


大企業という「大黒柱」の影で安穏としていた人々は、東日本大震災による東京電力の経営危機、エルピーダメモリの経営破綻などを経験し、実はその柱は意外と細く、簡単に倒れてしまうことに気づいてしまったのだ。そしてそれと同時に、雇用の安定を与えてくれていたものが、実は「日本的組織モデル」ではなかったことを理解し、企業が倒産してしまえば、企業という「大黒柱」は、リストラから労働者を守ってくれないことに気づいてしまった。


日本的雇用慣行は、常に「タテ」社会に有利に作用し、頂点に立つものに大きなメリットを与える。年功序列制は、言うなれば労働者から将来の給料と退職金を人質にとって働かせているようなもので、同じ会社に勤め続けることができれば、それなりに地位や給料が上がっていき、当然退職金も大きくなっていく。つまり企業に差し出している人質の価値が大きければ大きいほど、労働者は中途退職をためらうことになる。中途退職をすれば人質を取り戻せることができなってしまうからだ。


これまで年功序列制が維持できたのは、従業員から十分な人質を取り立てていたので、会社で得た教育システムや業務経験の成果によって他の労働市場で通用する技能を身につけたとしても、転職することで得られるメリットと人質の大きさを天秤にかけて、中途退職を思い止まった方が有利なことが多かったからだ。


終身雇用が確立している企業の社員は、会社への貢献に対する将来の「お返し」を期待している。だけど終身雇用が崩れてしまえば、会社に対する忠誠を示すことへの将来の「お返し」は期待できなくなってしまう。そうなれば人々は、会社に対する忠誠を示すよりも自分の市場価値を上げることによって、将来の利益を確保するようになるだろう。つまりグローバル化や市場の成熟によって競争が激化し、旧来の集団主義的文化は崩れ去ろうとしている。個々人の能力差を克明に判定することが求められ、伝統的な「働き者」とか「怠け者」といった個々人の努力差に注目したり、「誰でもやればできるんだ」という能力的平等観は影をひそめようとしている。


起立斉唱の問題は、こうした日本の現状をはっきりと映し出している。日本において、年功序列制は雇用体系においても、はたまた生活環境においても重要視されてきた。これは個人の能力差というものをミニマムに考えるわけで、過剰平等主義とも言うべきものだ。でもこれは、個々人に(能力のある者にも、ない者にも)自信を持たせ、常に年次、年齢、タイトルなどの固有の資格だけで序列をつけていたから、将来的に誰しもが獲得できたのだ。これも言うなれば将来年を取ることによって達成出来る「年齢」という人質を差し出させ、「序列」が上のものに対し、意見を言わせないような慣行を確立したのだ。


だからこそ、これまでの教育現場において、教師というものは「タテ」組織における頂点に君臨するわけだから、常に尊敬の対象であって、反抗することや意見することは社会悪だということになり、それは子供の目からも明らかだったわけである。


でも社会変化を敏感に掴んでいたり、親の意見に耳を傾けていて影響を受けている現代の子供達にとって、「不起立」する教師が、旧態依然とした日本組織で国家という大企業以上に太い「大樹の陰」に隠れながら、安定を満喫し、既得権を振りかざす、言わば「子供」に見えてしまうので、思ったほど支持を受けていない。これは十数年前に関東圏で、教師が先導する「卒業式ボイコット事件」が話題に上った頃と比較しても、驚くほどの違いだ。当時は新聞やメディアも教師サイドを支援しているかのような報道が多く見受けれた。


でも今回の大阪の問題について、教師サイドからすれば、子供達が政治や親に影響され、右傾化したと考えるのかもしれないが、そういう類の話ではなく、大きな社会変化の中で生きる現代の子供達が、単純に「違和感」を覚えたに過ぎない。個人的には「口元チェック」という措置は少々過激に映るわけだけど、橋下市長が大きな支持を集め誕生し、また「世界から取り残されている」、「グローバル化が足りない」と叫ばれる中、小さいかもしれないけれど、起立斉唱問題は、この国が着実に歩を進めているという証明をしているのかもしれない。

参考文献

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書 105) 画像を見る

リトル・ピープルの時代 画像を見る

信頼の構造―こころと社会の進化ゲーム

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