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ここが違う日本と中国(20)―人材戦略

大学を卒業しても就職は難しい。一方で、企業のほうは優秀な人材を確保するために悪戦苦闘する。こんないわゆる労働市場のミスマッチは中国でも起きており、特に日本では問題の深刻化が目立つ。



  企業だけでなく、どこの国も優秀な人材を欲しがる。しかし、どんな人間を優秀な人材と見なすか、また、どうやって優秀な人材を育成、確保するか。それらをめぐってはさまざまな違いが出てくる。そして日本と中国を比較してみると、興味深いことが浮き彫りになった。

  第一に、人材戦略と言ったら、日本では基本的に個々の企業や機関が考えることであって、国レベルの議論がほとんどなく、国全体の青写真も示されない。しかし、中国では人材戦略はまず国レベルで議論され、基本方針と大枠が明らかにされる。そして地方行政、個々の企業や機関、国民が それを具体化したり、実行したりする。もちろん、人材の育成や確保に関して個々の企業や機関などもそれなりの方針を決め、実行に移していくが、なにより最も重要視されるのが国レベルのものである。

  2010年6月6日に発表された「国家中長期人材発展計画要綱(2010~2020年)」は中国共産党中央と国務院が共同で策定した、人材の育成と活用に関する国の中長期ビジョンである。この今後10年間にわたる人材戦略の中には、人材の育成と活用を通して世界の超大国に登り詰めようとする壮大な志が見え隠れする。とにかく以下の宣言に注目してみよう。

「人材はわが国の経済社会発展の第一資源だ」
「わが国は人的資源大国から人材強国への転換を実現しなければならない」
「わが国は人材強国の道を歩まなければならない」

  ここまでやらなければならないのか、と不思議に思うかもしれないが、中国にはちゃんとした理由がある。それは一言でいえば、英才教育を受けて育ったスケールの大きい、ハイレベルの人材もいれば、国の規模や経済規模に比例した裾野の広い人材(質と数)はまだ備わっていないという事情である。

  中国経済は一見順調な急成長のようだが、豊富で廉価な労働力を武器に、低付加価値の商品を製造・輸出して成長を引っ張ってきたのがその実態である。特に担い手である労働者の状況を見ると、まさに「三低(低年齢、低学歴、低賃金)労働者」が支えている「世界の工場」といっても過言ではない。

  しかし、最近開かれた全国人民代表大会での温家宝首相の政府活動報告でも再三強調されたように、中国は持続的な経済発展を目指すなら、産業転換を早急に実現する必要がある。つまり、より独創的で技術革新を原動力とする産業構造を確立し、付加価値の高い製品を造るということだ。

  これは専門家でなくても、一般の人もよく分かることである。中国でも10数年前から言い続けられてきた。にもかかわらず、いわゆる産業転換とか、新しい発展モデルとか、いずれもほとんど進んでいない。誰でも知っていてやりたいことだが、決して誰でもできることではない。ますます焦りを募らせていた中国の指導部はついに壮大なスケールを有する人材戦略を策定し全国民に示したのだ。

  ここで言っている人材とは、一定の専門的な知識・技能を持ち、創造的な働きを通して社会に貢献し、人的資源のなかで能力と素質の比較的高い労働者を指す。そんな人材は2008年には1億1385万人いたが、15年には1億5625万人、20年には1億8025万人にまで増やすことになる。

  これだけ膨大な数字だから、見てもピンとこないだろう。教育や学歴に照らして言うならば、おそらく専門学校以上の教育を受けた人はその対象になる。中国の大学教育は飛躍的に発展してきたとはいえ、労働者全体を占める大卒者の割合は依然低い。それを改善するため政府は人材戦略の一環として、2008年時点の9.2%を順次引き上げていき、15年には15%、20年には20%に達するように進めていく。

  こうして大学教育の拡大を通して労働者の質を高め、人材の数を増やすというのは、発展途上国のなかで広く見られるやり方である。

  一方、日本はすでに大学教育の拡大期を過ぎており、大学進学率も約50%に到達している。そのため、中国のように国民の質の底上げを狙いとし、国家主導で、画一的な人材戦略を立てる必要性は低い。それよりも、むしろ各分野を担う人材の特性を見極めたうえ、バランスのとれた支援策を講じることが求められている。

  第二に、近年、日本の企業、特に大企業は外国人従業員を増やしている。なかで目立つのが、優秀な外国人留学生を積極的に採用するようになったことである。背景には、企業活動のグローバル化や人事戦略がある。海外に展開している企業はもとより、国内の企業でも国際化の流れのなかで日本人以外の人材を必要としてきている。また、「内向き」傾向が強まる日本人若者の不十分なところを補うにも、外国人従業員の積極的採用が必要不可欠となる。

