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「戦争と武力紛争の兵器」としての性暴力――ナディア・ムラド氏自伝『THE LAST GIRL』 - 末近浩太 / 中東地域研究

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今年度のノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏の自伝、『THE LAST GIRL:イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』(ジェナ・クラジェスキとの共著、吉井智津訳、東洋館出版社、2018年)が刊行された。イラク出身のムラド氏は、2014年8月、故郷のコーチョ村で過激派組織「イラクとシリアのイスラーム国(ISIS)」の戦闘員たちに捕えられ「奴隷」にされた。

ISISの戦闘員たちは、ムラド氏らヤズィディ教徒(後述)にイスラームへの改宗を強要した。それを拒否した男性や老人は虐殺され、若い女性たちは「奴隷」として売買された。改宗を拒んだ彼女は、その「奴隷」の1人として、ISISの実効支配地域のなかでわずかな金銭で繰り返し取引され、戦闘員たちによる壮絶な性暴力の被害を受けた。

同年11月、彼女は、監禁場所のあったイラクのモスルを脱出することに成功、ある家族の支援によってクルド人地域の難民キャンプにたどり着き、その後、ドイツで保護されることとなった。

それからのムラド氏は、人権活動家としての活動を開始する。自身の体験を語ることを通して、ISISによる凄惨な暴力の実態を全世界に伝え、また、自分と同じようにISISに捕えられた人びとの解放を訴えた。

最近、ジャーナリストの紛争地への渡航の是非が再び論議を呼んでいるが、いかなる立場をとるにせよ、確かなことは、「誰かが伝えなければ伝わることはない」という単純な事実であろう。

ムラド氏にとって、性暴力の被害者である自身の体験を語ることは、筆舌に尽くしがたい苦しみと困難をともなうものである。しかし、それでもなお、彼女は、文字通り自分の身を挺して、全世界に向けて紛争地における性暴力の根絶を訴え続けた。もし、彼女の訴えがなければ、国際社会によるイラクやシリアのISISへの対応はもっと鈍いものになったかもしれない。

こうした勇気ある活動が高く評価され、このたびのノーベル平和賞の受賞となったのである。受賞の理由は、「戦争と武力紛争の兵器として用いられる性暴力を終結させるための努力に対して」であり、性暴力被害に遭った人びとの治療に尽力してきたコンゴ民主共和国の医師デニ・ムクウェゲ氏との同時受賞となった。

なお、ムラド氏は、ノーベル平和賞に先駆けて、2016年にはヴァーツラフ・ハヴェル人権賞とサハロフ賞も受賞している。

ISISにとってのヤズィディ教徒

なぜ、ISISは、ヤズィディ教徒に対してかくも凄惨な暴力を振るったのだろうか。そこには、どのような論理があるのだろうか。

ISISは、過激派と呼ばれるが、思想的に見れば、イスラーム主義の一種である。イスラーム主義とは、イスラームの教えに基づく社会変革や国家建設を目標とする政治的イデオロギーである。ただし、ISISは、この目標を暴力でもって実現しようとしたこと、そして、その根拠となる「イスラームの教え」を恣意的かつ極端なかたちで解釈したことを特徴とする。言い換えれば、暴力と不寛容がISISの特徴であり、それこそが過激派たるゆえんであった。

ISISは、恣意的かつ極端なかたちで解釈した「イスラームの教え」を振りかざし、そこから逸脱するものを徹底的に否定した。ムラド氏が信仰するヤズィディ教も、その1つであった。

ヤズィディ教とは、イラク北部のクルド人地域を中心に奉じられている民族宗教(原則、他宗教の信者が入信することはできない)である。世界を司る孔雀天使の崇拝と輪廻転生の死生観を特徴としており、そのルーツはミトラ教やゾロアスター教にあると言われているが、実際には、キリスト教、ユダヤ教、イスラームといった一神教の影響も受けているとされる。教典を持たずその教義は口承によって伝えられてきており、信者は太陽に向かって礼拝する。

イスラーム教徒が人口の大半を占める今日のイラクにおいて、ヤズィディ教徒は紛れもなく宗教的なマイノリティであり、ムラド氏自身も、その信者の数は「世界全体でも100万人ほどしかいない」(p. 20)と述べている。

ISISは、ヤズィディ教徒を「不信仰者」や「悪魔崇拝者」として殲滅すべき者たちと考えていた。2014年10月にインターネット上で流布されたISISの機関誌『ダービク』第4号の特集「奴隷制の復活」では、ヤズィディ教徒を「奴隷」とすることがイスラーム法的に「合法」であるとの見解が示され、特に女性の「奴隷」の扱いについて詳細な「ルール」が設定された。そこでは、ヤズィディ教徒はイスラーム教徒ではないため、単なる所有物として(結婚することなしに)性行為が可能であること、複数人を所有することが可能であること、売買が自由であることなどが示された。

ムラド氏は、その「奴隷」の1人として、捕らえられてから脱出するまでの約3ヶ月のあいだにも何度も売買され、そのたびにISISの戦闘員たちによる凄惨な性暴力を受けた。彼女は、その「奴隷」を指す「サビーヤ」というアラビア語は「はじめて聞く言葉だった」と述べている(p. 169)。ISIS以前のイラクでは、少なくとも、彼女の暮らしていた地域では、「奴隷」など言葉としても存在していなかったのだろう。

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