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元号について

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朝日新聞から元号について取材を受けた。

私は西暦と元号の併用という「不便」に耐えるくらいのことはしても罰は当たるまいという立場である。世の中には「話を簡単にすること」を端的に「よいこと」だと考える人が多いが、私はそれには与さない。「簡単にするにはあまりに複雑な話」も世の中にはある。それについては「複雑なものは複雑なまま取り扱う」という技術が必要である。

以下は少し前の『GQ』に掲載したものである。少し加筆してある。

019年4月30日に平成が終わって、5月1日から新元号が始まることになる。となると、この年は平成31年生まれと新元号元年生まれが半々混在することになって、ややこしい。お役所の書類も、昭和があって平成があって、新元号もあって、西暦もあると、ますますもってややこしい。いまの時代、元号なんて必要なのか?

というのがQで、以下が私の方からのA

元号を廃して、西暦に統一しようというような極端なことを言う人がいるが、私はそれには与さない。時代の区分としての元号はやっぱりあった方がいい。そういう区切りがあると、制度文物やライフスタイルやものの考え方が変わるからである。

元号くらいで人間が変わるはずはないと思うかもしれないが、これが変わるから不思議である。私の父親は明治45年(1912年)1月生まれで、その年の7月で明治は終わるので父は「半年だけの明治人」だったが、初雪が降る度に、「明治は遠くなりにけり」とつぶやく習慣を終生手離さなかった。

それどころか、「明治男の定型」を演じるために無意識の努力を全生涯を通じて続けていたように思える(彼にとって新しいものは何でも「軽佻浮薄」で、面白い話は何でも「荒唐無稽」であった)。「大正人」と截然と差別化されたところの「明治人」なるものは父の脳内幻想に過ぎなかったけれど、実際には強い指南力を持っていたのである。

われわれが過去や出自について語る物語はおおかたが「模造記憶」である。現実には経験していないことをあたかも経験していたかのように記憶し、その「実は経験していない経験」に基づいて人格や個性を形成することはしばしばある。

誤解しないで欲しいが、私はそれが「よくない」と言っているわけではない。人間というのは「そういうもの」だと言っているのである。模造記憶や幻想に基づいてわれわれの価値観や美意識は形成され、それに基づいて感じ、考え、行動する。それはそれでなかなか味のある文化的な仕掛けではないかと私は思う。

漱石の『虞美人草』に出てくる宗近老人は明治40年代の青年からは「天保老人」と呼ばれている。おそらくその呼称にふさわしい「武士的」なたたずまい明治の聖代に遺していたのであろう。「大正デモクラシー」も「昭和維新」も元号が付いていたからこそ同時代人にはリアルに思えたに違いない。

元号というのは尺貫法みたいなものだと思えばよいのではないか。メートルとグラムが世界標準なんだから、それに合わせろというのも確かに合理的な考え方ではあるが、やはり酒を飲むときは「二合徳利」とか「一升瓶」という数え方でないと酒量が計れないし、道場で教えているときは「三間先を見る」とか「切っ先を三寸延ばす」とか言うし、切腹するのは「九寸五分」、能舞台は「三間四方」、白髪は「三千丈」、深山幽谷は「万丈の山、千尋の谷」である。

国際共通性がないから廃用しろと言われても困る。こういう度量衡はそれぞれの集団の歴史的経験の中から出てきたもので、一朝一夕に捨てることはできない。世界標準とは別にローカルな度量衡が並立していることを私はそれほど不合理な話だとは思わない。むしろ度量衡が複数存在しているという事態を多様性の発露として言祝ぐくらいの雅量があってもよろしいのではないか。

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