  法務省入国管理局の統計によると、2007年に日本で就職した外国人留学生は1万262人と、初めて1万人を突破したが、そのうち中国人留学生は7539人で全体の約4分の3を占める。その翌年も引き続き増え1万1040人に達し、うち中国人は7651人と全体の約6割だった。しかし、リーマンショック後の景気後退から影響を受けて、09年には9584人、10年には7831人へと減少、中国人も6333人と4874人にまで少なくなった。

  ただし、外国人留学生採用件数の減少は日本企業全体の求人枠が大幅に縮小するなかで起きていることで、実際、日本人採用の減少がもっと大きい。

  いずれにして、グローバル化の進行が一段と強まるなか、生き残りをかけた日本企業は熾烈な国際競争を勝ち抜くため、優秀な外国人従業員をどんどん取り入れる以外に方法がない。こういう認識はこれからも広がっていくだろう。

  一方の中国は、人材戦略の重要な一環として海外留学政策の充実および海外留学経験者の積極的な活用に力を入れている。

  中国の海外留学生は公費留学生、企業派遣留学生、自費留学生に大別される。中央省庁の教育部が明らかにしたところによると、2006年度の海外留学生は13万4122人、うち公費留学生は5580人、企業派遣留学生は7542人、私費留学生は12万1000人だった。

  中国政府はここ数年、公費留学生の派遣に注力し、定員数を増やしてきた。2007年にスタートした「国家一流大学大学院生公費派遣留学プロジェクト」は、07~11年の5年間、全国の重点大学49校から1大学につき毎年50~150人、計約5000人の優秀な学生を選抜し、公費で海外の一流大学へ派遣する。

  2010年12月3日、教育部は2011年国家留学基金管理委員会が基金による奨学金助成という形で、全国から各種海外留学生1万2000人を募集・選抜することを明らかにした。その内訳は、大学院生6000人と高級研究者・客員研究者(ポスドクを含む)など6000人にのぼる。

  選抜派遣計画によると、派遣対象となる主な専攻分野は、製造、IT、バイオテクノロジー、新素材、航空・宇宙、海洋、金融財務会計、国際ビジネス、生態環境保護、エネルギー資源、交通運輸、農業科学技術、教育、政治・法律、医薬衛生、災害防止などの経済社会発展重点分野と人文・応用社会科学分野である。

  1996年から09年までの間に派遣された公費留学生は計7万8524人、帰国予定者は4万5553人、実際に帰国した人は4万4555人、予定通りに帰国した人の割合は平均97.81%に達しているという(ウェブサイト「人民網日本語版」2010年12月6日付)。

  公費留学生は自費留学生より恵まれているため、まず中国国内で激しい競争を勝ち抜かなければならない。

  先進国では、留学帰国者に対する優遇措置はほとんど見られない。日本も例外ではない。

  しかし、中国は海外留学生を貴重な人材としている。特にハイレベルの人材を呼び寄せようと、政府は就業条件や賃金体系、科学研究費のほか、住宅購入、社会保険、休暇、家族の就職、子どもの入学などさまざまな優遇策を講じている。ここでは大学の例を紹介しよう。

  中国の大学が海外留学経験者を積極的に登用することは1990年代から形成している大きな流れである。そのうち、破格の報酬で教授、学長、学部長を採用する大学はますます多くなっている。

  「中国新聞社」が報じたところによれば、広州大学は近年、高い報酬で世界から一流の人材を誘致している。2011年3月9日、ユ学長は記者会見で全世界から各学院院長(学部長)19人を高給で公募する計画を明らかにした。より多くの優秀な人材を獲得するため、大学は異例の高待遇をオファーしており、外国から帰国して就任する院長は年間100万元(約1250万円)以上の報酬、住宅、科学研究費が提供される。同校は2004年と07年にも、国内から院長12人を一般公募したことがある。

  ユ学長によると、外国から帰国して新しく就任する院長には3LDKの住居が提供されるが、国内からの就任者は、自ら住居を手配する必要があり、購入する場合は大学が最低100万元の住宅補助を支給するという。

  そういった動きは広東省の大学の間で広がり、ブームとなっている。筆者の母校である中山大学は2008年4月、12学院の院長を国内外から公募した。11年2月には、広東工業大学も院長8人を高給で募集した。

  ちなみに、現在、中国科学院院士の81%、中国工程院院士の54%、教育部直属の大学学長の78%、博士課程指導教授の63%は海外留学経験者である。

  中国の大学教授の平均年収は10万元、日本円にして125万円程度。100万元の報酬は教授の平均年収の10倍に相当するから、間違いなく「破格」だ。

  近年日本では労働者間の所得格差がどんどん開いているが、破格の報酬で特別な人を教員として採用するような大学は皆無だ。日本では大学学長の年収は一般的に教授としての年収プラス学長手当になる。学長手当の金額は大学にもよるが、年間100万円程度だろう。

  中国と比べたら、日本はまだまだ「平等な国」だなといえるかもしれない。その違いは人材戦略にもはっきり現れている。

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